手を伸ばすという意味
地下駐車場のエレベータ前で降り、関係者用の出入り口から会場裏へと移動する。
騒がしい会場裏よりも、会場の場所となるホールは一段とマスコミの声や準備で騒がしかった。
まるでテレビで見ていた芸能人の会見を自分が体験するとは思わなかったと、竜宮健斗は口が塞がらない。
何人も横を大人達が走っていく。竜宮健斗達四人は隅っこで邪魔にならないように座ってるしかなかった。
青頭千里も打ち合わせがあるらしく、どこかへ行ってしまった。四人はただ待つだけである。
そこへマスターが周りに気付かれない様子で近づいてくる。誰もマスターの方に不自然と目を向けないのだ。
「おい、布地裂けたんだろ?簡単に具合見て直してやる」
「え!?あ、うん。お願いします」
目の前まで迫っていることすら竜宮健斗は声をかけられるまで気づかなかった。
それくらいマスターは場に自然に溶け込んでいるようで、違和感があった。
セイロンの裂けた布地から簡単に内部を確認し、問題ないと言って針と糸で縫う。
本格的な修理はお店でやれと言って、すぐに去ろうとする。
「え?あ、ありがとう!でもなんかマスター…変じゃない?」
「…人間の視覚反応を応用した歩行法で、気付かれないように動いてるだけだ。じゃあな」
それだけ説明して、またもや誰にも気づかれてない様子で去ってしまう。
あっという間にやってきてあっという間に去ってしまった。
竜宮健斗は玄関のインターホン越しで姿を見ていたため知っていたが、他の三人は知らなかっため目を丸くしている。
特に玄武明良は本当に巨乳美女だったのかよ…と疑っていた事実に敗北感を覚えている。
天才すらも凌駕する才能を持つ隠れた存在、マスターは既に会場から姿を消していた。
会見には青頭千里や御堂正義、扇動岐路と籠鳥那岐の父親。
その他数人の関係者、それも責任ある立場の者が座っている。
竜宮健斗達は会場の左横の席で座っている。机の上にはセイロン達アンドール達が座っている。
多くの視線は御堂正義達に向けられているが、それでもいくつかの視線は竜宮健斗達に向けられている。
その視線だけで硬直してしまうのに、全部の視線を浴びたら死んでしまうのではないかと感じるほどの緊張感。
しかし青頭千里や御堂正義達は堂々と座っている。貫録のあるその姿には敬意すら抱く。
『それではこれよりアニマルデータ緊急記者会見をさせていただきます』
落ち着いた女性の声が響き渡る。カメラのフラッシュが一斉に始まる。
集音マイクやテレビカメラ、生中継用のカメラすら用意されている。
まずはアニマルデータが遺跡から発見された設計図を基に復元された物。
中には人格データに似た人工知能があったためアンドール開発の際に実験段階で使用されたこと。
しかしCPUの限界から使用は見送り。データは全て消去していたはずだった。
手違いからアニマルデータがメンテナンス機械を管理するマザーコンピュータに。
回収しようにもアニマルデータはバグシステムとしてアンドールに入り込み、操作を受け付けなくなる。
件数が増えてきたため急遽子供達によってデータ数を把握することに。
それがエリア管轄委員会発足となり、今のエリアボスの仕組みが形成された。
『これが最初の動向です。ここで扇動岐路博士の説明に移りたいと思います』
そこで青頭千里は扇動岐路の全てを話した。
アニマルデータによる娘蘇生、消去せずにメンテナンス機械にアニマルデータを送り続けたこと。
ANDOLL*ACTTIONという楽曲によるクロスシンクロからシンクロ現象の説明。
クラリスという女王と言われるデータの話から消失文明の話まで。
そこまで説明してもいいのかと思うほど、正直に本当のことを話した。
しかし多くはファンタジーの話かと半信半疑で騒めきは広まったまま収まらない。
竜宮健斗は御堂正義の顔を見たが、腹を括っているのか動じた様子を見せない。
むしろ見ている竜宮健斗達が動揺するほど、嘘偽りない話を公の場で話したのだ。
