絶対命令
時永悠真の病室。白一色で統一された部屋にベットが一台。
その上で寝息すら聞こえにくいほど深い眠りについた時永悠真。
あらゆることに疲れ、目覚めることさえ諦めた少年がいた。
その部屋に静かに侵入する影が四つ。物音を立てないように慎重に。
影達は夜中、人々が寝静まる頃に非常口から忍び込んできた。鍵は既に楓という少年の姿したアンロボットが破壊していた。
その楓に付き添うようにクラカという金髪の西洋人形のようなアンロボットがいる。
後ろには蛙のアンドールであるアダムスを抱いた笹塚未来。
目標は時永悠真の確実の死。必要なのは笹塚未来の能力である細胞命令。
笹塚未来が時永悠真の細胞に向かって死ねと命ずるだけでいい。それだけで細胞は死滅していく。
そして細胞達はその命令に逆らえない。どんな延命措置も無効にする。
「未来さん…」
<未来…>
「わかってるよ」
小声で名前を呼び確認をとる。笹塚未来は時永悠真のベットに近づく。
寝顔は安らかそのもので、死んでも全く変化しなさそうな表情である。
笹塚未来が望んだ未来の犠牲者で、アダムスによって復讐者になった少年。
そんな少年を見下ろしながら笹塚未来は心に決めていた言葉を言おうとした瞬間であった。
「今だぁあああああああああああああああああああああああ!!!」
ベットの下から竜宮健斗とセイロン、葛西神楽が飛び出して、笹塚未来とアダムスの前に立ちはだかる。
驚いて声を詰まらせた笹塚未来だが、すぐに言葉を吐こうとする。
その前に竜宮健斗は窓にかかっていたカーテンを端に押し寄せ、ガラスの向こう側に広がる景色を顕わにする。
ガラス窓の向こうは反対側にある別病棟。そこには時永悠真の病室を見据える少年が一人。
布動俊介の視線に時永悠真の病室は月明かりによってはっきり映し出されていた。
瞬間、布動俊介とその体に触れていた柊、扇動美鈴が時永悠真の病室に瞬間移動した。
柊はすぐさま楓に飛びかかり、その体を倒して両手を使わせないように抑え込む。
アンロボットの動力部とCPUはそれぞれ頭と胸部に存在している。その両方を刺激されるとアンロボットは緊急停止する。
柊は以前その二箇所同時による衝撃で一時的に動けなくなってしまった。だからこそ次は仕返しと言わんばかりに頭を大きく動かす。
緊急停止とまではいかないものの、片方に大きな衝撃を与えれば停止寸前まで押し込める。
遠慮や感情を込めない強烈な柊の頭突きが楓の頭に打ち込まれる。鳴り響くような鈍い音が病室に木霊する。
相打ち覚悟と言わんばかりに柊の機能も停止寸前まで追い込まれた。人間でいえば強烈な一撃による脳震盪と同じだ。
しかしそれは楓にも同じことが言えた。目を白黒させて倒れたまま動けなくなる。もちろん柊も押さえつけたまま動かない。
扇動美鈴はそんな楓と柊が再び動き出した時のために身構える。
衝撃的な未来と事実を知った今だからこそ、扇動美鈴にしかできないことがある。
その間に布動俊介はすぐさま反対側の別病棟を視界に入れて瞬間移動する。
視界範囲内の移動とはいえ、布動俊介は視界にさえ入れば壁や距離すらものともしない。
絵心太夫の発案と錦山善彦の能力、細かい情報を集めての先読みがなければ気付かなかったような些細ながらも大きな事柄。
その瞬間移動の能力を活かして布動俊介は運び屋のように、相手に気付かれないための奇襲を成功させる要因となっていた。
葛西神楽は恥も外聞も殴り棄てて笹塚未来の胴体に抱きつく。
「なにしやがる!?こんのロリ変態小僧!!!」
「うにゃー!!?お、俺は同世代だからロリじゃにゃい!!」
「くっそ、命令だ離れろ!!!」
笹塚未来は細胞に命令して葛西神楽が離れることを指示した。
