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無敵声優  作者: 千路文也
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001  声優とは何か

 今の時代、70歳を超えて前線に出続けている声優は珍しくない。何十年前に流行ったアニメがリメイクされて当時の声優がキャスティングされるのも日常茶飯事だ。それぐらい、ファンの人々はキャラクターの声を愛している。病気ならば仕方が無いかもしれないが、急にキャスティングを変えられれば無価値な存在に成り下がる事だってあるのだ。そういう意味では声優に年齢など関係ないとも言える。声が出る以上は過去に演じたキャラクターを遥か先の未来でも演じる必要があった。ロボットアニメはその典型的な例だ。ロボットアニメの登場したキャラクターを集めて闘わせるゲームが巷で流行っている。だから過去に演じたキャラクターを忘れるのは御法度中の御法度。そう思いながら土井垣一郎どいがきいちろうはアフレコに臨んでいた。彼は今年で古希を迎える大御所声優だが、清純派主人公キャラ、熱血名脇役キャラ、カリスマ性の高い悪役キャラ、ムードメーカー的オカマキャラ、その他にも女子高生から幼女に至るまでありとあらゆる声質を持っている。今季アニメにも部類の出演数を誇っていて、その中でも園ファンタジーの主人公キャラを演じているのは驚異的だ。なんせ古希を過ぎた人間が日本アニメで求められている主人公キャラの声を出せるのは奇跡に近い。ほとんどの声優が老人キャラにシフトしていく中、土井垣だけは若い主人公の声を出せる。今回のアフレコもそうだ。演じるのは大昔に放送されていたロボットアニメの登場人物だ。ひょんな事から戦争に舞い込まれロボットのパイロットになり、敵対する勢力と闘っていく内に弱気な自分と向き合って成長していく主人公キャラクター。今も昔も変わらない典型的なヘタレ役だ。朝10の仕事にも関わらず、土井垣は完璧な声を保ったままマイクに向かって叫んでいた。彼の台詞を。


「僕には撃てませーん!」


 ゲームには物語を進めていく上でCGアニメが演出されるのだが、今回は主人公が敵側のロボットを倒す戦闘シーンだ。とある事情でコックピットを狙う必要があったのだが、土井垣の演じるキャラクターは人を殺す事に躊躇があった。だが、土井垣に言わしてみれば何を悠長な事を言っているのだとツッコミ感溢れるシーンに過ぎない。戦場では迷った者が負けるのだと軍人の父親から聞かされていた。土井垣の父親は海上戦艦を指揮する部隊長だったので戦場のなんたるかを嫌になるぐらい聞かされた。戦場では殺し合いが当たり前の世界。その世界で人を殺したくないと嘆いているのは異端児と扱われるのだと。人を殺すのが正当化されている時代、ましてや戦場の中で泣きごとを言っているのは自分の死に繋がる。殺るか殺られるかの非情な世界において、武器を捨てて「撃てない」と口にするのは逆にリアリティに欠けるのだ。戦場に立つ以上はその時点で自分を殺戮マシーンだと言い聞かせなければいけない。敵を倒す度にエースとして認識される以上、それなりの覚悟は必要だ。だからこれからのロボットアニメは意欲的にコックピットを撃ち抜く主人公が増えるだろうと土井垣は考えていた。時代はいつだって変わっていく。主人公の本質も昔と比べれば変わってきた。昔は熱血主人公を演じて喉を枯らす毎日が多かったが、今では比較的無口なクールキャラばかり演じるようになっていた。それでいて何も言わずとも周りの美少女からモテるのだから違和感を感じざる終えない。時代が変わったと言えばそれまでだが、昔のように魂を震えさせるアニメは極端に少なくなっているのは事実である。それから土井垣は何パートかに分けて他のキャラクターも演じていた。なんせ土井垣一郎=ロボットアニメの方程式が成り立つ程の出演数だからだ。主人公キャラに至らず、物語を引き立てる上で重要な噛ませ犬キャラも演じてきた。膨大な数に及ぶが、土井垣は演じたキャラクターの設定は全て脳内にインプットされてある。脚本家や監督自身に「このキャラクターはどういう生い立ちなのか」を直接聞いた上で役に没頭していく。何も知らずに演じるのは土井垣の流儀に反するからだ。隣では30歳を過ぎた中堅声優が「どんな声だっけな」と頭を抱えているのが見えるが、土井垣は内心ブチ切れ状態だった。演者たるもの、演じてきたキャラクターの声を忘れるなど言語道断だからだ。土井垣はアフレコを一時中断したと思うと、その中堅声優に近づいて渾身の一撃を腹にお見舞いした。昔ながらのあらっぽい方法ではあるが。


「ふざけるな、貴様はそれでも声優なのか! 俺達が演じたキャラクターを好き好んでいるファンの人々に申し訳が立たないだろうが! オーディション会場に足を運んでまで勝ち取った役の声を忘れるなど言語道断。オーディションに落ちた他の声優にも失礼な話しだとは思わないのか?」


 土井垣自身の声は今時の主人公キャラとはかけ離れている。どちらかと言えば厳格な軍人や独裁者キャラクターが良く似合う声をしているのだ。この声を使う場面はナレーションの仕事やネットラジオの仕事を貰った時ぐらいだ。なので、土井垣の素を知らない人間も多数存在している。結局、声優の知名度などその程度なのだ。アナウンサーや俳優に比べると出演料も限りなく少ない。土井垣レベルの声優でも大手サラリーマンの平均月収レベルでしかない。そうだとしてもプロ意識を高く持ち、せめて自分の演じたキャラクターの声を覚えて欲しいと周りの演者達には言い聞かせてきた。だが、土井垣のやり方は古いと否定的な声が出ているのもまた事実だ。実際に、殴りつけた声優は反抗的な目をギラつかせて土井垣を見ていたのだ。




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