魔女と青い血と人間
クローバーは通信を終えて背伸びをする。
全身が機械とはいえ痛覚や疲労具合を伝える電気信号があるため、人間の時と変わらない動作である。
大量のオイル漏れや関節部分の逆稼働、人間でいえば出血多量と関節逆回転その他諸々の状態で一週間ほど放置されていた。
それを自力で根性と意地で直し、動かせるようになったら全てが終わっていたのがクローバーの知る顛末である。
今目の前にあるテレビではアダムス王が突然の不審死により、壮大な葬儀が行われる旨が放送されている。
遺体は求道哲也のものだったため家族に返還後に火葬、葬儀棺桶の中は空のまま多くの者に見送られて神殿にて奉納、神格化される。
しかしそれで社会が揺らぐことはない。アダムス王は確かにアニマルデータの代表的な存在であった。
だがアニマルデータの実権は既にアダムスの手から離れ、世界中に流布されていた。アンロボットの技術も同様である。
つまりクローバーがいる時代では人間達はアニマルデータになるのが常識で、アンロボットとして生きていくのが普通のまま進歩する。
アダムス一人が消えたところで何も変わらない。変わるとしたらアダムスに関連した宗教が少し大きくなるだけである。
「本当に青い血も恐ろしいけど…魔女の手際は気味悪いくらいだね」
社会はアダムス一人が消えたくらいでは何も変わらない。しかし世界はアダムスという個人を失くした。
ミリグラムほどの減少とはいえ、確かに世界は変わっている。しかもアダムス一人を死亡させるためにあらゆる世界の機能が使われた。
不審死は突然の窒息による酸素欠乏症と心機能マヒ、その状況を同時に起こすためにアダムスの周囲の酸素濃度変換や静電気による身体圧迫。
見えない程度に世界の常識を変えて、魔法のように違和感なく人を殺した。酸素欠乏症が必要なのは死の間際にアニマルデータが移動できないように脳にダメージを与えるため。
黒の魔女求道神楽耶は自分の息子の敵討ちと遺体を取り戻すためだけに、アダムスを殺すため魔法のように世界の常識を変えた。
誰も追及できない、推理できない、突き止められない、世界規模での個人暗殺である。
「それにしてもマスターのあのにやけ顔…僕の正体ばれちゃったよなー、恥ずかしいなー、過去の僕よごめんよー…」
通信した時に見えた金髪の美女であるマスターは笑っていた。それも明らかに楽しそうに。
それだけでクローバーは全てを理解した。隠す必要性はないが、ばれない方がクローバーはありがたかった。
なぜなら未来からの謎の科学者という肩書を、純真無垢な幼い過去の自分に背負わせてしまうのだ。赤面ものである。
とりあえず苦労するだろうけど頑張ってね過去の僕とクローバーは心の中で思いながら、次の連絡先を開く。
そこには常連として通ってるカフェの番号で、テレビで放送されているアダムス不審死の関与している人物がグリーンティーを飲んでいるであろう場所だ。
『はい、カフェシルクロードです』
「あー…松尾さん。犯人は今頃優雅にグリーンティー呑んでると思うけど、代わってくれる?」
『どうも犯人の黒魔女だよー★これでこの世界も少しはスッキリしたと思うけど、錬金術師くんはどう思ってる?』
「一応今の僕は科学者なんだけど…いや、まあ本業は錬金術師ですけど………せめて僕にもう少しアダムスのこと調べさせてほしかったです、はい」
『そんなの無駄無駄。それは…見てきた錬金術師くんが一番知っているでしょ?』
軽いノリでの会話にクローバーは溜息をつく。確かにクローバーはある意味一番アダムスのことを知っている。
クローバーの過去では未来からやって来たのは、求道哲也である。アンドールは梟のロロであることは間違いなかった。
求道哲也は時永悠真と豊穣雷冠が殺された時代から未来を変えるために過去にやって来た。細かい差分はあるものの時永悠真とは変わらない。
アダムスを殺すことではなく永劫監視することによって未来を変えようとした。求道哲也は復讐者まではいかなかった。
そしてクローバーやその過去の竜宮健斗達は協力を申し出た。何人かはアンロボットに姿を変えたり、子孫に頼んでアダムスの監視を続けようとした。
結果はクローバーこと扇動美鈴だけしか残らなかった。そして求道哲也の目的や未来の出来事を知っていたアダムスはクローバーの時代に生まれた求道哲也を体に選んだ。
それは監視を強要されたアダムスの我儘。求道哲也の体を奪えば監視される未来を覆せると信じた結果だった。
