NYRON大会本番
竜宮健斗は初めて見るアイドルのライヴに大はしゃぎしていた。
しかしそれ以上にペンライトとうちわ付きで盛り上がっているのが横にいる相川聡史である。
同じように袋桐麻耶や猪山早紀も盛り上がっている。
カラフルなライトに照らされながら歌って踊る華麗な姿に誰もが視線を奪われた。
崋山優香はNYRON大会用に作られた新曲を聞きながら、どこかで聞いたことがあるようなと首を傾げる。
そして一つの曲を思い出す。時計台の中で聞いたのを皮切りの何度も聞いたある曲の名前を。
「これ…ANDOLL*ACTTION!!」
「え?あ、本当だ!!でもこれなんか…」
ANDOLL*ACTTIONは六つの楽器と楽譜によって構成された曲である。
曲を聞いたアニマルデータ所持者はクロスシンクロ、もしくは重度なシンクロ現象によって苦しめられる。
しかし今流れている曲はメロディラインは同じなのだがテンポや楽器の変更や多様性、歌詞の追加などで多く変更されていた。
そのせいか竜宮健斗達はいつも通りの状態で曲を楽しんで聞いていた。リズムのいいJPOPとして成立している。
『過去も未来も繋げて君とリンクしたい♪赤い糸じゃ物足りないから時計の針で縫い上げて♪』
「やっ、やっぱケイトちゃんスーパーアイドルだわ…」
「聡史くんが嬉しさのあまり泣いてる!?」
「珍しいんよ!!激写するんよ!!」
感激しすぎて感極まった相川聡史が涙を零す。
その写真を撮ろうとして鞍馬蓮実はデバイスを向けるが、黒猫のアンドールのキッドに後生だからと邪魔される。
竜宮健斗も会場中に鳴り響く手拍子に参加してライヴを楽しむ。崋山優香も同じように手拍子を打ちはじめる。
掴みである人気アイドルのケイトのライヴは大成功した。歌い終わった後にケイトはマイクを持ってこう言う。
『皆さん、本日はNYRON大会に集まってくださり誠にありがとうございます!実はこの新曲はアニマルデータに深い関わりがあります!』
会場が少し騒めく。しかしケイトは堂々とした姿で言葉を続けていく。
『この曲はANDOLL*ACTTIONを編曲した、えーと…霧乃ちゃーん』
『呼ばれて飛び出てきました、本日会場進行役を務める霧乃です!!この曲のタイトルはA*Aとして本日会場売店においてシングルCD発売してます!!』
『そうなんです!さらにこの曲ではリスクなしのクロスシンクロによるアニマルデータの覚醒を促すとか何とか…』
『ニュースの通り、多くのアニマルデータが不完全です。しかしANDOLL*ACTTIONには多大なリスクがございますこともニュースでご覧になったでしょう』
『そこでBlueBlood社とCrowCrown社監修の元、いくつか実験を行い編曲した結果、アニマルデータの記憶だけを思い出せる楽曲へと変更できました!』
竜宮健斗達はいつの間にそんなことが進んでいたのかと目を見開いて驚く。
今まではクロスシンクロしないと思い出せない、つまり命の危険に瀕しないと思い出せないと思っていた。
それがまさかANDOLL*ACTTIONという曲の編曲で解決するとは考えていなかった。
『思い出した故の問題や皆様の心配もあると思います。それでも…アタシはアニマルデータと友達になりたいと思い、この楽曲に協力しました』
『…こちらでもこの曲を広めるのには賛否両論ございます。それでも…会見の時、私の知り合いが言った言葉を信じて発表へと強行をしました』
御堂霧乃が目線を配るとスポットライトが会場内のある一点を照らす。
それは竜宮健斗で、急に光に照らされた驚きで瞼を閉じてしまう。
『手を伸ばした先に答えがある…恐れて、遠ざけるだけなら誰でもできます。でもきっとその人は答えを得ることはできない』
『不安も問題も乗り越えて生きる未来を、人間とかデータとか関係なしに作り上げたい…きっとこれからの未来にはそれが必要なんだと思います』
『だから、アタシはこの曲を少しでも多くの人に聞いてもらえるよう歌いました。人だけじゃない…ロボットやデータにも…』
『…と、まぁここで真面目な話を終えましょう。ここからはお待ちかね、本日のメインイベント!!』
『準備は良いボーイ&ガール?待ってと言っても聞いてあげれないよ、開戦だ!!』
同時に会場中の照明が光り、アスレチック広場を照らす。ステージは機械によってすでに撤去されている。