『ここでなぜ話さなかったという話に戻りましょう。それは…信じて貰える話ではなかったからです』
青頭千里は断言した。しかしその断言は誰もが頷くような説得力があった。
誰がこんな話を信じられるだろうか。データが元は人間でロボットの中にいると。
竜宮健斗達だってセイロン達と出会って事件に巻き込まれることがなかったら、信じていなかっただろう。
それくらいアニマルデータの話は危ういのだ。信頼性もその実態も。
下手したら人間が生き返る話など、真顔で信じる人間がいたら逆に怪しいだろう。
『ですので今回の騒ぎは逆に皆様に信じて貰えるいい機会と思いました。ですので嘘は一切ございません』
もしピンチをチャンスに変えれる人間がいたら、それは恐ろしい人間なのかもしれない。
多くの覚悟や展望のチャンスなどを全て呑み込めるような大きな器を持った人間。
そんな性質だからこそ、ピンチすら飲み込んでしまうのではないかと底の知れない器を見せる。
恐ろしかったがこんな状況では、逆に同じくらい頼もしかった。
『また扇動博士においては多くの処分や謹慎の末に、その才能は社会に生かされるべきと考えての処遇としています…はい、質問をどうぞ』
手を上げていた記者に手を向ける青頭千里。
マイクを受け取った記者は毅然とした態度で質問する。
『アニマルデータはアダムス・フューチャーズでは全人類に必要なシステムとありました。病気もなくなるとありましたがそちらへの意見は』
『ここは私が。私はそうは思いません…しかし必要とする人間はいるでしょう』
『ではアダムス・フューチャーズの意見に賛成と?』
『いいえ、違います。これは生死観による違いなどで意見が割れるでしょうが…個人として私は今の体で死にたいと思っています』
御堂正義は質問に厳粛で誠実な対応で受け返す。
そして個人の意見は、本当に御堂正義の心の声なのだろう。
記者は納得しかねる顔ではいたが着席をする。
そこで次から次へ質問がされていく。
批判的な質問もあれば好奇心から来たような質問。
アダムス・フューチャーズについての認識や、今後のアニマルデータの対応などについてだ。
今答えられる質問には答え、後で説明する質問においてはお待ちくださいと静止をかける。
アニマルデータは次々とその内容を明かされていく。
一部のアニマルデータは人格全てを取り戻す代わりに子供達の脳の一部を借りていること。
まだ全ては判明してないため危険性があること、アニマルデータの矛盾性。
人体実験の話から倫理的な話まで飛び交っていく。
それを竜宮健斗達は見て聞くことしかできない。拳は膝の上で強く握りしめられている。
子供は口出しできない大人の会話など、子供にとっては苦痛だ。
内容を子供達は理解している、しかし理解できないだろうと口を挟むなと大人に一蹴されてしまう。
大人が思う以上に子供は理解しているのに、かつては子供だった大人達はそれが理解できない。
大人とは子供が理解できなくなった頃からなるものかもしれない。
『脳を借りている子供達に異常性は見つからなかったんですか?』
『現段階において一部発見されております。しかし異常性ではなく才能の開花ともいうべき性質として検査に出ております』
まさか最近行っていた検査の話が出るとは思わず、竜宮健斗は口から心臓が飛び出そうになる。
その才能についてはまだ検査において確認しただけで、細かい所はわからないこと。
しかし人格面においてはいたって問題もなく、健康そのものであることを検査結果を名前非公開で公開できると宣言。
アニマルデータの話は止まらない、話はどんどん危険性や安全性について追及されていく。
青頭千里は笑顔のままこう言う。
『私達は一度も安全と言っておりません。確認段階においてアダムス・フューチャーズが勝手な宣伝をしたと解釈しております』
『では危険なのですね?』
『難しいところです。アニマルデータは人間です。例えば隣人が安全かと言われたら貴方は自信をもって安全と答えられますか?』
