NYRON大会序曲
NYRON大会当日、中央エリア特設会場前。
人気アイドルのケイトが来るというサプライズ告知のおかげもあって多くの人が集まっていた。
老若男女に限らず最大限に陽射しを避けた地底人やロボット達、青い血の人外や未来からやってきた者も集まる。
しかしその事実に気付く者は少なく、竜宮健斗もまたバッジを付けた帽子をかぶってセイロンを肩に乗せながら勢いよく走っている。
同級生の羽田光輝達もこの大会に参加すると言い、また今回の大会内容はエリアボス達にも秘密のまま進められていた。
さらにはアニマルデータの器となるアンドール以外の体、アンロボットの発表も同時に開催される。
様々な分野の目や思想、価値観が日本の街一つに多く集まっていた。
そんな中、積もった路地裏の雪を片付けようとした老人が、スコップの先に不自然に柔らかいものが当たったのを感じた。
もしかして人が埋まっているのかと掘り出そうとした途端、その雪の中から起き上がる人らしき存在。
ニット帽をかぶって指先しか出ない長袖の少年のような容姿の相手に、老人は腰を抜かす。
積もっていた雪の量からして一日は軽く埋まっていたはず。なのに起き上がった人間によく似た相手は平然と動き出している。
凍傷や窒息した様子も見られず、人間の奇跡の生還だとしてもありえない光景である。
老人が腰を抜かして立てないのを放置して、人間らしき存在の柊は急いで走り出す。
確認した時間はすでにNYRON大会開催時間。全てが集まって動き出す時間である。
当然同居している時永悠真も北エリアの人間として向かって、準備をしているであろう。
復讐を願う時永悠真だが、人目がある所でアダムスに襲い掛かることはない。だから柊がしている心配はもう一つ。
クローバーを守るために生まれてきた楓が起こす、クローバーを守るためにロボット三箇条を破ること。
もし止められるとしたら同じ存在の自分しかいないと、柊は速度を落とさないまま駅に向かった。
笹塚未来は蛙のアンドールを抱きながらNYRON大会に意気揚々と来ていた。
今NYRON大会には多くのマスコミや様々な分野の専門家及び人間達が集まっている。
世界中にアニマルデータの有用性を広めるためには絶好の機会である。これを逃す手はない。
蛙のアンドールの中にはアニマルデータのアダムスが静かに周囲を眺めている。
すると視界の端に懐かしい波打つような金髪が映った気がして、思わず身を乗り出して笹塚未来の手から落ちそうになる。
慌てる笹塚未来に小声で謝りつつ、冷静になって自嘲する。自分の求めている金髪の主は死んだじゃないかと決定的な事実に打ちひしがれる。
でもその金髪の主、アダムスの姉であるクラリスの遺志を継いでいくと決めた。
希望ある未来のためにはアニマルデータは必要不可欠だと、アダムスは強く自分に言い聞かせた。
会場を一通り歩いて待合室に戻ってきたのはアンロボットにデータをインストールされた人工知能クラリス。
今は新しく名前を変えてクラカと個体名をつけられた。つけたのは制作者である扇動岐路である。
扇動涼香とクラリス、二人の名前を合わせた名前をクラカは自分の名前だと認識していた。
認識はしていたが、それ以上は何も感じ取っていなかった。
「どうだった、クラカ」
「…誰も私をロボットとして見ていませんでした。小さな女の子にお人形さんみたいなお姉ちゃんとは言われました」
西洋人形のような波打つ金髪に愛らしい服を着たクラカは、どこから見ても人形のように整った容姿の少女だった。
しかしその実態は人間によく似せた、人間のように活動できるロボットである。人間ではない。
制作者の扇動岐路ですら動いている姿は人間にしか見えないが、人間ではなかった。
扇動岐路はこれなら発表会としても大成功をおさめるとプログラムの最終調整を確認していた。
クラカはそんな扇動岐路の横でただ床を眺めていた。
裏の方では司会進行の御堂霧乃やDJ・アイアンこと信原鉄夫が走り回っていた。
衣装の打ち合わせにスムーズな進行のために必要な相槌確認、またマイクの調整などやることは山ほどある。
その様子を眺めつつ青頭千里も照明の確認やゲスト席など細々とした手配をこなしていた。
マスターは人前に出るのが嫌いなので今回は生中継を研究室から眺めている。