そして広場には何十本どころではない何千本といった旗がすでに立てられていた。
運動会で聞く軽い発砲音がいくつも鳴り響き、フラッグウォーズ開戦を唐突に告げた。
「…え、えええええええええええ!!?せ、セイロン急いで勝ちに行くぞ!!」
虚を突かれた参加者達は一拍置いてからアスレチック広場へと突撃していく。
陰でケイトと御堂霧乃が大成功とハイタッチしていたことを知る者はいない。
混乱は一瞬にして勝負への熱気と変わり、会場中が応援する声と歓声に包まれた。
竜宮健斗はセイロンに指示して木の上にある旗を取ろうとした。
その前に蜥蜴のアンドールが無言で旗を取り、即座に操作している主の元へ戻る。
蜥蜴のアンドールを操作していたのは少女で、旗を手にするとすぐに場所を移動する。
セイロンは蜥蜴のアンドールがアニマルデータではないことにすぐに気づいた。
<そうか…俺達は自己判断できるが…代わりに判断までのタイムラグや戸惑いがある…>
「そっか!アニマルデータがあるから有利ってわけじゃない…って、それどころじゃない!!一つも集まってないぞぉおおおおお!?」
まさかの苦戦に竜宮健斗は慌てて旗を探す。
セイロンも苦笑交じりに竜宮健斗の頭に乗っかり首を動かして探す。
同じように籠鳥那岐や仁寅律音達も苦戦を強いられていた。
アニマルデータがない者達はこの日のためにメンテナンス機械でプログラムを効率化してきた。
どうすれば意思のあるロボットに勝てるか、ロボットのまま勝てるか。
動作を伝える操作の簡略化にデバイスとの通信向上。そして己自身の瞬発力と判断を鍛えてきた。
竜宮健斗同級生の羽田光輝もデバイスを片手で操作して、猿のアンドールを操作して飛び跳ねるように旗を取っていく。
山中七海は蝶のアンドールだが、高い所や細い所の旗は楽々と取っていく。
まさかのアニマルデータ所有者達の苦戦に会場はヒートアップしていく。
笹塚未来も初めての大会に戸惑い、アダムスに水場の水中にある旗を取って貰ったのが約一本目である。
旗を取ろうと身を乗り出したところで手を滑らせて落ちる寸前、誰かが笹塚未来の腕を取る。
「ふー、危ない。こうなる予感がしたんだよねー」
「っ!?あ、ありが…」
「気を付けてね。じゃ、お互い頑張ろうね」
そう言って去っていく時永悠真の背中を笹塚未来は睨む。
聞き覚えのある声、つい最近聞いたことある声、忘れられない声。
笹塚未来は確信した。今の人物が東エリアで袖口を切った犯人だと。あの声を間違えるはずがないと。
睨んでいた時永悠真はすれ違った葛西神楽に声をかけて、姿を消す。
笹塚未来は葛西神楽に声をかけて、能力を使う。抗うことのできない細胞への命令を下す。
「今の男の名前を教えなさい!!!!」
「うぇ!?にゃ、にゃんだよいきなり…って、あー、前西エリアに来てた健斗の友…」
「何言ってるの?いいから教えなさい…」
「むっ!そんにゃ命令口調で言わなくたって教えてやるにゃ!!しかし腹立つ言い方だにゃー」
笹塚未来は小さな違和感を感じる。今まで細胞命令は命令を下した途端に細胞は即座実行する。
つまりは行動に移す、通常でいけば葛西神楽は口答えせずに名前を伝えるはずである。
しかし葛西神楽は不満そうな顔をしつつ、猫の口調のまま時永悠真と告げた。
「全く、前会った時は正統派美少女だと思ったのにがっかりだにゃー!!」
「え?あら、ごめんなさい…カッとなっちゃって」
笹塚未来はすぐにいつもの美少女を演じる。
違和感を感じつつも聞き出せた名前を何度も胸の内で反芻する。
時永悠真、梟のアンドールを連れた少年で、葛西神楽達と面識がある。
今まで東、南、西エリアの人間達は見てきた。残るは北エリアの人間だけ、ということは時永悠真は北エリアの人間である。
そして葛西神楽に別れを告げてすぐに旗探しに戻る。腕の中には水場から出てきたアダムスをタオルハンカチで拭きながら。
「アダムス、時永悠真だ…あいつが犯人だ!!」
<…そうか>
アダムスは声を荒げる笹塚未来とは反対に冷ややかな声で返事した。
時永悠真は水場に落ちそうになった笹塚未来を助けた。アダムスを殺そうとしていた人間がだ。
つまり時永悠真の目的は笹塚未来ではない。アダムス自身ということ。
黙考してアダムスは笹塚未来を見上げる。笹塚未来はまるで自分が狙われているかのように錯覚している。
今のアダムスは非力なぬいぐるみ型のロボットである。もし襲われたら笹塚未来の力を借りるしかない。
