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無敵声優  作者: 千路文也
8/10

008  実力があろうとなかろうとオーディションには落ちる


 土井垣は凄まじい重圧を感じていた。アフレコに向かうまでの車中では寛ぎや安心感を得るなど到底不可能だ。それは声優になってから50年の年月を費やしても変わらなかった。運転していようがマネージャーに運転を任せていようが、肩や背中にはずっしりとした感覚を芽生えさせていた。この感覚が土井垣に生きている素晴らしさを与えてくれているのはれっきとした事実だ。本番に向かうまで緊張しないのは、よっぽどの大物か何も感じられない鈍感な人間の二択に分けられる。奇しくも土井垣はそのどちらとも言えない平凡な男に過ぎない。どんなに仕事を与えられても、どんなにファンの人から声援を送られても土井垣の流儀は何も変わらない。周囲の期待の応えようと精神を追い込まれるのは生きている証拠なのだと。現代社会では毎日満員電車に乗って土気色の顔をしたサラリーマンが大勢見受けられる。わざわざ通勤ラッシュの時間に電車を利用するなど土井垣には考えられない事態だった。搭乗率200パーセントの電車など乗らず、後1時間早く起きて割と空いた電車に乗った方が心は安心する筈だ。自分のためを思ったら満員電車など乗ってはいけない。どんなに高額でも自分の精神を安定させるためならタクシーに乗った方がよっぽどマシだ。満員電車に乗って心を安定させているマゾサラリーマンなら何も言う事は無いが、サラリーマンの多くは違う筈だ。毎日朝早く起きてストレスを抱えながら新宿駅なり渋谷駅なりに向かっているのだ。彼等がストレスを抱えている多くの理由として考えられるのは、早起きの問題とは言えない。むしろ満員電車に恐怖感を覚えて苛々が止まらないのだろう。早くても朝10時入りがほとんどの声優業界ではサラリーマンの事など分からない。とは言っても、どちらもストレスを多く抱えている職業なのは確かだ。現代人は仕事云々よりもストレスとの闘いを強いられている。どうにかして自分を解放させないと、精神が不安定な状態のまま仕事を続けるハメになってしまう。それは馬鹿げているので何処かで息抜きするのは非常に大切だ。それは声の仕事をしている土井垣も一緒だった。毎年オーディション会場などで面接を受けている土井垣は緊張感ばかり溜めこんでいる。普通の人間ならば生涯に数える程しか体験しない面接を、土井垣は三桁以上も体験していた。オーディション用の履歴書も没になったのを合わせると何千回と買いているのだ。ここまで経験すると、声優とは如何に積極性が大事なのか誰でも分かる筈だ。無論、面接を受けるためには電話をしないといけないので人見知りどうこうなど言ってられない。電話の際に間違えて失礼な事を言ってしまっても赤面しながら話し続ける必要がある。誰しもそういう経験を乗り越えた後に初めてマネージャーが与えられるのだ。売れない内は自分から何もかもしないといけないので、何年も何年も電話と面接の緊張感が襲いかかる。就職活動なんぞ生温いと感じるぐらいの面接を体験して、それでもオーディションには当たり前のように落ちる。声優ランク最高位の土井垣ですら不合格になるのだから、仕事を手にするのは実力もそうだが運も大切である。運を味方にするためには外見や言葉使いに最新の注意が必要だ。それと最低限の一般教養を身に着けるのも土井垣流の生存方法だ。とにかくもてるだけの知識を習得して、オーディションに臨むのは間違った方法ではない。土井垣はそう信じて数多のライバルを蹴落としながら自分の役を掴んできたのだった。それは今も昔も変わらない。土井垣が生きている間は自分の信じてきた流儀を貫き通すつもりだ。この業界では待ってるだけでは仕事など与えられず、自分で掴み取る必要があるのだ。積極性を身に付けろと口を酸っぱくして生徒達に教えてきたのもそのためである。



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