悠真の走馬灯
時永悠真は両親の顔を知らない。
正確には人間であったはずの両親の顔を知らないである。
時永悠真が生まれた時代は竜宮健斗達が生きている時間の数百年先の未来。
アニマルデータが広まり、アンロボットの普及により人間の機械化が常識となった時代。
アダムスがアニマルデータの王として君臨する、終わりのない未来。
孤児院で時永悠真は世話役のシスターに話を聞いた。
そのシスターすら己をアンロボットにした元人間で、人間を捨てていた。
孤児院に預けられていた子供達も多くはアニマルデータで人間の体を捨ててアンロボットになっていた。
時永悠真のような人間の体を持ったまま生きているのが異端なほど、時代は変化していた。
「僕のお父さんとお母さんはなんで僕を捨てたのか聞いてる?」
「違うわ、悠真。捨てたんじゃなくて預けてるだけよ…貴方がアニマルデータになってロボットの体になれば取りに来るらしいわ」
時永悠真は両親にロボットになりたくないと駄々をこねた。
するとロボットじゃないなら我が子じゃないと孤児院に放り投げられたのだ。
孤児院に預けられてからもシスターに何度もロボット化を勧められたが、時永悠真は拒んだ。
両親も子供の時すでにロボット化しており、時永悠真は両親が選んだ精子と卵子を元に試験管の中で生まれた。
だからまず両親とは遺伝子すら違う、母親が腹を痛めて生まれた訳でもなく、愛し合って生まれた訳じゃない。
買い物感覚でカップルが子供を作る要素に金を払っただけの子供が、時永悠真であった。
しかしそんな子供事情はこの時代では普通のことだった。誰もがロボットになり、擬似的な不老不死の命を楽しんでいた。
病気と闘うこともなく、空腹に苦しむこともなく、買い物感覚で命を増やせた。
「ねぇ、シスター。僕はいらない子なの?」
「違うわ、悠真。貴方は必要、でも人間の体はいらないのよ?ね?」
シスターは優しく諭すように語りかけてくる。
でも時永悠真はその声と内容の不気味さが大嫌いだった。
そして数年間ロボット化を拒み続けた結果、親からももう預からないと通告された。
新しい子供を作ったから人間の子供はいらないと言われ、孤児院でも引き取り手を探すことになった。
それでも引き取られる子供はロボット化した子供ばかりで、時永悠真は少しずつ成長していくが取り残されていった。
風邪をひいても風邪薬買うよりロボット化した方が早いしお得と言われたが、時永悠真は拒んだ。
そして拒み続けた結果、孤児院からも追い出されてしまった。
人間の体を持ち続ける存在は爪弾きされる時代、時永悠真は街を歩いていると一人の少年に出会った。
本を熟読している、時永悠真と同じように人間の体を持っている同年代の少年。
麻呂眉で人間の体の少年は珍しいため時永悠真は思わず声をかけた。少年は渋々と本から目を逸らして時永悠真を見る。
「なんだよ?」
「えっと、僕は時永悠真…君はロボット化しないの?」
「しねーよ。あんなの永遠が必要な奴だけすればいい。俺は永遠はいらねぇ」
ぶっきらぼうにそれだけを告げると、少年は改めて本に目線を戻す。
時永悠真は少年に興味を持ち、どうせ行く宛もないのだからと少年の横に座る。
今の時代には珍しい紙製の本、題名を見れば哲学の本だということがわかる。
時永悠真は笑顔を作って、改めて話しかける。
「面白い?」
「まぁな…で、お前はいつまでここにいやがるつもりだ?」
「え、えっと…その、えっと…」
時永悠真はぽつりぽつりと行く宛がない事情を話した。
少年は本から目を背けないまま、話だけは静かに聞き続けた。
そして話し終えた時永悠真に一言。
「阿保だなぁ、お前。その年と体で働ける場所はねぇだろう?」
「う、うん…でもロボットになるのは嫌だ…」
「…ちょっと待ってろ」
少年はそう言って筒のような形した携帯電話を取り出す。
立体映像による画面とタッチパネルで指定の番号を呼び出して、会話し始める。