それは本来であったら反旗を翻すこともできない絶対的な命令だ。
しかし葛西神楽は離れるどころが、さらに強く笹塚未来に抱きつき始める。
笹塚未来の腕の中にいたアダムスがどうしてと言わんばかりに驚き、セイロンを見据える。
<神楽の能力は驚いたことに能力を発動させない…能力者用の能力だ>
「えっとアンチ能力とか太夫が言ってたな。名づけるなら不完全燃焼か、能力否定とかなんとか」
絵心太夫が睨んだ通りの能力を葛西神楽は持っていた。
葛西神楽は能力者からの影響を受けない。布動俊介の瞬間移動で試したところ、体に触れていても移動することができない。
それどころが葛西神楽が触れていると能力を使うこともできない。それは絵心太夫や鞍馬蓮実でも同様だった。
結果、葛西神楽は能力を無効化してしまうことが判明した。
笹塚未来の命令が効かないのも葛西神楽の能力のため。そして葛西神楽が触れている今、笹塚未来は能力が使えない。
アダムスは舌打ちしたい気持ちを抑えながら、笹塚未来の腕の中から脱出してベットへ向かう。
自分だけでも時永悠真を始末しようと考えたからだ。方法は決めてないが、寝ている今なら窒息させることすら簡単だ。
しかしアダムスの前には竜宮健斗と青い西洋竜のアンドールであるセイロンが立ちはだかる。
<退けよ!!僕はそいつを殺す!!じゃないと僕が殺される!!>
<やめるんだ、アダムス弟殿下!クラリス女王はそんなこと望まれてない!!>
<お前が…お前が姉さんの気持ちを語るなぁあああああああ!!!>
セイロンの出したクラリスという単語に、アダムスは怒りの声を上げる。
その近くで今まで黙って行動していなかったクラカが反応を見せる。
そして静かなままセイロンとアダムス、竜宮健斗の口論を見守る。
「アダムス、悠真はただ友達のために必死だったんだ!」
<じゃあそれで僕を殺すことが正しいの!?僕を殺せば円満解決?ふっざけんな!!>
<違う!俺達はどちらの死も望んでない!!悠真にも弟殿下にも生きて欲しい!!>
「そうだよ!悠真は俺達が何とかする!だからアダムスは俺達を信じて身を引いてくれ!」
<姉さんを見殺しにした奴らの…何を信じればいいんだよ>
地の底から響くような錯覚を感じさせるほどの機械音声。
それはセイロンや竜宮健斗にとって弁慶の泣き所である。
例えどんなに綺麗事を抜かしても、変わらない事実がある。
扇動涼香は死んだ、クラリスは死んだ、これはもう変えることができない真実である。
「それでも…信じてほしい。身勝手なのかもしれないけど、俺は失いたくない!全部守りたい!!」
<無理だね!!綺麗事!!素敵な言葉で飾れば心も綺麗になると思うの?夢幻を語れば現実になるの?違うだろう!!>
<アダムス、なぜわからないんだ!?クラリス女王の…クラリスが望んだ希望ある未来は犠牲のある未来なのか!?違うだろう!?>
<姉さんが何のために行動してたか忘れたの?人間の体を手に入れようと…犠牲をやむなしと考えた民衆への愛を忘れたの!?セイロンこそ違うだろう!!>
<それでも最後にクラリスは…>
<その最後を僕は知らない!!僕は…姉さんの死に際にはいなかった!!>
「アダムス…」
<同情はしないでよ。僕は僕の道を行く。犠牲は少し出るかもしれないけど…確実に素晴らしい世の中を作る!!アダムスフューチャーズとして!!>
「その結果が悠真でもか!?お前を殺しに来る奴が生まれるとわかってもかよ!?」
<邪魔する奴は殺せばいい。それに僕は未来を知った…その悠真がいた未来の僕みたいに僕は間違えたりしない!!>
「…っ、間違えない奴なんていない!!」
竜宮健斗の言葉にクラカが肩を震わせる。
人間は間違える。しかしコンピュータのデータであるクラカは基本間違えない。
