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無敵声優  作者: 千路文也
9/10

009  孫の笑顔


 古希を迎えても尚、前線で声を張り続けている土井垣は生きる伝説と化していた。70歳を過ぎて情熱を胸に秘めて声の仕事をしているのは奇跡に近いと世間は言っていた。普通の声優はランクが上がる度にギャラも上がってコストパフォーマンスが悪いと言われてオーディションに受からなくなってしまう。余程の需要があって男女を問わず人気の支持を得ないと声優界で生き残っていくのは難しいとされている。ただでさえギャラが高騰してしまっているのに、人間は死に近づいていく内に連れて肉体的な衰えからは見逃せない。声優ならば滑舌や息の強さが目に見えて影響して仕事にも支障が出るレベルの衰えも人によっては体験する筈だ。だが土井垣はギャラが高騰して年齢的な衰えも多少感じながらも今季アニメのほとんどに出演が決まっていた。生存確率が極めて低い声優業界で何故土井垣は生き残り続けているのか、その極意を土井垣はカメラの前で語っていた。先程も述べた通り、土井垣は巷で生きた伝説と呼ばれる人物だ。知名度的にもテレビのインタビューの仕事依頼が来るのも当然と言えば当然だった。そして土井垣は仕事は何でも引き受ける姿勢を貫いているので、インタビューを受け入れていた。自分の家に取材陣を招き入れると、取材陣からは日常生活の土井垣が見たいと言われたので、土井垣は要求通りに応える事にした。普段の土井垣は仕事上では考えられない満面の笑みを浮かべて家族と接している事もあってか、カメラの前では孫を抱きかかえてご満悦の表情を見せていた。今日は丁度、孫が泊まりに来ていたので祖父としての一面を持つ土井垣は喜びを隠しきれなかった。どんなに厳しい人間も孫の姿を見ると幸せに包まれるのだ。そして食事やお風呂に入って一通りの日常生活を満喫すると、土井垣は自分の部屋にこもって表情を一変していた。声優は家に帰っても宿題があるので身を休ませる時間は限られている。土井垣の部屋はいちはやく仕事モードに切り替えるために余計な物は一切置かれていない。本棚には仕事に必要な本や資料が置かれていて、小説や漫画の類は別の部屋に収納されている。無論、テレビにもアニメや映画のDVDは用意されていない。ここで観るのは事務所から頂いたリハーサルビデオと呼ばれる物だけだ。土井垣はベッドに座ったと思うと、DVDに録画されたリハーサルビデオを見ながら取材陣の質問に答え始めた。取材陣が聞きたいのは、何故70歳を過ぎても最新アニメの主役や人気キャラクターの声を仕事を取れるのかだった。過去放映されたアニメの人気キャラクターの仕事を維持するのは分かるが、最新アニメのキャラクターに息吹を送るなど考えられない行為だというのだ。その点については土井垣は自分が思っている節を全てぶちまけるつもりでインタビューに答え始める。


「私を見ている人は70歳を過ぎて前線で活躍しているのは神業に近いと言ってきますけど、それは断じてありえない。私自身は声の仕事を続けるのは年齢なんて関係なく胸の内に情熱と進化したい欲求さえあれば大抵の事は上手くいくと信じていますからね。この歳になってもオーディションを受けて合格したり落ちたりを繰り返しているのは、何処かでまだ進化の余地が残されていると内なる自分が叫んでいるからに他ならない。今ここで見ているリハーサルビデオも、そういう進化したい欲求が形となって現れた結果だと確信を持って言えますよ。この歳にもなって思春期の難しい役を頂けるのは本当に有り難い事ですが、これは私自身が挑戦したから手に入れた結果に過ぎません。人は70歳を超えると子供の声を出せないと言いますが、私自身はそうは思わないです。オーディションを受けて周りの新鮮な声を聞いている内に声帯も若返って、高い声を出せるようになる。所謂ショタキャラクターというのは女性声優の多くが役を勝ち取っていますが、これからは私のような高齢声優でもショタキャラクターの仕事は舞い込んできます。だから、いつまでも挑戦者であり続けてきた事が仕事に繋がっているのではないかと私は勝手に思っていますよ」


 リハーサルビデオに映し出されているのは土井垣の演じるキャラクターが女子の服装に着替えて周りから称賛されるシーンだった。思春期の少年は中性的で声も高く、女性の格好をして髪の毛を伸ばせば女の子と見間違う姿形になる。それを声優業界では男の娘と呼んでキャラクターソングを売り出したり、グッズを販売してそれなりの需要を高めている。今回土井垣がオーディションで勝ち取った役は男の娘だったという訳だ。古希を迎えても尚、子供の役に挑戦するのは自分自身が進化したいと思っているに他ならない。声優とは退職金も貰えずに俳優のギャラと比べても話しにならない額しか給料を貰えない。だから一般基準の生活をするだけでも一苦労なのだ。年齢がどうこうと言っている暇もなく仕事をしようと心がけるのはそういう理由も含まれていた。それと、自分の孫がアニメを見て「じいじの声が聞こえる!」と嬉しそうに喋っているのが何よりも嬉しかった。孫の笑顔を見るためにも若くてフレッシュな声優にも負けない気持ちを抱くのは至極当然である。



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