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無敵声優  作者: 千路文也
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004  夢と現実


 世間一般的に呼ばれている職業には就いていない。声優という特殊な職業で飯を食っているからにはそれ相応の覚悟が無いとまともな生活など出来はしない。アニメ界は既に期待の新人などまるで期待していない。新人が出てきても飽きられて仕事の出番が徐々に減っていくのがほとんどだ。稀に主人公役を掴み取ってから、脇役などでも活躍してマルチなアニメに出演している声優はいるが、それは一部の天才に過ぎない。ほとんどの新人声優は一発屋に終わってしまい、全盛期の自分にすがるような思いでコールセンターのバイトをしながら何とか生活している人間に溢れてしまう。仕事など年に数本有るか無いかなのに、ブログでは「今日は朝から仕事がある(>_<)」などと見栄を張って、本番行ってきますなどと言うのだ。本当は仕事など存在せず、自分がまだ生きている事を世間に証明したい欲求が全面に押し出されているのを本人は愚か、数少ない生き残った少数派のゲテモノ派ファンも勘違いしているのだ。それは地下アイドルと同じである。売れようと頑張っても売れずに、結局30代になるまでアイドルと名ばかりの生活を続けて人生終了の鐘が耳元で鳴っているにも関わらず、耳栓をして現実逃避をしているのと、売れない声優の思考能力はあまりにも酷時していた。一発屋で昔は注目されていた若手声優が、皆に飽きられて売れない中堅声優に変わった時の悲しさは土井垣自身も何度も見てきた。土井垣のようにアニメ創世記に活躍して、今現在もアニメ制作会社から戦力に数えられているのは少ない。同年代の声優にも未だに再起を信じて警備員のバイトで生計を立てながら仕事を待っている仲間もいるのだ。70歳を過ぎてまともな職に就いていないから一般的な保険には入れない。土井垣ぐらいの知名度と給料があれば話しは別だが、声優などまともな仕事じゃないと世間一般の人間は重々承知している。それでも声優を目指そうと上京してくる若者が後を絶たないのは、毎年レベルの高いアニメが放送されるからだ。ハリウッド映画と遜色無い出来栄えのアニメが当たり前に放送されている事実は若者を動かすだけの原動力になっているのは間違いない。日本が誇れる最大級の娯楽番組、それがアニメである。テレビの影響力は計り知れず、アニメばかり見ていた人間は声優になりたいと豪語し、バラエティ番組を観ていた子供達は将来お笑い芸人になりたいと誰もが思う。そして学年の何パーセントかは実際にアニメ声優やお笑い芸人を目指して養成所に入る。そこからブレイクするのは至難の業だと知っているのかは甚だ疑問ではあるが、とにかく若者にとってアニメ声優は誇れる仕事だと思われているらしい。土井垣自身も自分の仕事には誇りを持っているのであながち間違いではないが、もしも売れないと判断すればキッパリと辞めて就職先を探した方が死ぬ間際に後悔をしなくても済む。70歳を過ぎても、まだアニメの仕事を待っている事務所の仲間を見ていると心が痛みを覚えるのだ。ヨボヨボになった爺さんにアニメの話しなど早々美味い話しは無い。実績など皆無に等しい声優ならば当然である。だが、じじいになっても現役にしがみつこうとしているのは昔の功績を忘れらないからだろう。輝いていた自分を取り戻すためにコツコツ頑張っているのだ。面と向かって「声優なんか辞めて奥さん見つけて幸せに暮らしやがれ」とは言わないが、今のままでは救われないのは誰が見ても明らかだ。一線で売れている某ドルオタ向けの秋葉原系列アイドルグループですら、今の地位を捨てて卒業する時が来る。売れている人間すら身を引くのだから、売れていない人間はもっと積極的に身を引く必要がある。人生は長いからこそ、夢よりも現実に目を向けた方が特をするのだと、土井垣は渡された原稿を見ながら考えていた。家に帰って一人で原稿を熟読している時は、どうしても後ろ向きな考え方になってしまうのだ。仕事なのに集中出来ない自分が確かに存在していて、早く明日になってくれと思い始めてしまう。次第に仕事とは関係の無い話題が脳内の中で展開していき、最終的には何にも力が湧かなくなる。プロ生活50年以上の土井垣ですら宿題には手を焼いてしまうのだ。ゴロゴロと何もしていない自分を卑下しながらも、そこから抜け出せない負のスパイラル。子供の時は目まぐるしく変化する環境が影響するのもあって、そういう腑抜けた自分とも決別するのは可能だ。部活や塾で忙しく、だらだらとする暇が無いから落ちぶれずに済む。ところが、大人になると自分で何かしないと時間が余って暇を持て余してしまう。土井垣が就いているのは声優なる特殊な職業であり、前向きな意味での忙しいとは違っている。アフレコやアニラジの収録がある際も、「ああ、俺には何の取り柄も無いんだな」とふとした瞬間に思う事が度々だ。ふつおたでファンの悩みなどを聞いている時などは特にそうだ。普通の仕事に就いて毎日忙しそうにしている人間を心底羨ましく感じてしまう。世間一般的とは違い、特殊な職業に就いていると頭皮だけじゃなく考え方も後退していくのだ。



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