噛みあわない歯車
勉強が終わった後にある個室で絵心太夫の発案より葛西神楽の能力追及が行われていた。
錦山善彦は物事の先読み、布動俊介は目視できる範囲の瞬間移動、絵心太夫は体周辺の重力操作、鞍馬蓮実は感情に左右される筋力増加。
あとは葛西神楽だけが判明されておらず、もしアダムスや楓が時永悠真を襲う場合は笹塚未来が一緒に来ることは予想される。
柊から伝えられた笹塚未来の能力は命令による細胞操作である。制限がほぼ無いのでかなり分が悪い。
絵心太夫が考えるに今の時点で判明している能力者四人では防げるとは思えない。
しかし漫画などではこういう時に判明してない、もしくは頼りないキャラが活路を開くのだと推理していた。
そこで注目したのが葛西神楽なのである。また絵心太夫はそこにある一つの可能性を捉えていた。
今はその可能性の検証となっており、竜宮健斗達は外で扉向こうから聞こえてくる声を聞きながら休んでいた。
「ぎにゃー!!絶対これなんか違うにゃー!!!!にゃー!!!!」
「ええい!!面妖な言葉尻を使わずに次はこれを試しに…」
「出してぇえええ…み、三月ちゃぁん…」
「あーもう酷い混乱やないかい!!!あ、そこは…っああああああああああああ!!!」
「こっちに来ないでほしいんよー、ふがぁああああああああ!!?」
そんな声が聞こえてくるので、竜宮健斗達も覗く気にはなれなかった。
ある意味好奇心は刺激されるのだが、それ以上に危険な予感が理性をフル活動させるのである。
柊は時永悠真の病室で扇動美鈴にあることを伝えていた。それは全員救うという竜宮健斗の言葉に対して必要なこと。
その会話を時永悠真のベットの下で狼のアンドールであるガトに盗み聞きさせているのが玄武明良である。
「僕に話ってなんですか?」
「未来を変える話ですよ、博士」
ガトがベットの下で驚き、身を動かそうとするがその前に笑い声が聞こえてきた。
それは途方もない話を聞いておかしくてたまらないといった笑い方だ。
無邪気で他意のない、否定するような笑い声。
「何言ってるんですか?僕はまだ博士号も取ってないのに博士だなんて…」
「いいえ。貴方は博士になるんです。そして僕を作る運命なんです。楓も、タイムマシンも」
「…え?」
「始まりなんて過去だけじゃないんです。未来がスタートになることもあるんですよ、クローバー博士」
とある未来世界の小さな飲食店に近いカフェであるシルクロード。
そこで四十代半ばぐらいの男性がグラスを磨いている。一見人間と変わらないように見えるが精巧なアンロボットである。
子供を一人愛しい女性の間に授かってから、愛しい女性のために長生きできる体を選んだのだ。
カフェにはかつて子供を中心として集まった居候の少年二人がいた。男性はその二人も本当の息子のように接していた。
しかし今は居候の少年二人も、かけがえのない血の繋がった子供すらいない。グラスを磨く音だけが響く。
今までなら少しお馬鹿の少年が突飛な言動をして、それを哲学が大好きな子供が理論的にツッコミを入れ、穏やかな少年がなあなあにしてきた。
他愛ないどこでも見られるような平和な日常は帰ってこない。二人は死んで、一人は未来を守るためにこの時間世界を捨てた。
グラスを磨く男性、求道松尾はサングラスの位置を直して静かな店内に溜息をついた。
そして傍らで緑茶を飲む愛しい女性、求道神楽耶に話しかける。
「神楽耶さん、どう思う?」
「寂しいわねぇ、黒の魔女であるわらわの子供に手を出すなんて…アダムスは気でも狂ったのかしらねぇ?ふふふ」
かつて消失文明にあらゆる技術という名の魔法を授けた六人の魔女。
ANDOLL*ACTTIONの楽譜もパンドラシステムもアニマルデータも、全ては六人の魔女がもたらしたもの。
六人の魔女にはそれぞれ色を冠している。その六人の内、黒の魔女を名乗る女性。
それが求道松尾の妻であり、アダムスが体の対象とした求道哲也の母親である求道神楽耶という存在だ。
六人の魔女は青い血の一族とは別格の存在であり、時間すら彼女達には関係ない。
だからこそ消失文明の時代から時永悠真が生まれた遥か先の未来まで存在し続けている。
求道松尾はそんな存在に恋し、愛したからこそ生身の体を捨てた。でなければ人間をやめることはしなかっただろう。
恋に狂った一人の男は愛のために女性の傍に居続けると決めた。
「私はその…神楽耶さんみたいに時間の仕組みとかよくわからないんだけど…アダムスは一体何を考えて行動しているんだい?」
「簡単よぉ?自分のこ・と・だ・け★ただアダムス自身もクローバー博士のタイムマシン犠牲者みたいなもんよ」
「…神楽耶さん。それってもしかして…いやでもねぇ」
「未来世界が多数存在するなら、過去世界も同じように多数存在する。つまりは…この時代のアダムス自身の過去にも時永悠真と思しき人物が関与してる」
「あ、やっぱりそうなんだ…」
「もしかしたら豊穣雷冠、わらわの息子の哲也かもしれないけど…なんにせよ、未来は過去に、過去は未来に影響しあって絡まりすぎてごっちゃ混ぜの状況ね」
飲んでいた緑茶が少なくなったところで求道神楽耶はアイスグリーンティーを所望する。
求道哲也はすぐに氷とスムージーを作るための機械などを用意し始める。
鮮やかなその一連の流れはいつもの光景と言わんばかりに違和感を消し去っている。
求道神楽耶にとって時間は他愛ない物である。同じように派生した複数世界も。