つまりは全く関係のない笹塚未来という少女を巻き込むことになる。だがアダムスは迷わなかった。
誰を利用しても尊敬する姉の考えを引き継ぎ、希望ある未来を作りたい理想のため、アダムスは迷いすら見せなかった。
『意外や意外!!ユーザー達が苦戦しているけど、霧乃ちゃんどう思う!?』
『機械ってのは効率化の塊…でもその効率を突き詰めるのが人間ですからね。でなければ、人間は工業化によるリストラ騒ぎは起きないんじゃないかな★』
DJ・アイアンと御堂霧乃の解説や実況を聞きつつ竜宮健斗は二つ目の旗を手にする。
セイロンとハイタッチしつつ、次の旗へと向かう。その姿を御堂霧乃は眺めながらこう付け足す。
『でも効率悪くても…誰かと一緒に成し遂げるっていいもんじゃないかな』
ユーザー達である布動俊介もカブトムシのアンドールであるビータに頑張れと声援を送る。
絵心太夫は意味もなく鹿のアンドールであるタイラノとポーズを決めている。
それは意思のないロボットではありえない、無駄な行動。でも人間とアニマルデータの間では無駄にならない。
感情論でいえば応援されたら力がつく、頑張れるといった類のコミニュケーション。
特等席で眺めていたまだアンドールを所持できない幼い少女、皆川万結は呟く。
「いいなぁ、たのしそう!まゆもいつかアンドールとともだちになりたい!!!」
キラキラと輝く舞台を眺めるように、皆川万結は目を輝かせた。
テレビ局のカメラは等分にユーザーとそうでない者を映していた。
それでも目を惹かれたのはアンドールとコミニュケーションを取るユーザーの子供達。
無駄な行動も多いし荒削りなのに、笑顔を浮かべながら楽しそうに走り回るのだ。
それにつられるようにアンドール達が生き生きと動いて、ロボットとは思えないほど自由に走る。
アニマルデータに不安を持っていた大人も子供も、全員がその楽しそうな姿に目を奪われた。
しかし結果はいつだって無情な物である。
『745対768で、一般参加チームの勝利だぁああああああああああ!!』
『ユーザーチームも善戦したんだけどね★やはり効率化って強いですねぇ~』
DJ・アイアンが集計した結果を高らかに叫ぶ横で、御堂霧乃は冷静に呟く。
走り回った竜宮健斗達は負けた―と叫びつつも笑顔で、一般参加者達に拍手を送る。
会場中がどちらのチームにも拍手を送り、よくやったーという声が投げかけられる。
そして拍手が冷め止まぬ内に、誰もいなくなったはずのアスレチック広場にまたもやステージが現れる。
ステージ上には愛らしいドレスを着た金髪の少女に見えるクラカ。そして扇動岐路がエスコートするように手を握っている。
『おおっとぉ!?これは可憐な少女が…』
『…扇動岐路博士、そちらが…』
御堂霧乃の言葉に返事するように、マイク片手にスポットライトの下で扇動岐路は発表する。
『はい、こちらがアニマルデータ及び人工知能に適した人型ロボット、ANROBOTです!!』
『クラカです。今日皆様に初めてお会いできて光栄の至りです』
あまりにも滑らかな話し方と優雅な御辞儀の動きに会場中が感嘆の声を上げる。
さらにクラカのステージ上には今や有名なスポット地底遊園地のロボット達が集まってくる。
しかし地底遊園地のロボットと並ぶとアンロボットのクラカは益々人間に遜色なかった。
『近年の研究と地底遊園地の協力により、我々は人間と変わらないロボットの開発に成功しました!!』
『アニマルデータの方達のネックは人間の体がないのと、メモリ容量…それら全て、この体が解決できます。なにせ私も人工知能の一つとして話しております』
『本日の午後からは子供達への特別インタビューを含め、クラカへのご質問やケイトさんの新曲についてのお時間とさせていただきます』
『…愛すべき隣人の方々へ、共に希望ある未来に歩み出しましょう』
クラカは最後に予定のない一言を出した。
それは女王クラリスだったらこう言うだろうと計算した結果。
希望ある未来に、気高く強い女王はきっと民衆にこうやって伝えるのだろうと。
その言葉が竜宮健斗達、ことさらセイロンとアダムスに響いた。
<ね、えさん…>
<クラリス…>
スポットライトの下で輝く金髪の少女は、女王クラリスではなかった。
それでも彷彿とさせる外見に言葉は、懐かしく二度と会えない存在を思い出させた。