しかしそのせいで求道哲也はアンロボットとして死に、豊穣雷冠も人として死んだ。残されたのは過去とは違う時永悠真であった。
だからアダムスは時永悠真さえ優しくして懐柔すれば、過去の自分が脅かされることはないと信じて手を伸ばした。
手を伸ばして、払い除けられた。そして過去に向かわないように時永悠真を殺そうとしていた。
その前にクローバーが先手を打ち、時永悠真を過去世界に送った。歴史は細かい差分を作りながら同じように繰り返していた。
過去世界ではアダムスは今までにないほどの変化を見せていた。クラリスのデータが混じり、笹塚未来にも見限られた。
しかしそれでクローバーがいる時代は変わらない。時永悠真はもういない、求道哲也も豊穣雷冠もアダムスも死んでしまった。
柊や楓も帰ってこない。愛しい人達は全てクローバーを残して死んでしまった。
監視するアダムスももういない世界に、クローバーは未練がなかった。未練はないが死ぬことはできなかった。
幼い頃諦めた時に必死になって時計台を上って説教してくれた、尊敬する人を思い出して苦笑する。
その思い出が生きている限り、クローバーは死のうとは思わなかった。
「そうですね…とりあえず僕は悠真さんが変えようとした未来を見守ろうと思います」
『錬金術師くんは寂しいわねー。じゃあわらわと松尾さんはラブラブ旅行行くからあとよろしく―』
「………………はい?」
『残念ながらわらわこの世界に一切の未練ないし?魔女の力をフル活動させて異世界旅行とかしてきちゃうわけよ、ぶっちゃけ』
「…なるほど。では別世界の僕に会ったらよろしくお願いしますね」
『やーよ★じゃねー』
そこで通話は途切れた。おそらく今頃カフェシルクロードも跡形もなくなっているだろう。
魔女とは個人にもよるが、求道神楽耶は気まぐれでそのくせ人に顔を見せるのが苦手な恥ずかしがりやで、無駄なことに世界レベルの魔法を使う。
長い人生、六人の魔女全員とその事件に関わってきたクローバーは改めてこう言う。
「本当に…魔女は厄介だ」
青頭千里は鬼の首を取ったかのように得意げな顔でマスターの研究室にいた。
パソコンに向かっているマスターは逆に徹夜続きのせいで鬼気迫る勢いである機械を開発していた。
アダムスは少しずつクラリスのデータが混ざって自我が保てなくなっている。いつ人格が壊れてもおかしくない状態で鉄の箱に閉じ込められている。
その鉄の箱を抱えながら青頭千里は楽しそうに喋る。
「子供達はこんな暴君すら助けたいってさ…おかしいよね。さっきから腹筋が痙攣しているよ」
その言葉に応じないままマスターは工具を使って螺旋を締めあげる。
「でもさ、こうなっちゃあさすがの青い血でも助けられない…てことはわかるよね?」
無言のままマスターは赤と青のコードを繋げて電気を通していく。
「全部助けたいねぇ…遊園地の事件で欲が出たのかな。なんにせよ手遅れなんだよ」
画面に表示される連続エラーを一つずつ処理しながらマスターは作業していく。
「未来を変えて、過去を変えて…それで今を投げ捨てる覚悟があるのかな?」
最終チェックを次々と潰していき、出来上がった機械を見上げてマスターは言う。
「今を大切にする覚悟はあるんだよ人間は。人外のお前と違ってな」
振り返り睨むようにマスターは告げる。
その挑むような視線に青頭千里は嬉しそうに笑う。
人間の足掻きが青い血は大好物だ。青い血では不可能なことを叶えてくれる。
例え世界を変える力を持つ魔女でも、社会を壊せる青い血でも無理なこと…それを叶えるのは人間。
その根源を青い血も魔女も理解できない。しかし目の当たりにすることはできる。
目の前に不動のように存在する機械は人間の足掻きの結晶。
システムエッグのように小型でも美しくない、無骨でコードが乱れて巨大な一種の建造物。
願いを叶える機能もない、世界を救う機能もない、絶望を振りまく機能もない、人間程度にしか作れない機械。
だからこそその機械は忠実に子供達の望みを叶えるために作られた。しかしデメリットはある。
「これが私の計算した結果だ、犠牲を必要とするが…それすら救う手段だ、人外」
犠牲が出るなら、その犠牲も救える機械を作ればいい。
無茶苦茶で本末転倒な理論と理屈で作られた、稀代の天才の作品。
一種の美術品を見るような目で青頭千里は呟く。
「さすがだよ、人間」