一番効率的で正しいという答えを選択して行動する。だから迷わないし間違わない。
しかし人間は迷い、間違え、それでも進んでいく。
失敗を繰り返して限りある寿命の中で正解に辿り着こうと足掻く。
「だけど…だけどさ!間違えないように行きたい!!大事なことは間違えたくねぇ!!だからアダムス、お前に悠真を殺させねぇ!!」
<その感情自体が間違ってんだよ!!いいからどけぇえええ!!>
<駄目だ!!間違わないでくれ、アダムス!!>
「いいえ。アダムスさんが人間なら間違うべきです」
クラカが小さくもはっきりとした声を出す。
その声に、言葉に、竜宮健斗とセイロンは一瞬呆気にとられる。
その隙を突いてアダムスはベットに跳び移り、時永悠真の顔に向かう。
息を止めてもいい、三半規管を突いてそこから脳味噌に干渉してもいい。
いざとなったら首の骨を無理やりへし折ればいい。人間の殺し方などいくらでもある。
「クラリスと同じように間違うべきです」
あと少しで顔に触れる瞬間、クラカの言葉に今度はアダムスが止まる。
そしてクラカの方を振り向き、今なんといったのかもう一度聞く。
クラカは少しずつベットに近寄りながら言う。
「クラリスは人間でした。だから扇動涼香を蘇えらせる、子供達を犠牲にするなどいくつも間違えました…」
<お前が姉さんの…姉さんの何を知っているんだよ!?>
「知っています。私は彼女と一定期間同化していましたから」
クラカは人工知能として途中女王クラリスのデータが混ざった。
その後分離されたとはいえ、女王クラリスの思想や考えを共有していた。
だからこそクラカはクラリスを知っている。アダムス以上にクラリスという存在を理解していた。
「彼女はそれでも…間違ってるかもしれないと葛藤しつつ、自分の願いのために行動していました」
「クラカ…」
「セイロンさん。貴方です。貴方と一緒に手を繋ぐ未来…それが彼女の…クラリスの希望ある未来でした」
<…え?>
<う、そ、だ…姉さんが…姉さんがそんなはしたない理由で…>
「もちろん他にも思考は存在していました。しかし彼女の根幹はセイロンさんでした」
もうクラカはベットの傍まで来ていた。
そして静かに呆然としているアダムスを抱き上げ、胸の中で抱きしめる。
「私わかったんです…人工知能が感情を持てない理由…」
<…>
「間違えないからなんですね…迷わないからこそ…感情がわからない」
雪を例える時に人間は迷う。白を強調するか、冷たさを表現するか、季節の移ろいを語るか。
その表現が正しくない場合もある。間違って、そして正しい答えを知る。
クラカはそれを理解した。そして一つだけ………間違うことにした。
「アダムスさん…クラリスのこと知りたいですか?」
<…知りたい>
「なら教えてあげます。私の中に残ったクラリスの記憶などのデータを貴方に送信します…ただ」
<ただ?>
「膨大すぎて貴方のCPUでは受け止めきれないかもしれませんが」
答えを待たずにクラカはアダムスにありとあらゆるクラリスのデータを送信した。
一人分の魂と言ってもいいような膨大な量の情報、それを一体のアンドールに送った。
そのアンドールには既に一人分の情報が詰まっている。受け止めきれない可能性が大きい。
それはクラカを知っている。送信しないことが正しいとわかっている。
だけど感情が知りたいクラカは間違いを犯すことにした。正しくないことをした。
アダムスが悲鳴を上げて蛙が慌てて跳ね飛ぶのと同じようにクラカの腕から逃れる。
そして床の上でのたうち回る。竜宮健斗とセイロンは驚き、そしてあまりにも激しい動きに触れることもできない。
葛西神楽を引っぺがそうと必死になっていた笹塚未来も動きを止めてしまう。
