1話
平穏への祝福を、のVTRから半年。
進軍からはや2年後………世界は今。
世は混乱に陥っている。
既に神々は怒り、人々は狂い、理不尽に怒り、無に対しては何故やら畏れを成した。そうして正気を保つ人間が、これ以上犠牲者を増やさぬよう、対策本部を作った。
そんな世の中で一つの噂が囁かれた。
『このパニックを生み出した張本人が生きている』
賛否両論が出されたが、大方の見方は『生きている』だった。
そして、その真理を探査する人間が何百と現れた。が、ほぼ全員が行方不明となっていた。彼らの手記が続々と出てくるが、一貫して書いてあるのは、『三人』『見なければよかった』の単語だった。
三人とは果たして何なのか、疑問はいつしか奥に秘められていき、その三人に対しての調査も断ち切られようとしていた。しかし、神々の侵攻は徐々に拡がる一方であった為に、一部の探査員は探し求めた。この話はその探査員のうち、真理に最も近づいた二人のお話。
その日はバルブロの厄日だったのだろうか。
突然部下のズラトゥシェが微糖のコーヒーにチョコレートケーキを差し入れたからだ。実は彼は無糖のコーヒーに、オールドファッションを朝食に食べるのが習慣だ。おまけにそれをちゃんと彼女には伝えてあったはずだからだ。朝食が台無しである。怒鳴る気力もない。溜め息をついて、彼はチョコレートケーキを頬張る。チョコが甘ったるく口にまとわりつく。それを流し込むコーヒーも…………甘い。ふとズラトゥシェの食べているものに目を遣った。オールドファッション。無糖のコーヒーの香り……?
『おい!!!』
流石に怒鳴った。すると、彼女は肩をビクッとさせ、不満そうな顔で彼を睨み、『なんですか』と言う。
『なんですか、じゃねえ!!それ、俺が食いたかった奴!!』
『子供みたいなこと言わないで、糖分足りてないんじゃないですか?ほら、食べて、食べて。』
『糖尿予備軍の俺に対する虐めかっ!!』
『えー、それ先に言ってくださいよ。』
怒鳴りすぎた。喉がガラガラだ。五十四の親父が二十九の小娘の所為で寿命が縮んだ、なんて笑えない話だ。
と、その時、ラジオ(生存者放送局)が発表した。
『南アメリカの90%が陥落しました……』
遠くから号哭が聞こえた。故郷を────失ったのだろうか。
尚更笑えない話だ。
『早いところ……見つけなくちゃあならないな』
『そうですね、あの人たちのためにも、貴方の寿命が尽きる前にも。』
『おい、俺はまだ六十にもなってないぞ。』
名コンビならぬ迷コンビだ。
バルブロには一つ憂慮する点があったからだ。
ズラトゥシェは神話生物や神性を“見たことがない”のだ。
俗に『神話生物や神性は脳に語りかけてくる、それ故、知識が無い人間はその脳への対話だけで理性を失い、廃人狂人と為る。』と言われており、まさにその通りなのだ。
嘗てバルブロのパートナーだったリーンハルトという男は、《高等神話生物》を見て、理性を完全に失い、食欲の塊となり、胃癌で死んだ。恐ろしい光景だった。神話生物を見た時の彼の顔を未だに覚えている。恐怖に歪み涙腺は一気に枯れ果て、眼球は充血し、皮膚は乾いていったのがわかった。そして、手足は振戦し、ズボンには失禁したのだろうか……黒くシミがジワジワと広がった。そして、腰から崩れ落ち、虚空を見つめ呆然としていた。
私は妻がいたが、それが神話生物に食べられたのを見たせいか、それ以上のショックを受けないでいた。しかし、心には刻まれていた。心の底で、ズラトゥシェにはそうなって欲しくない、と思ってはいた。────娘に対する愛情のようなものだろうか。
『どうしたんですか、バルブロさん』
『あ、いや、何でもない』
これから先…………不安だ。