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無敵声優  作者: 千路文也
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005  声優学校


 遮二無二に構えていても声優界では何も通用しないのだと土井垣は後続に教える立場になっていた。彼は多忙な毎日を極めながらも既に某大手声優専門学校の教師になっていた。あれだけの乱暴を振るっても後続に道を示すのは年寄りの役目だと知っているからだ。古希を過ぎた土井垣に後どれぐらいの余生が残っているのは自分でも不明であるが、残り短い一生を後継者育成に徹したいのは母性本能ならぬ老人本能だと言えよう。歳を重ねるとどうしても未来ある若者を羨ましく思って、お気に入りの人間を見つけると「こいつをワシ自身の手で育成したい」という欲求が渦巻くようになる。その結果どうなるのは一切不明ではあるにしても、世の中の仕事人間にはお気に入りの部下や後輩を一人見つけて自分の後継者にしようと画策する連中が多発している。其の中の一人が土井垣であるのは言うまでもない。後輩に乱暴するのも怒りが収まらないのも、全ては愛情から生まれるアガペーに過ぎない。両者が入り乱れる暴力にはアガペーが存在していて、お互いが口を切って血を飛び散らせるぐらいの殴り合いを行使し、初めて親睦が深まるのだと土井垣は考えていた。だが、今の時代は血の繋がっていない他人に暴力を振るうのは体罰だと言っている某PTAも少なからず躍動している。彼等は、土井垣が後継者育成に力を入れているのと同じように、横暴な教師に対応するためのモンスターペアレント育成に力を注いでいるのだ。結局、お互いどっちもどっちの行為をしているのに何故か暴力を振るう者だけが悪として描かれる世の中に納得出来ないのは当たり前である。土井垣自身も何度か殴られる事によって目が覚めて役者としての才能を爆発させたケースを多々体験してきた。だから、今の若者声優がチワワのようにキャンキャン騒いで女子中高生の支持だけが良くて、先輩同業者からの支持が薄いのは暴力を経験していないからだ。理不尽だと思える暴力を体験する事によって、そこに悔しい、見返してやるという反骨心が生まれて何としてでも声優として生き残ってやると強い意志が生まれるのを最近の若者は愚か某PTAは理解していない。我が子供が教師に殴られるのを体罰だと罵って平然とモンスターペアレントの行為に及ぶのだから、一番なりたくない公務員に教師が挙げられるのは当然だ。だが実際、本当になってはいけないのは市役所などの地方公務員だったりするのだがその話しはまた別の機会に置いておくとして、近年の体罰は不当だと騒いでいる若者やモンスターペアレントには怒りが収まらない土井垣である。とは言っても、老人が時代の流れに頑張ってついていこうとするのは傍から見ると滑稽に過ぎないので、土井垣も自身の流儀を変えるつもりも無かった。自分自身が信じてきた道を貫き通すだけである。そこには当然、未練や後悔など微塵にも存在していない。自分の信条を信じて進むのは非常に大切な事であるのは誰しもが知っている当然なる事実なのだから、土井垣だけでは無く、声優を目指して奮闘する若者にも自分の信条を作って流儀のままに道を歩んで欲しいと切に願っていた。とは言っても、土井垣は不器用な男であるのは変わりないので、本音を口に出すのは不可能だった。言葉なり拳で自分の意志を伝えてきた結果が今の地位を築かせてくれた。そういう意味では自分の信じてきた道を歩んだには何も間違っていないと証明されたのは間違いない。何よりも大切なのは偉人の言葉では無く、自分の言葉であるのを若者には口を酸っぱく言いたいのだが中々どうして本音を言い出せない。こればっかりは自分の感性で感じ取ってもらわないと何の意味も無いのだから。そんなこんなで土井垣は某大手声優専門学校に足を運んでいた。何度か講演会などで立ち寄った経験はあるが、今回が初めて教師としての入りだ。何としてでも成功したい気持ちよりも、むしろ声優として生き残る意志が彼等にあるのかどうかを見定めたい気持ちが芽生えていた。だが、この考え方が非常に甘かったと知らされるのは扉を開けた瞬間だった。3年制の声優育成クラスが土井垣の担当だったので、その扉を開けると、信じられない光景が目の前に広がっていた。今から授業が始まるというのに生徒達は後ろ向いたり横を向いたりしてワイワイとお喋りをしていたのだ。普通の教師ならば「喋るのをやめろ!」と叫びそうな場面であるが、土井垣は全く違う場面にフォーカスを置いていた。楽しそうにゲームやアニメ、中には土井垣も出演している18禁BLゲームの話しをしている腐女子すら見受けられたが、そんな事は大した事ではない。大声を出せば奴等は黙ると知っているからだ。本当にやっかいな存在に成りえるのは集団に交じらず、体育座りで下を向いて眠ったフリをしている連中である。このクラスの中には15人前後体育座りで下を向いて眠ったフリをしている生徒がいた。声優として生き残るのに必要なのは間違いなくコミュニケーション能力なのは言うまでもない。今はいいとして、入学から一ヶ月が経過しても体育座りで下を向いている一人ぼっち声優志望君がいれば、その子には明るい声優未来など訪れないに決まっている。寂しそうに下を向いている人間を欲しがるアニメ制作者など何処にいるというのだ。アニメの声優として活躍する事はすなわち、将来的にはアニラジに出演する事が予想される。アニラジでは日常的な自分が垣間見える瞬間が多々見受けられるので、一人ぼっち声優が仲よく他の声優と話せるのかと言えば甚だ疑問である。どちらかと言えば、グループを作ってワイワイお喋りしている声優志望ちゃんの方がまだ将来的に活躍する姿を想像可能だった。とは言っても、授業が始まる前に甲高い声でBL話やオタニュースを語られても耳障りなだけなので、土井垣は腹式呼吸しながらバズーカのような大声をクラス中に響かせる。


「静かにせんか、馬鹿者どもが!」


 土井垣の猛声はクラス中に響き渡ったと思うと、あまりの反発力に花を植えていた花瓶が音を立てて割れていた。そして一番奥に立っていた生徒の一人がヨロヨロとよろめきながらしりもちをついて倒れたのだ。この声に驚いた生徒は言うまでもなく全員が喋るのをやめて一直線に土井垣に視線を送っていた。その視線は冷たい視線から熱い視線へと変わり、現役大御所声優を目の前にした感動で涙さえ浮かべる生徒まで多発したではないか。なんやかんや言って、土井垣は全ての世代から支持受けている声優には変わらないのだ。




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