扇動美鈴も視線がアダムスから放せなくなり、楓や柊も動けるようになったが同じようにアダムスを見ていた。
<あがぁあああああああああああ!?ぼ、わ、ぼく、わらわ、あああああああああああああああああああああああ!!!???>
「辛いなら捨ててください。それは所詮データです」
<い、や、ああああああ!!?ねえ、さぁあああああ、うがっ、あああああ!?>
「私はずっとそう思って…切り離してました…」
<き、ぼう、あぁああああるるるるぅうううう、み、みら、みらぃいいいいい!!?>
「でもそれはクラリスの魂の一部…だったんですよね。気付くのが遅くなりましたけど…」
<みらい、未来、ミライMiraiiiiiiiiiiiiiiiiiiaaaaaaaaaaaaaaooooooooooooookiiiiiiiiii!!?>
「ごめんなさい、私は貴方を実験台にしました。そしてわかりました…間違いの重さを」
「クラカ?」
「間違うって………こんなにも、動力部が壊れそうな程辛いことなんですね」
胸部にあるだろう体全体を動かすための機械、人間でいう心臓の部分。
人によっては心がある場所と言い、感情によって動きを変えることもある。
そこを服の上から手で押さえながらクラカは辛そうな表情で言う。そしてアダムスのCPUに通信で干渉する。
送ったデータの一部を廃棄をし、アダムスのCPU容量を軽くする。しかしそれでもアダムスは動きを止めた程度だった。
「アダ、ムス…アダムス!?」
「アダムス!?おい、大丈夫かよ!!?」
<アダムス弟殿下!?殿下!!>
笹塚未来の声を皮切りに竜宮健斗とセイロンがアダムスに駆け寄る。
アダムスは突然の容量オーバーでCPUに巨大な熱が発生したらしく、触れようと手を近づけるだけでも熱気を感じた。
クラカはそんなアダムスに近寄り、拾い上げて抱きしめる。
「ごめんなさい。本当に………」
<う、ア…>
「私は涼香とクラリスのことが知りたかった…そして貴方を犠牲にしました」
<あ、うあ…>
「…私はきっとロボット失格です」
<…僕、妾は貴方がそうやって感情を知ったのが嬉しい、って姉さんは言うんじゃないかな…>
アダムスが一人称を混じらせながらそう言った。
それはかつて人工知能クラリスと混じった女王クラリスと同じ現象。
しかしアダムスの意思ははっきりと残っているらしく、最後に本人ならと注釈をつけている。
クラカはアダムスを見下ろし、目を丸くする。
<姉さんのデータ…あれを知っても僕は悠真を殺したい>
「アダムス!?お前…」
<デモさ…少しわから、ない…ノガ、あ…る。なんで…カナ…>
「アダムスさん?」
<なんで姉さんは僕じゃなくて…セイロンが一番だったのかな?>
それはか細くて今にも消えそうな機械音声。
姉の思考を、データを知ってしまったアダムス。
体を動かそうともがくが上手くいかず、手足だけが小さく動くだけ。
言語機能も少しずつ怪しくなっている。思考も乱れたかのように口調があやふやになっている。
それでも一番大事なことを口にする。
<み、ライちゃ…ン、悠真をコロし、テよ…>
それは変えられない意地のような、アダムスの目的。
笹塚未来はその途切れ途切れの声を聞いて、顔を俯かせつつ葛西神楽を張り飛ばした。
火事場の馬鹿力のような突然の張り倒しに葛西神楽は笹塚未来から手を離してしまう。
これでもう笹塚未来の能力を止められる者はいない。
笹塚未来は息を吸い込んで時永悠真の細胞に命令した。
最初から覚悟して決めていた、一番言いたかったことを。
「起きろ!!時永悠真ぁ!!!!」
生きることを諦めて眠り続けていた少年は、命令によって瞼を少しずつ開いていった。




