2話
朝食を食べ終えて、支度をした後、バルブロとズラトゥシェは資料倉庫に来た。
この資料倉庫には多くの神話生物に関する資料や、神話関連の新興宗教の指名手配資料、ガタンドと呼ばれる神々の拠点があると思われる所の推測の資料、殉職者リスト、そして、神話編纂者資料。
神話編纂者は世の中に三人。多くの手記等にも書かれているソレだ。名前は、リクハルド、ジギスムント、ぺトラ。どの名前が誰か、というのはまだわかってはいないらしい。
そして、件の噂の『三人』の居る所────虐殺館。
この探査者の拠点からも遠くない所にあるという。
謎だ、謎だ、と多くの人に言われてはいるものの、様々な資料がある。探査者の手記、ビデオ……何故か、全て探査者の拠点へと送られてくる。しかし、まともにそれを読んだり見たりできたのはわずか数名だ。全て、悍ましいのだ。それゆえ、観る人はいなかったりする。
バルブロはそのビデオの一つを流した。
先にズラトゥシェには危ないぞ、とは言ったが、大丈夫、大丈夫と言って聞かなかったものだから、観せる事にした。
それはまさに虐殺の記録だった。同時に『三人』が“人として大切な何かを失った”こともわかる記録でもあった。
『黙ってって僕は言った筈だよ?!』
白髪の青年が女の探査者に馬乗りになって殴っている。
「ご、ごめんな……さ…っ…い」
『許さない、許さないっ!!』
白髪の青年を遠くで黒く長い髪の青年が腕を組んで見ている。
殴る、殴る、殴る。殴り続けて、殴り続けた。
歯は折れて、口からは血やらよだれやら。鼻からは鼻血が噴き出す。腹も殴ったのだろうか、口から出るモノは胃液も混ざっているようだ。探査者は既に悲鳴すら上げられず、白目を剥いた。
遂に白髪の青年は………探査者を殴り殺した。
探査者の死体は殴られた所が腫れて紫に変色し、着ていたトレンチコートを血が赤く、赤黒く染めていた。
『どうした…お前らしくない殺し方だな』
黒髪の男が言う。
『………だって、この女が騙したから………』
仕方ないよね、と血の涙を流して……白髪の青年が笑っていた。
黒髪の男はそれを見て呟いていた。
『まあ……綺麗ならいいか。』
バルブロは遺された映像を見て、何故か、何故だか、涙が止まらなかった────それは、それは、同業者や旧友が虐殺されていくのを見たからではなかったのは確かだった。その涙の姿と映像をズラトゥシェは顔を覆った自らの手の、いや、指の隙間から見ていた。
バルブロはボソッと一言呟いた。
ズラトゥシェにはその言葉の意味はわからなかった。
虐殺者は虐殺者じゃないか。そこに情をかけてはならない、という正義感にも似た感覚はズラトゥシェにはあったからだ。正義感の呵責と、目の前の映像の惨さに耐えられなかったのだろう……彼女はトイレに駆け込んだ。そして、嘔吐した。嘔吐した。嘔吐した。
どうしてあんな人間が生まれたのだろう?
普通に過ごしていたならばあんな人間は、化物は生まれない。
私はあの化物と対峙することになるのか?
私もあんな風に虫けらみたいに殺されるのだろうか?
ズラトゥシェは軽いパニックに陥った。嘔吐しきった後には恐怖からか手が震え始めた。過呼吸になってきた。こんなにも自分は脆いものなのか、と情けなくなり、涙も出てきた。
強くならなくては、そういう風に思っても、あの女性の死体が頭をよぎる。彼女はトイレで一時間ほど泣いた。
出て来ると、心配そうな顔でバルブロが居た。
『無理なら、来なくてもいい。お前の人生だ、すぐ終わらせるか、いつか来る死を待つか、決めるのはお前次第だ。』
ズラトゥシェは躊躇を一瞬感じた、しかし、彼女は決心した。
『すぐ終わる人生でもいいわ、やりましょう。』
赤髪を後ろで束ね、涙の跡も拭いて、笑ってやった。
あの三人の前でも笑ってやるんだ、と言わんばかりの笑顔で。