『…はい?』
『昨今隣人による殺人などニュースで騒がれていますが…アニマルデータなどはその隣人のようなものです』
青頭千里は危ないことを言っている。
確かに安全性は断言できない。しかしその話し方では危険性が高いように感じてしまう。
同じ人間だから安心という保証などどこにもない。優しそうなあの人が実は、などニュースのインタビューではよくある言葉だ。
アニマルデータはそれに近いかもしれない。しかしこのままでは悪い印象がついてしまう。
それなのに青頭千里は笑顔のままマイクを持って竜宮健斗達に近づいてきた。
そしてマイクを竜宮健斗に渡す。
「あとは君が思うまま話してごらん?子供の声を大人がどう受け止めるか…楽しみだ」
小声で本当に楽しそうに青頭千里はそう言った。
しかしマイクを握った瞬間に竜宮健斗の頭は真っ白である。
まず何から言えばいいのかわからない。いきなり道具を持たされて説明受けずに工作をする気分だ。
しかもその工作が卒業制作以上のものとなれば、緊張感は富士山を超えるんじゃないかというほど高まる。
「え、え、え…と」
<まずは名前だ。東エリアのボスを忘れるな>
セイロンの言葉に竜宮健斗はやっと何を言えばいいか理解した。
噛み噛みではあったが、なんとか東エリアボスの竜宮健斗と震える声で言えた。
それを言ってしまえばあとはなんとかなる気がした。
あとは思うままをぶつけてみようと、自分を鼓舞する。
『俺は…セイロン、アニマルデータに会えてよかった』
そこから始めるのかよ、と横で玄武明良がうんざりした顔でいる。
籠鳥那岐も何か言いたそうな顔をしているが、大衆の前なので下手な行動ができない。
仁寅律音はただ成り行きを見守っている。
『セイロンがいたから東エリアでアニマルデータの友達や新しい友達ができた』
喧嘩することもあった。仲良くなることもあった。
『そしたら今度はNYRON中に友達ができた』
協力することもあった、ライバルになることもあった。
『大会で勝ったら嬉しいけど、負けたら悔しかった』
喜びではしゃぐこともあった、悔しくて泣いたこともあった。
『もちろん嬉しいことばかりじゃなくて…辛いことや哀しいこともあった』
死んでしまった人がいた、取り戻せない物があった。
『でもどんな時でもセイロンや友達がいてくれた』
地底世界に迷い込んだ、時計台を全力で駆け上がった。
『だから俺はこれからもセイロンと友達でいたい』
変わらない物がある。変わっていった物もある。
『俺は…世界中の皆にアニマルデータと友達になって欲しい』
辛いことがあるかもしれない。でもきっと楽しい。
わからないことがあるかもしれない、でもきっと理解できる。
苦しいことがあるかもしれない、でもきっと乗り越えられる。
泣きたいことがあるかもしれない。でもきっと笑える日が来る。
間違ってしまうかもしれない。でもきっと友達なら、正しい方へ行けるはず。
『難しいことはわからないけど、まずは手を差し伸べてみようよ』
助けるために伸ばしたことがあった。
友達になるために伸ばしたことがあった。
協力し合うために伸ばしたことがあった。
諦めないために伸ばしたことがあった。
救い上げるために伸ばしたことがあった。
負けないために伸ばしたことがあった。
勝つために手を伸ばしたことがあった。
でも手を伸ばすためには、相手がいなければ始まらない。誰かが必要なのである。
『伸ばした先にきっと答えがあると思うからさ』
沈黙が広がる。竜宮健斗は笑顔のままマイクを握っている。
そして少しずつあれ俺変なこと言ったかなと焦り始める。
内心は冷や汗だらけで今すぐにでも座りたいが、空気がそうさせてくれない。
集まる視線に少しずつ硬直し始めた中で、乾いた拍手が聞こえてきた。
扇動岐路が笑顔で竜宮健斗に拍手を送っている。すると御堂正義も拍手をし始める。
拍手は伝染していき、会場内は拍手で包まれる。竜宮健斗の傍に改めて青頭千里が拍手しながら近寄ってくる。
