変わる未来
手術室の前で竜宮健斗達は柊から時永悠真の全てを聞かされた。
柊が話さなければいけないと言って、自分の判断で全てを語った。
誰もが言葉を口にすることができず、座れる場所に座り込む。
「悠真が…未来から来た…」
<アダムスを殺すために…友人二人を救うために、ずっと…>
果てしない話に聞かされた内容を口の中で繰り返す。
いつも穏やかに余裕そうに笑って、~な予感が口癖の少年。
我の強い北エリアの中では普通の分類で、そんな気配を見せたことがない。
扇動美鈴はかつて時永悠真の故郷の話を聞いたときに呟かれた言葉を思い出す。
「もう二度と戻れない程遠い場所が故郷って…そういうことだったんですね…」
「はい。世界は別の時間に進んでいます…だから、予想していなかった刺客が現れました」
「…途方もねぇ話だな」
思案しつつ玄武明良はその途方もない話を信じていた。
欠片は散らばっていた。他愛ない会話からクローバーという存在にアンロボットのこと。
始まりが何処かも分からないような、時間理論に挑む話である。
ただ確かなのは時永悠真は未来の人間で過去を変えようと動いていたこと。
そして今にも死にそうな危機に陥っていること。手術中のランプは赤いまま消えてくれない。
「…なんで何も言ってくれなかったんだ…」
「言ったところで僕らが信じる?それこそ馬鹿げた話だよ」
「律音…さん厳しいにゃー」
「当たり前のことを言っただけ。それよりも問題なのは刺客と言う人を殺せる手段を持った存在と…悠真くんに関わった僕達の身の安全問題じゃないかい?」
「他にもあるぞ。折角のNYRON大会がこの一件でぶち壊しだ…相手は一体何が目的なんだよ…」
仁寅律音と籠鳥那岐は淡々と話し合い、それぞれの意見をぶつけて真相を探っていく。
アダムスという存在は世界中にアニマルデータを広めたいはずである。だからこそNYRON大会は成功で終わらせるべきだ。
しかしアダムスが寄越した刺客というのはその大会で不祥事を起こした。殺人未遂など失敗と言わざるを得ない事態だ。
未来のアダムス、そして現在のアダムスというのは同一人物であるはずなのに、お互いの行動が矛盾している。
その矛盾は火を見るより明らかであったが、どうしてその矛盾が起きたのか難しいところである。
セイロンは少し考えた後、その矛盾についてある意見を述べた。
<…多分、未来と現在のアダムスはお互いに自分のことしか考えていないんじゃないか?>
「どういうこと?」
<おそらく中身が子供なんだ。思い出してほしいが、アダムスが死んだのは本当に幼い、十にも満たない年だった>
「…そういえばセイロンの記憶を見た時もクラリスの後ろに隠れるような小さい奴だったな」
<そうだ。現在のアダムスは自分の望む世界を作りたい。未来のアダムスは自分を殺す要因を排除したい。これが合わされば今の事態が起こると思う>
自己中心的、自分のことしか考えられない人間のことをそう言う。
世界の中心は己であり、自分がいなければ世界は回らない、自分自体が世界の存在証明である。
そんな思考を持った人間を指す言葉、それをセイロンはアダムスに当てはまるのではないかと告げた。
未来のアダムスは自分が殺されるのは気に食わない。例えそれが自分とは違う時間軸の自分であってもだ。
現在のアダムスは姉という建前を用意して自分の望む世界を作ろうとしている。例えそれで多くの犠牲が出たとしてもだ。
そんな自己中心的な同じ人物の意思が二つ、違う時間軸に存在しながら現在に影響を与えている。
奇妙な偶然や必然や運命が絡まって解けなくなった糸のように、竜宮健斗達を取り囲んでいるのだ。
「…俺達どうすればいいのかな…」
竜宮健斗は壁に後ろ頭を軽くぶつけて天井を見上げつつ呟く。
未来の話、世界の話、変化の話、生死の話、抱えきれない問題が降り積もっていく。
抱えきれないから少しずつ問題は落ちて広がり、片付けようにも根付いて動かなくなっている。
まるで植物の種である。問題は少しずつ大きくなっていつの間に子供達ではどうにもできないほど育ってしまった。
もしこれで漫画の主人公のように不思議な力に目覚めれば変えられるかもしれない。そう考えたが竜宮健斗は無理だと感じた。
瞬間移動ができても、重力が操れても、どんな能力を得たとしても、変わらない物があった。
クラリスは死んだ。アダムスにクラリスの本当の意思を伝えるのは不可能だ。
未来で求道哲也と豊穣雷冠が死んだ。過去の者達には手が出せない時間の中で。
アニマルデータの存在が広まった。全てを世界中に伝えた、もう後戻りはできない。
一つでも解決できれば話は違ったのかもしれない。しかし何一つ変えることはできない。
竜宮健斗を含めた二十人強の子供達は、どう足掻いても、時には大人を凌ぐことがあっても、無力な子供だ。
八方塞がりどころが暗闇の中に放り出された心境が圧し掛かる。
誰かを助けるための学もない、誰かを従わせる権力もない、誰かを救うためのお金もない、悩みにぶつかった時に打開する経験がない。
竜宮健斗はこの時ほど早く大人になりたいと思った。その瞬間足場がなくなるような浮遊感。
大人になって何をするか、具体的な夢もないのに大人になってどうするのか。
描く将来がないことに、現実に精一杯な自分を改めて実感し竜宮健斗は悔しそうに顔を歪める。
そこで手術中のランプが消えて、中から医者らしき男性が出てくる。