妹である人気アイドルケイトの晴れ姿は録画準備もしている、という出かける前の会話を思い出して小さく笑うくらいに青頭千里は余裕である。
しかし手配は尽きることなく、開始前までごたつきそうな予感に肩を落とす。
時永悠真は会場の片隅で自動販売機から飲み物を買って、ソファに座って一息ついていた。
今日の会場には狙うべき相手のアダムスがいる。しかしこれだけの衆人観衆の中で手を出すのは気がひけた。
なによりNYRONに来てから知り合った多くの人々がこの大会を成功させるために走り回っている。
それを考えると失敗の原因を作ろうとは思えなかった。時永悠真はポケットに入れたままの十徳ナイフを取り出さないまま確認する。
肩に乗っている梟のアンドールであるロロは何も言わない。ただ成り行きを見守っている。
時永悠真は瞼を閉じて思い出す。二人の大事な友人のことを。二人共時永悠真に向かって笑いかけている。
その笑顔がもうないことを、時永悠真は認めていた。認めたうえでアダムスを殺したいと思っていた。
指先しか出ない長袖を来た褐色肌の少年らしき存在、楓は中央エリアの時計台から移動を始めた。
向かうはNYRON大会の会場。人が多く集まっているため楓が紛れ込んでも怪しむ者などいない。
楓は袖の中にある重い感触を何度も確かめながら平然と歩いていく。重い感触は指先一つで人を殺せる道具。
人類が作った武器の中でも小型で殺傷力の高い、誰でも扱える有名な道具である。
地底人のキッキは兄であるトットを乗せた車椅子を押しながら竜宮健斗を探す。
その周囲にはフローラなどの遊園地で働くロボット達もいる。他の地底人である女性三人組は遊園地運営のため留守番である。
三人組は子供のアンドール大会に興味はないため、ハイテンションで接客をしているだろうとキッキは早速地底遊園地が恋しくなる。
それでも地上にやってきたのは友達である竜宮健斗達に会うため、そしてアンドール大会で行われるアンロボット発表会によるロボットへの理解度を高めるためだ。
地底遊園地のロボット達は地底文明技術によって様々な外見だが、人工知能も優秀で接客においても秀でている。
さらにはロボットでは難しい個性の獲得もしているため、今後の地上発展のために協力を申し込まれたのだ。
代わりに青頭千里に特等席を用意してもらっている。最前列でオレンジ味のポップコーンを食べながら観戦する予定である。
「キッキおにいちゃーん」
「万結ちゃん!それにおばあさんもお久しぶりです!」
「キッキくんとトットくん、今日はお招きありがとう」
地底遊園地とそれ以前に知り合った老婆と孫の二人組に会ってキッキは顔を綻ばせる。
かつてはお世話に、もう片方には迷惑をかけたお詫びの一つとして二人の分の最前列の席を青頭千里に頼んだのだ。
皆川万結も瀬戸海里の応援すると張り切っていて、そんな孫のはしゃぐ様子に老婆の葉桜哉子は目を細めて笑っている。
そして四人は大会が始まる前に竜宮健斗達に挨拶してから席に向かおうと話しながら、これからの大会を楽しみにしていた。
NYRON大会のルール。
フラッグウォーズの内容はメニーフラッグ。
チーム二つに別れて戦うチーム戦。組み分けはアニマルデータ所持者+エリアチーム対一般参加者。
得点制ではなく旗を多くとった方を勝ちとする。個人表彰は予定されてないが、勝った方には賞品が与えられる。
制限時間三十分。旗の色は白のみ。
参加者登録が進んでいき、少しずつ一般参加人数の方が多くなる。
それでもアニマルデータは自己判断できる優位性があるため、むしろ勝負はわからなくなる。
次々と観客用の席は埋まっていき、立ち見する者も多くなっていく会場内。
戦う舞台でもあるアスレチックに似た屋内広場の周囲にも参加者の子供達が集まってくる。
そして開催時刻と同時に会場内の照明が一瞬暗くなったと思えば、アスレチック広場の一番小高い山に似た場所にステージのような台座が出現する。
ステージの上には数人のダンサーと、一人の女性。動きやすくもおしゃれを追求したようなレザー仕立ての服。
マイクを片手に女性は会場内に向けてこう宣言した。
『Are you Ready?』
会場の至る所から歓声が迸る。ライヴが始まる瞬間の声が会場内を大きく震わす。
人気アイドルのケイトのライヴを始まりとして、NYRON大会が開催された。




