日常学校生活お約束転校生
未来は簡単に言えば未定の時間だ。
いずれやってくるが過去や現在の行いでその内容はほぼ決まっている。
しかし変えられないわけではない。ただ変えたいと思うのはその未来が現在になり、やがて過去になった後だ。
終わってから気付くのだ、全て。夢見てた、あるはずだと信じてた未来はあっさり過ぎ去ってしまうことに。
きっと変えるチャンスはいくつもあったのに、と過ぎ去った後に理解するのだ。
戻りたい。
それが叶うとしたら、手を伸ばす人は何人いるのだろうか。
答えは簡単だ。後悔したことがある人全てである。
竜宮健斗と崋山優香は同じ学校の同じ教室の隣の席である。
もちろん毎年毎月毎日がそうでなく、たまたま一週間前の席替えで隣同士になったのである。
お互い幼馴染で毎日アニマルデータ関連で顔を突き合わすため取り立て話すこともない。
しかし一度口を開けばお互いに話が尽きることはない。
傍から見ればそれは仲の良い男女で、年頃の子供達からすればからかいたくなる関係である。
だが竜宮健斗の筋金入りのぶっとい鈍さは周知の事実である。
それはもう六年間顔を突き合わす小学校の高学年までくれば、友達ですら諦めるほどの鈍さである。
からかっても竜宮健斗は馬鹿であるため気付かないし、崋山優香は諦めから悟りの境地まで達した笑顔を返されるだけ。
もし変化があるとしたら全く事情を知らない転校生が必要になるわけだ。
そして季節外れの転校生が二人の教室にやってきた。
つい最近では仁寅律音が転校してきたと思ったら、すぐに転校してしまったのが同級生たちの記憶に刻まれている。
仁寅律音は現在西エリアに住んでいる美少女のような容姿の少年で、一部の男子は色めきたった直後にスピード失恋をしている。
すぐに西エリアの学校に転校したため、席が一つ空いたままなのだ。その席は竜宮健斗の隣の席である。
もしこれで美少女だったら怒りの頂点だぞ、と竜宮健斗と先生の一挙一動を注視するクラスメイト達。
崋山優香も別の意味、美少女でうっかりこの馬鹿に惚れたらどうしよう、という感じで先生の行動に注目している。
そして肝心の竜宮健斗はお腹空いたなーと今日の給食献立を眺めている真っ最中だ。
「はい、じゃあ入ってきて~」
のんびりした先生の声の後、教室の引き戸を動かして注目の転校生が入ってくる。
艶やかで流れるような黒髪が印象的の、白いワンピースが似合う少女。
赤いランドセルすら白い肌を引き立たせて、大人っぽい印象を作り上げるほどの美貌。
そして頬を桃色に染める微笑みに、教室中が大きく騒ぐ。
女子達は羨望ややっかみの視線、男子達は間抜け面を晒すか竜宮健斗を睨むかである。
竜宮健斗の隣の席で崋山優香は絶望に打ちのめされて顔を突っ伏している。
「長い間病院生活してたんだけど、ある時期から回復見られて学校に通えるようになった…」
「笹塚未来です。皆さん、よろしくお願いします」
「というわけで皆仲良く~。いじめとかしたら伝説の不良と呼ばれた先生が鉄拳制裁してやっから」
瓦を砕く余興を学年最初のレクリエーションで見せられた生徒達は、誰もが無言で頷く。
そしてその伝説の不良の後輩が自分の兄である竜宮健斗は、一度その拳をくらったことがある。
なんで殴られたかは拳の衝撃で前後の記憶が飛んでいるため不明だが、理由なく殴る人でもないのできっと自分が悪かったのだろうと記憶している。
笹塚未来は足音もしないような静かな足取りで歩いて竜宮健斗の隣の席に座る。
そして見惚れるような笑顔で竜宮健斗に挨拶する。
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく!俺は竜宮健斗、隣が幼馴染の崋山優香」
「よろしくね」
竜宮健斗の挨拶につられて崋山優香も笑顔で挨拶する。
しかし見れば見るほど絶世の美少女に崋山優香は心の中で必死に、隣の馬鹿に惚れないようにと念じていた。
笹塚未来と仲良くしようと前後の席からも挨拶がされる。
休み時間になれば教室中の子供達が笹塚未来の席周りに集まり質問を繰り返した。
どこから来たのや誕生日はいつ、どこでお洋服買ったのと他愛ない質問ばかりである。
笹塚未来は笑顔で途中まで答えてたが、急に咳き込む。
そういえば紹介の際に病院生活していたと思い出した委員長的女子が、保健室に行くと率先して声かける。
笹塚未来は弱々しく頷き、何人かの女子と一緒に保健室へ向かう。
その様子すら儚げで可憐、美人薄命を体現したような姿に男子達は見惚れていた。
もちろんそれが気に入らない集団も存在し、気の強い女子何人かがこそこそと話す。
そんな中で竜宮健斗は呑気に呟いた。
「霧乃と違って内面も良い奴なんだな」
「それ霧乃ちゃんが聞いたらその喧嘩買ったとかなるよ」
外見美少女内面男前すぎて少し引くわ、という友達の少女を思い出して崋山優香はやはり鈍いと溜息をついた。
放課後、例に漏れず笹塚未来は女子何人かに呼ばれた。
場所はあまり使われない女子トイレ。見る者が限定される上に人目を避けるのに最適な場所だ。
監視カメラをつけようにも人道やプライバシーの問題から見ても、問題が多く集まる場所である。
古来から不浄な物が集まりやすいとして忌避される場所でもある。
だからこそ見られたくない聞かれたくない喋らせたくない場所としては、陰湿な行為を行う場所としては最適なのだ。
「ちょっとさぁ…目立ち過ぎじゃない?」
「なにか?」