六人の魔女とはそういう存在なのである。青い血は社会に影響を及ぼすことはできても世界には関与できない。
逆に魔女達は世界に多大な影響を残すことができても社会には関心がない。
青い血は世界滅亡することはできない、しかし人間社会崩壊くらいはできる。
魔女達は人間社会を動かすことはできない、代わりに世界を概念として消し去ることができる。
青い血と六人の魔女は似ているようで真逆の存在である。そして今の状況は青い血や魔女達には関与し辛い状況なのだ。
世界を壊したところで一切の意味がない。社会を動かしたところで未来世界はいかようにも変化する。
だからこそ重要なのは渦中の中で巻き込まれている人間、子供達の意思なのである。
青い血にも魔女達にも掴めない可能性を、子供達である竜宮健斗達は握っているのだ。
だから青頭千里は決して子供達を無下にはしない。求道神楽耶もその意思を尊重する。
しかしできないことがないわけではない。むしろ黒の魔女だからこそ、青い血だからこそできることもある。
渡されたアイスグリーンティースムージー仕立てで喉を潤しつつ、求道神楽耶は妖艶な笑みと黒い紅をつけた唇で告げる。
「悪い子にはお仕置きが必要ね」
時計台の最上階で楓はずっと人を待っていた。
時永悠真の生存は確認できた。青頭千里によって仕立て上げられた影武者の少年ではない。
いまだに眠り続けて目覚めようとしない未来世界から来た復讐者の方だ。
次こそはトドメを刺すと決めている。内部のCPUはロボット三箇条によって常にエラーが発している。
それは人間でいえば理性が押しとどめるといった状況だが、楓はそれを判断しようとは思わなかった。
判断した瞬間に膨大なエラーで機能が処理に追われて遅くなるだろうと計算できたから。
楓は階段から聞こえてくる足音を察知して、腰を上げる。
そこには蛙のアンドールを抱えた少女が来るだろうと思っていた。そうであるべきだった。
しかし来たのは金色の髪をした西洋人形のようなアンロボット。
「…クラカ様?」
「そう、それが未来世界で私の立ち位置なのね…楓さん」
そこで楓は自分の失態に気付く。クラカのデータを一時的にとはいえ関わっていたのは誰か。
意図したのか、それと無意識かもしれないが、クラカを預かっていた存在は事情を話したのだろう。
簡単な世間話だったのかもしれないし、未来を変えるための行動だったかもしれない。
しかし今となっては関係ない。目の前にいるのは柊や楓にとって原初の存在。
人間でいえば神話に登場するアダムやイブのような存在。
クラカの存在が今後どう動くかによって未来は大きく変わる、鍵ともいえる存在
「なにをしに…」
「私も…興味があるの。クラリスが愛した弟と…想い人。その感情のぶつかり合い」
「…それはついてくるということですか?」
「ええ。私はこのまま人工知能のままは、いや。私は…感情が知りたい」
かつての友人である扇動涼香が死んだ今、クラカにとって知りたいのはただ一つ。
それは人工知能では手に入れるのが難しい代物。しかしそれ一つだけでクラカはあらゆることを知る。
扇動涼香との約束の意味、クラリスが最後に言い残した眠り続けた方が幸せと理解するような複雑すぎる回路。
クラカにとって大切なのは未来でも過去でもない。友人と言える存在の扇動涼香とクラリスのことだ。
「俺はこれから人を殺します。それでも来るのですか?」
「いきます。私は…人間になれなくても、人間のようになりたい」
アダムスは待ち合わせ場所である時計台の最上階に来て驚く。
そこには姉の面影を残す、全く違う存在であるクラカがいたのだ。
楓はどうしても必要だと言い、笹塚未来は邪魔にならなければ良いと許可する。
アダムス自身も笹塚未来と同じ考えである。しかしどうも落ち着かない。
クラカは観察するようにアダムスを見つめている。無機質な人形のような目だ。
外見は人間そっくりだが、どうしても人間味がない。
「行きましょう。次こそは確実に殺します」
<方法は?>
「前に使用したのは痕跡が残りにくいレーザー銃でしたが、こちらはエネルギー切れです。そこで…未来さん」
「なんだよ?」
「貴方の能力を使ってもらえないでしょうか?確実に…貴方が命令すれば時永悠真は死にます」
笹塚未来は目を丸くし、アダムスを抱いている腕の力をわずかに強くした。
楓はナイフや丸薬などの方法も提案するが、計算によれば場所が病院なだけあって確実性がない。
しかし細胞自体に命令する笹塚未来の能力なら、時永悠真を処置の暇もなく殺せるのだ。
アダムスはそれが良いと歓喜する。自分はなんて運が良いのだろうと小躍りしたいくらいに喜ぶ。
その様子すらクラカは眺めている。感情はまだ生まれてこない。
「…わかった。代わりにさ、楓」
「なんでしょう?」
「俺が殺すんだからさ…お前は死ぬな。やっぱ、さ…その、あの…」
「…未来さん。心遣い痛み入りますが…俺の思考回路は変えることができません」
「そうか…ロボットだもんな」
「ええ。感情があれば、また違った答えが出せたかもしれませんが…俺の未来に感情を持った人工知能はいません」
そこで会話は終わり、笹塚未来達は時永悠真がいる病院に向かいだす。
アダムスはこれで終わると安堵していたが、他の三人はそれぞれ違う思惑を持っていた。
死ぬ覚悟、決着をつける固い意思、そして感情を知りたいという欲望。
歯車がかみ合わずに嫌な音を立てるように、少しずつ齟齬は状況を蝕んでいった。