そして片目で面白かったよとウィンクし、マイクを手にして言う。
『私達大人は所持者である子供達の意見を尊重したいと考えてます』
「おっちゃん…」
『そこで子供達がいかにアニマルデータと付き合っているか知って貰うため、こちらの大会を用意しました!!』
それは新しいフラッグウォーズの告知チラシ。
大きく一人分包めそうな程大きい紙がスクリーンに張り付けられる。
NYRONフラッグウォーズ。内容はアニマルデータ所有者とチーム戦を行うというものだ。
会場は中央エリアの象徴である時計台近くに出来た大型ドーム。
NYRONの外に住まう子供達も参加できる、今まで以上に大きい大会だ。
竜宮健斗は期待で胸を高鳴らせる。
『こちらでまた子供達にインタビューの機会を設けたいと思います。それまでの期間は子供達や学校などに一切の取材を禁じさせて頂きます』
詳しい大会内容、また今日のアニマルデータについて親子で理解できる事柄をまとめた特設サイトを創設。
また学者や大人用のサイトは別口に設けているなど事後報告へと移り始める。
竜宮健斗はやっと座れたと思い、安堵していると両側から足の脛を蹴られる。
籠鳥那岐と玄武明良に挟まれているため、蹴ったのはこの二人であろう。
仁寅律音は笑いを堪えているのか、口元に手を当てている。
ちなみに青頭千里は離れていく際に、またおっちゃんと言われたと少しショックを受けていた。
会見が終わり竜宮健斗達は各エリアに帰れることになった。
遅くなると伝えていたが、夜はもう十時手前で玄武明良以外の子供は頭をうつらうつらとさせている。
大会を予定したことにより、これからまた普通の学校生活に戻れるよと青頭千里は言った。
竜宮健斗は目をこすりながら、青頭千里に言う。
「なんで説明の殆どおっちゃんがしてたの?」
「…お兄さんが一応あの場面で一番年下で通ってるから。でも一番大事な部分は御堂社長が話してたよ」
そう言われたらそうかなと眠い頭で竜宮健斗は納得する。
車で来た時とは逆回りで帰してもらい、竜宮健斗はマスコミのいなくなった家についてすぐ玄関で寝てしまう。
セイロンでは抱えられないので誰かいないかとリビングに行けば、兄の教師である竜宮信正しかいなかった。
いまだに竜宮信正はセイロンを避けているが、今の状態ではどうこう言ってられないため声をかける。
<あの、信正さん。健斗が玄関で寝てしまったのだが…>
「ん?うおう!?セイロンか…あの馬鹿玄関で寝たのか?」
<ええ…>
「…まぁ会見で頑張ったからな。大目に見てやるか」
そう言ってソファから立ち上がり、玄関へと向かう。
セイロンがソファの傍にあるテレビに目を向ければ、確かに会見のニュースが流れている。
弟が問題のアニマルデータを持っているため心配で見ていたのだろう。
セイロンは少し複雑な心ながらも階段を上がっていく音を聞き、慌てて追いかける。
ベットに転がされた竜宮健斗は呑気な寝顔で寝ている。このまま夢の世界で幸せに浸りそうだ。
竜宮信正は少し考えた後、充電しようと机の上にある充電用USBケーブルを咥えようとしているセイロンに声をかける。
「なぁセイロン…俺のことは呼び捨てでいい。これからもこの馬鹿な弟の友達でいてくれ」
<…信正>
「お前達も色々あるだろうが…俺はとりあえずこの馬鹿を信じることにする。じゃあ、おやすみ」
そう言って下のリビングへと戻っていく。テレビの続きを見て知識を補強するのだろう。
セイロンは呑気な顔で寝ている竜宮健斗に向かって笑いかける。
お前の言葉で動いてくれた人がいたぞ、と。信じてくれた人がいたぞ、と。
全部は上手くいかないだろう。それでも動いたことや話したことは間違っていない。
相変わらず馬鹿なのに間違わない奴だ、とセイロンは感心する。
そして今度こそ充電ケーブルを咥え込み、スリープモードに入る。
アンドールは夢を見ない。
しかし幸せな今なら少しは見れそうだと、馬鹿な考えに笑える余裕があった。