「なにか?じゃなくてさぁ…はぁ、体は大切にしなよ」
てっきり喧嘩を売られると思ってた笹塚未来は少し拍子抜けする。
筆頭女子の付き纏いの女子数人と女子トイレという人目のつかない場所。
これは男子すら嫌がるいじめ現場、というより女子の陰湿行為と思ってた笹塚未来は腹の内で舌打ちする。
「なっちーさぁ、アタシ達に内緒話でアンタのこと心配してんの、チョーウケる!!」
「だからさぁ、本人に言ってやれば喜ぶよ、とか言ってんのに人目があると恥ずかしいとか!!あははは」
「ちょ、ふっちにななりんも余計なこと言うなっつーの!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るのは筆頭女子の山中七海。
気は強いのだが根が優しく照れ屋なせいで誤解を受けやすい。
フォローしている女子は二宮吹雪。
山中七海の内面とさらなる内面のギャップが面白くて一緒にいる。
そしていつまでも大笑いしているのが七園真琴。
名前が男勝りで苦手なため苗字のあだ名で通っている。
そんな三人の特徴を捉えた笹塚未来はもう一度腹の内で舌打ちする。
ここでいじめられたらいじめ返して弱みを握れるというのに、とんだ計算外である。
しかし表面上は笑顔のまま成り行きを見守る。
「と、とにかく!一大事になる前に相談しなよ!!いじめられたらアタシに言え!そいつぶっとばしてやるから!!」
「いじめ…あるんですか?」
「ないよー。うちのクラスのセンセーがそういうのに敏感で見過ごさないから」
「そうそう!あと東エリアって田舎っぽいと言うか…平和だからねー、あははは」
のほほんと目の前で繰り広げられる退屈な会話。
笹塚未来はもう耐えられなかった。生温すぎると心の中で激昂する。
大体明らかないじめの前兆しておいて、頼れ発言とかおかしいだろう、と笹塚未来は理不尽な不満で胸の内を一杯にする。
帰り道一緒に帰ってやろうかという山中七海達の申し出を丁寧に、それはもう丁寧に断り笹塚未来は一人で帰宅した。
帰宅して速攻自分の部屋に行き、ランドセルを床に投げ捨て枕を抱きしめてその布に向かって思いっきり叫ぶ。
「そっっこはそうじゃねぇぇええええだろぉおおおおがぁああああああ!!!!」
外見美少女内面美少女笹塚未来。
その本性は腹黒で計算高い刺激を求めるちょっと現実的な女の子だった。
枕を何度も床に叩きつけて憂さ晴らしをし、肩で息をしつつ笹塚未来は鏡を見る。
そこには暴れて乱れた美少女が一人、すぐに表情を整えて可憐で儚げ病弱美少女の微笑みを作る。
そして心の中で、うっし完璧ぃさすが俺、と一人称まで変わる本性を見せていた。
<…未来さぁ、それ疲れないの?>
ベットの上にいた蛙のぬいぐるみ、ではなく蛙のアンドールが声をかける。
アンドールは子供用に開発されたロボットであり、携帯電話機能も兼ねるデバイスについてくる。
手頃なお値段に子供にも人気の高いアンドールがついてくると言うことで、子供にプレゼントされることが多い。
しかし本来はモデルになった動物の動きをするだけで、喋ることはない。
もし喋れるアンドールがいるとしたら、それはアニマルデータがインストールされたアンドールだけである。
アニマルデータは謎のデータとされていたが、実は消失文明という文明に生きていた人間達がデータ化して設計図として生き延びた存在である。
アンドールを作っている会社が遺跡から見つけた設計図を復元、一人分の個性が現れるのだ。
しかしインストールされるにはメンテナンス機械に接続した際の、運や偶然、人間が本来持っている個人の電波特徴などが必要である。
さらにある事件からNYRON内でしか存在が確認されておらず、その数も確認中の一言で全貌はわかってない。
それらを把握するために四つのエリアにボスを据え置き、毎日確認作業している。
これが竜宮健斗達の密かに放課後行っている内容である。
しかし転校してきたばかりの笹塚未来の蛙のアンドールは、まだ誰にも確認されてない。
ユーザーではあるが、団員ではないという竜宮健斗達が見つけるべき存在である。
「アダムスこそ素のままとか疲れない?俺は嫌だね」
<口調変わってるし…まぁだからこそ君は健康になれたわけだけど>
「蛙の王子さまのおかげかな?なーんて、言ってみたり。そうだろう、消失文明第一王位継承者のアダムスくん★」
<…そう、僕は…姉さんの次に王位を得る身…>
蛙のアンドール、アダムスはベットから降りて笹塚未来に近寄る。
本来の動物の動きを再現しつつ、一応ぬいぐるみなのでいささかデフォルトされた姿のアンドール。
しかし可愛さの雰囲気は霧散しており、荘厳で気高い、しかしながらどこか暗い印象を思わせる。
<だから僕は…姉さんがいなくなった今!姉さんの理想を体現する義務がある!!>
力強く宣誓するような口調で告げるアダムス。
アダムスの姉、それは消失文明の女王クラリス。
扇動涼香の友達で、セイロンの想い人で、かつて子供達を犠牲にして民を救おうとした。
美しい金髪で希望を多くの人に見せた、死んでしまった少女のことである。
転校生がやってきた。
その転校生は美少女だった。
しかし内面は腹黒く、そして重要な意味を持つアニマルデータを手に入れていた。
アダムス、それはクラリスの幼い弟で、クラリスの理想を歪んた形で受け取った少年のデータ。
アダムスは理想を計画化した。それは全人類アニマルデータ化&アンドール化である。