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ネクタル 〜神からつがれし者〜  作者: 周防 夕
第一歌 捧げられるもの
1/26

1.1

 天空の最も高き御座みくらにおわす燃えさかる太陽は、草木も、兎や小鳥に獣たちも、全てを枯らさんばかりに熱い眼差しを大地に注ぐ。

 乾いた空気に砂塵さじん舞い、その奥で火花がはじけて消えた。ざらめく土埃が切り裂かれる。鎧を身にまとう男が槍を突き出せば、受ける相手はそれを見据えて盾を構える。絶えずに鳴り響くは男どもが奏でる音色、ぶつかりあう武具の雄々しき叫び。幾人の男たちが互いの力を競い合う。

 その一角で、日差しを弾き、すね当ての黄金こがね細工が強く光る。きらびやかな鎧を身につけた大男が屈強な腕で槍をふるい、相手の槍を吹き飛ばした。

 向かうは小柄な男だ。この戦場でひときわみじめななりをしている。身を守るのは安物の麻の胸当て、金具のさびた薄い盾のみ。青銅造りの相手の防具に比べあまりにも心もとない。息も切れ切れ、今にもられてしまいそうだ。

 彼は震える手で盾から小刀を抜いた。それも瞬時にはじかれ力なく宙を舞う。ひたいに汗が一筋流れ落ちる。

 大柄な男が槍を突いた。槍先は風を食らい不気味な音を立てる。目にするもの全てを石へ変える魔女ゴルゴンに睨まれたかのように小男は固まる。命を散らすかに見えたその刃は空を切った。小男が戸惑いながらも安堵した時、再び強く槍が突き出される。彼は滑稽に体を震わすしかできない。

 大柄な男、ポリュボスは幾度も槍を突き、小男を踊らした。つまらなそうにため息をつき、相手の顔を盾でぶっ叩いた。骨の曲がる鈍い音が響く。この玩具に飽きたのかもしれない。

 小男は力なく地面に横たわる。背中を踏みにじられれば、顔は苦しみにひどく歪み、生気を漏らすように嗚咽おえつする。

「ああ、屈強な相手を任せられたお前らが羨ましいぞ。俺ははずれを引いた!」

 ポリュボスがこう叫べば、土煙の奥でうごめく影たちもゆるりと静まる。二十余名の十代後半の青年たちの姿があらわになった。革と青銅造りの防具は本物だったが、握った武器の剣先は木製だ。

「だが、訓練の相手を決めるくじを作ったものは責められまい。我ら名だたる戦士の集いに、いやしい平民が混ざると、誰が予想できよう」

 青年たちのせせら笑いが倒れたままの青年を囲む。ポリュボスはボロ布のように変わり果てた彼から足をどけ、蹴り転がした。

 震える膝に力を入れ、青年はよろよろと体を起こす。周りと比べてひときわ背が低かったが、年は同じくらいのようだ。そのつらを見て一同はどっと笑った。鼻はつぶれ、かめを倒して葡萄酒ワインがこぼれたように顔一面が鼻血で染められている。

 頬から胸当てに血がたれそうになり、彼はあわてて手でぬぐった。ポリュボスに気づかれ、腹を蹴りあげられる。腹を押さえて丸くなり、うずくまる。もう胃の中に外へ出すものはなかった。雷撃のような激痛だけが彼の全身を走る。

「おい、お前、名前はなんと言ったか?」

 砂をかぶった黒い巻き毛、傷だらけの浅黒い肌、それでも強く光る茶色い瞳、それらの持ち主の小柄な青年は、こんな状態でも、はっきりと名乗りあげる。

「……ネクタルと申します」

「ネクタル、まるで奴隷のように奇妙な名だ! 俺は一目見た時から、お前に見覚えがあった。お前が何に似ているか、今分かったぞ」

 ネクタルは何も答えず、地面にしながらもポリュボスを睨む。

「泥に四ツ足でい、ふごふごと鼻を鳴らすお前は豚に似ている。さあ、小屋へ帰り胸につけたわらに顔をうずめて眠るがよい。もうここへ来るな。身の程をわきまえろ」

 呼吸を整え、ネクタルは立ち上がる。周りから「帰れ」「豚め」とはやされても動じず、ポリュボスへ狙いを定め言葉を射る。

「お言葉を返すようですが……」

 鼻血が垂れて話し続けられなかった。うるんだ瞳からも滴が落ちかけていた。天を見上げ、溢れる思いをせき止めて、彼は話し続ける。

「お言葉を返すようですが、長老方にここへ来ることの許しはいただいております。皆様、貴族の方々と同じだけ贈り物をすれば平民だろうと共に訓練してよいとおっしゃられました」

 雑多な野次がネクタルの言葉を打ちのめす事はできなかった。刃向かうために声は更に大きくなる。

「私は四年の間、働き得たものすべて捧げ、その条件を叶えました。武具が安物なのもそのためです。ですから……」

「なんと、おしゃべりな豚だろう!」

 しかし、ポリュボスの一声はあまりにも強く、ネクタルの言葉を容易たやすく叩き殺した。

「さあ、鼻を鳴らし、みにくくわめけ!」

 長い槍がネクタルの右肩を打ちつけた。悲鳴を漏らせば相手を喜ばせる。そう思い歯を食いしばる。自分の槍を拾い上げ、ひるまず相手へ突き返す。木の葉形の槍先は金で装飾された胸当にぶつかり、乾いた音を立てて弾かれた。

 物言わぬ木々のように一同は驚きに静まる。一拍おいて強風に吹かれたようにざわめいた。

「余程、痛い目にあいたいようだ」

 腰に下げた鞘から、ポリュボスは人を殺す為に作られた青銅の太刀を引き抜く。金属がすれれば化け物の舌なめずりのような不気味な音が鳴り響く。

 不快な音に耳をなでられようとネクタルに引く気配はない。皆が血の騒ぎを不安がり、二人を止めようと焦るものの、誰も行動には移さない。曖昧な言葉ばかりが行き交う。

「何事だ!」

 刃先が交わるやもしれぬその時、野太い男の声があたりに響いた。

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