大きな眼鏡で顔の半分を隠しているような男性で、腰を叩きながらゆっくりと歩いている。
竜宮健斗達は一斉にその男性に集まる。
「手術は成功したヨ…でもこれ以上は無理ネ」
「無理?成功したなら後は悠真が目覚めれば…」
男性は深いため息をついて告げる。
「植物状態。彼は目覚めることを諦めタ……生きることを諦めて眠り続けているのサ」
青頭千里は手術してくれた医者に経緯を聞きながら、その先を手配していく。
時永悠真とよく似た少年一人を影武者として仕立て上げ、マスコミにはそちらに集まってもらうということ。
少年には偽の戸籍を作り上げ、後に目覚めるかもしれない時永悠真に付与する。
これで時永悠真の戸籍問題は解決する。あとは目覚めればある意味大団円なのだが上手くはいかない。
白い病室で静かに眠り続けている時永悠真は感情のない顔で瞼を開けようとしない。
時永悠真が横たわっているベットの傍では柊が同じく感情のない顔で見下ろしている。
その周囲には目覚めるまで待つと決めた子供達が思い思いに病室に毛布を敷いて寝ている。
二十人以上いるので収まりきらずに隣の病室で寝ている者もいる。中にはトイレに行く途中で力尽きて廊下で寝ている者もいた。
すし詰め状態の病室に僅かに残った床を踏みつつ青頭千里は柊に近づく。
「初めましてといっておくね。助手くん」
「初めまして。今回は様々な支援ありがとうございます」
機械的な口調でお礼を述べ、柊は青頭千里に向き直る。
青頭千里は目覚めない時永悠真を見て苦笑する。人間の感情とは厄介だと言わんばかりだ。
感情一つで目覚めないことができる上に、それで何十人も巻き込めるのだ。良くも悪くも感情は人間を動かす原動力である。
そしてもう一つの感情の行方を青頭千里は簡単に推測して述べる。
「アダムスくんだっけ?刺客でもいいや。きっと悠真くんの安否を確認しにここに来るよ」
「はい、心得ております。その時は…刺客は僕が始末します…ただ」
「人間は殺せない、でしょ?アンロボットの柊くん。未来からご苦労様」
あっさりと青頭千里は柊の正体を言い当てる。油断ならない男だと柊は横目で青頭千里を眺めた。
スーツを着たどこにでもいそうな男、ただし血が青い人外である。
人間の歴史に多く関わりつつも姿を現したことは一度もない。十三人の一族。
その頂点ともいえる男は全てを了承したと言わんばかりに笑って事を進めていく。
「僕に一計あり。大船に乗ってみる気はない?」
「…貴方の場合大型戦艦な気がして逆に空恐ろしいですけどね」
時永悠真の手術が終わる前。まだ夜にもならない時間。
中央エリア時計台の最上階で笹塚未来は全てを知った。
未来のこと、時永悠真の事情、アダムスが王として君臨、目の前にいる少年がアンロボットで未来から来たこと全て。
楓という少年は感情の籠らない目で淡々と話し続ける。内容は時永悠真の生死について。
生きていたら次こそ確実に殺すこと、死んでいたら自分も自壊すること。
笹塚未来は死ぬ覚悟でいる楓にどうしてと尋ねる。
「俺はロボット三箇条を破った。罪は破壊をもって償う」
「でも、悪いのはアダムスを殺そうとしたあいつだろう!?お前が死ぬことはないだろう!!」
「…その理屈が通れば時永悠真は過去に来なかった」
笹塚未来は黙るしかなかった。
時永悠真の過去、笹塚未来からしたら遥か先の未来の話。
アニマルデータによって繁栄した世界で人間の体に拘ったために両親に捨てられた少年。
アニマルデータによって同じ人間の体を持った友達を失った少年。
そんな未来になるとは思っていなかった。アニマルデータが広がれば、不老不死が当然になれば誰も死なないと思っていた。
誰もが幸せになる未来が来ると思っていた。病気に打ち勝つ未来が、輝かしい未来が到来すると思っていた。
笹塚未来はそんな未来を夢見ていた。思い描いて、叶えようとしていたし決心していた。
その決心が大きく揺らぐ、理由もわからないまま足場が不安定と感じるような不安。
<それよりも問題なのは大会が成功しなかったことだよ!!これじゃあアニマルデータにとって不利益だ!!>
子供一人が死にかけている。そんな状況でアダムスは他のことで怒る。
時永悠真のことなどどうでもいいと言うように自分勝手に怒り、嘆いて不満を口にする。
いつもの笹塚未来だったら同調していた。しかし生死が関わった今は反発する心が生まれた。
最初に出会った時もそうだった。自分のことだけで泣いて喚いて騒いでいた。
アダムスはいつだって自分勝手だ。それでも笹塚未来にとっては命の恩人のようなもので悪友だった。
だからこそ笹塚未来は確認するように、おそるおそる楓に尋ねる。
「お、お前の未来で…わた、俺は…どうしているの?」
「…死んでます」
短いながらも明確な答えだった。
それ以上は笹塚未来も聞きたくなかった。充分なほど理解した。
そんな笹塚未来の心情も知らずにアダムスは楓にこう申し出る。
<僕を殺そうとした奴なんかすぐ殺そう!!楓、僕達も協力するからすぐに場所を突き止めて!!>
「…了解しました」
<未来、僕達の繁栄する未来のために頑張ろうね!!>
笹塚未来からは返事はなかった。アダムスはそれを無言の了承と捉えた。
少しずつ狂っていく事態にアダムスは何も気付かない。自己中心的に話を進めていた。
未来は変わる。少しずつ変わっていた。