そして会話を終えると立ち上がって時永悠真について来いと言う。
「俺は求道哲也。親父に確認したら住む所ないなら来ていいだとよ」
「え?ええ?い、いいの!?」
「良いも何も…行く所ないんだろう?それにロボット化が嫌な気持ちは俺にもわかるからな」
そう言って求道哲也は意地悪そうながらも大人びた笑顔を見せる。
これが時永悠真と一人目の友達である求道哲也の出会いである。
求道哲也の家は一階はカフェというより、ロボットのオイルも出す時流に合わせた喫茶店だった。
しかし人間用の食事も出す店で、ほどほどに人気のある店だった。
求道哲也の父親の求道松尾はロボット化していたが、人間と変わらない生活ができるアンロボットの姿になっていた。
鼻の下に髭を生やしたオールバックのダンディマスターという言葉が似合う、渋い姿をしていた。
生前の姿をほぼ再現しているらしく、求道哲也が見せた人間の頃の写真を見せてもらえば確かにほぼ同じ姿であった。
つまりは中年になるまで人間の体のまま生きていたということだが、なにがあって人間の体を捨てたのか。
時永悠真は失礼かもしれないが尋ねてみる。するとあっけらかんに答えられた。
「いやー、私の妻がね、なんというか長生きの人だから私も長生きしたくてね!はっはっは」
「深くは聞かない方がいいぞ。惚気で胸が焼ける」
「ラブファイアーだね!で、悠真くん、遠慮せずに住んでいいからね!私もロボット化はあまりお勧めする方じゃないし」
「…なんで?」
「だって人間に生まれたんだ!人間としていきたいじゃないか!自分で、決めたいじゃないか!!生き方を!!ね?」
時永悠真はずっと胸に圧し掛かっていた物が消えた気がした。
ずっと押し付けられてきたロボット化。そうしなきゃいけない強迫観念が周囲に張り巡らされていた。
でも求道親子は自分の好きなように生きていいんだよと教えてくれた。
時永悠真は声を上げて思わず泣いてしまった。やっとうぶ声を上げられた赤子のように大声で泣いた。
この瞬間から時永悠真は人間のまま生きていこうと強く決めた。
求道親子以外にももう一人時永悠真のようにカフェに住んでいる少年がいた。
こちらは能力に目覚めた人間で、あまりに強い力のため兵器として育て上げられた人間だった。
能力はロボット化すると消えてしまうため、その少年も時永悠真と同い年ながら人間の体でいた。
名前は豊穣雷冠、人間兵器として育て上げられたが人道的な面で廃止されたため今は根無し草の普通の少年として生きていた。
そして時永悠真の大事な友人二人目である。年中腹だしの服装で、額に巻いている長布が風に揺らめくのが特徴である。
そんな四人で楽しい人生を時永悠真は送っていた。
「私の奥さんはね、黒の魔女っていうちょっと不思議な人なんだけどね、これまた美人で…」
「親父―。いい加減惚気話止めて手を動かせよ。悠真も呑気に聞いてんじゃねぇよ」
「でもこれから楽しくなる予感がしなくもないかなー、って」
「なら俺の武勇伝は?人間兵器として雷操る能力を手に入れた俺様の…」
「馬鹿すぎて使い物にならなかった逸話は知ってんぞ。いいから二人共店手伝え」
笑い合って話し合って、時には口喧嘩してもすぐに仲直りして過ごしてきた。
豊穣雷冠は雷を操る能力者だが、本人が馬鹿なため電気を出すくらいしかできないのだ。
そのため人間兵器として育て上げられたが人を殺したことはない。なにより本人に殺意がない。
逆に求道哲也は頭がよく回るしっかり者で、哲学の本をカフェの常連から何冊も借りては熟読していた。
常連の客は切札三葉と名乗り、タイムマシンを作ったこともあるらしいが、欠点や倫理の観点から製造中止になったと苦笑いしていた。
切札三葉は昔ながらの紙製の本や道具を数多く持つ収集家だったので、聞く話全てが新鮮だった。
時永悠真は充実した日常を送っていた。ある時までは、この時間が続くと信じて疑わずに笑っていた。




