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ネクタル 〜神からつがれし者〜  作者: 周防 夕
第二歌 譲れぬもの
13/26

1.1

 巨大な卓を囲み、四名の老人が足を伸ばし長椅子に寝ころんでいる。横になったまま豪勢に並んだ料理に手をつけ、水で割った葡萄酒に口をつける。

 十代半ばの美しい顔をした青年が大きなうちわで老人たちをあおいだ。配膳用の奴隷だ。大部屋では彼の他にも十名ほどの奴隷が待機している。それは、この老人たちの権力を表していた。

「不毛の一年となりそうじゃな。自分の体を抵当にものを借りる平民も多い。払えずに奴隷に身を落とす輩も少なくないだろう」

 老人はさかずきを手にとり酒を飲む。杯には酒神ディオニソスが妻アリアドネを連れる姿が描かれている。

 ヘラスでは酒は水で割って飲むものであり、生酒きざけを好むのは野蛮なこととされた。部屋中央にある大きな壷が混酒器クラテルであり、ここで酒と水が混ぜられ水と割られる。会合の内容にあわせて酒の濃さが決められていた。老人たちが飲む酒は薄く、うたげ用の割合ではない。

「愚かな男じゃ。じゃが、それで一つの家に力が偏るのも避けねばならぬ。特に、成り上がり者には注意をせねば」

 老人たちが身に纏うは金色こんじきの刺繍がなされた絹の外套ヒマティオン。東の果てで作られる絹は貴族でもわずかな者しか手に入れることの出来ない貴重なものだ。

「貿易で益を蓄える平民もいるようじゃ。図に乗って我ら貴族に混じろうとしているかもしれぬ。生まれの違いをわきまえぬ奴じゃ」

 ずっと黙っていた一人が重々しく口を開く。見れば若い頃に身体を鍛えていたことが直ぐ分かるだろう。たくましい肉体に、太い首、その上に深いしわきざまれた厳めしい顔が乗る。

「さて、そのことについて語らねばな。若き武士もののふを呼んでおる。おい、そこの奴隷よ、呼びにゆけ」

 幕をぬけて外にでた青年が一人の男を連れて戻る。老人たちに挨拶し、こう尋ねる。

「イタケを取り締まる四名の長老の方々よ。何用で私を集会に呼ばれたのか」

 男の声量は大きくはなかった。けれど誰の耳にもはっきりと届いた。長老たちに気圧けおされることなく、むしろ、老人たちよりも威厳を感じさせる風格がある。

 彼の年は二十半ばだろうか。常人より大柄ではあるものの、ポリュボスと比べれば背は低い。けれど、その肉体からだは、あるべき所に屈強な筋肉があり、無駄な所に贅肉がまるでない均整のとれたものだ。その所作すべてに王族のような気品があった。

 老人たち、四名の長老は純粋な若さをまぶしそうに見つめ、媚びるように話しかける。

「まずはお主も酒と肉を食らうがよい。今年は羊も角の曲がった牛も育たなかったが、そのなかでも極上のものをそろえておる」

 男は顔をしかめる。けれど断りはせず、席につき、焼かれた肉に手を伸ばした。老人たちは彼を囲み、しゃがれた声でささやき合う。

「最近、貿易でふところを満たす平民が増えた。やつらは我らを敬わず、隙さえあれば、我らの喉元に噛みつきかねぬ」

「先祖からの恩を忘れおって」

「そもそもじゃ。我らの保護ゆえ、暮らしていけるのを忘れている。もっと税を納めさせてもよいはずじゃ」

 その言葉を継ぐのは、厳めしい顔をした大柄の老人。名はある青年と同じく、ポリュボス。

きたるべき大祭にまで一人の平民が出ようとしておる。そやつは貴族に混じり、ずる賢い言葉をあやつり、高貴な生まれの若者たちを騙し、つながりを持とうとしている。あわよくば、『武装競争』の代表選手にさえなろうとしている」

「農民が畑を耕すことを忘れれば、わしらの国は荒れ果てるじゃろう」

「神を敬わず、戦巫女もはねのけ、商業で稼いだ金で無理を通し、『選定の儀』で不正を行い勝ちをむさぼる男がいるのだ!」

 ポリュボス長老の言葉には特に熱がこもっていた。男は黙って老人のわめきを聞き流し、酒に口を付ける。ごくりと飲み干し、ゆっくりと語り始めた。

「不正を行っているならば、罰を与えればよいのでは? この国の裁判はあなた方、四老会の手にゆだねられているのだから」

「狡猾な男でしっぽをみせぬ」

「金で周りの口を操っているのだ」

「証拠もなく罰を与えれば、ありのように数だけは多い平民たちが我らに反旗をひるがえすやもしれぬ。面倒なことになる」

 三人の言葉をうけて、ポリュボス長老が男へこう願う。

「そこで、お主に頼みごとがある。その男を説得して欲しいのだ。方法は問わぬ。今世の英雄であるお主なら、神をも敬わぬ平民を正しき方向へ導けるだろう」

 男はため息をついた。そうして顔を上げる。うれいをおびた横顔は彫像のように美しい。まるで神の血を引いた神人ヘロスのように。

「その平民の名は?」

 男は訪ねる。落ち着きながらも、決意のこもる声で。ポリュボス長老は喜ばしげにこう答える。

「ネクタル! 父と母を見殺しにした卑しい平民じゃ!」

「神を敬わぬ男を罰さなければ、いずれ神罰が国へ下るでしょう……。ならば、私がすべきことは一つ」

 長老たちは喜びに酒をあおった。そうして、誇らしげに男を見送る。

「任せたぞ、大海をわたり、ヘラスに名のとどろく勇士、オリュンピア大祭の覇者! ペイライオスよ!」

 彼はゆるりと立ち上がり、優雅な足取りで幕を通る。そうして向かう先は――。

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