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かたわれさつがいとはんにん

 七々原大地が死んだ次の日、僕達は事件の本格的な調査を始めた。前日に死体を一度見に行ったが、それは酷い状態だった。それをまた見なければならないが、気が滅入るなんてこともない。だが些か周囲に飛んでいる血飛沫が調査の時に面倒だ、とぐらいにしか思わなかった。

 朝食に出たのは、僕と彼女、それに相沢さんと弘太さん、浩二さんである。加藤さんと清水さんはというと、昨日の死体を見てしまい、食欲が湧かなくなったらしい。うん、とても普通の人の反応だ。(むし)ろ、此方の方が異常なのだ。

 それに、弘太さんは兄弟を亡くしたにも関わらず、まるで、いつもの朝を迎えたように朝食を取っている。全く、一体どんな神経をしているのか。僕は相沢さんに加藤さんと清水さんの心のケアを任せて、死体を見に行く。弘太さんは、期限でもあるのか知らないが作品作りに取り掛かるために作業場に行っている。

 警察への連絡は、彼女からの提案――権力を振りかざした脅迫――によってされていない。清水さんや加藤さんが反発はしていたが、結局は無駄に終わった。功太さんと浩二さんは寧ろ何が問題なのかと言いたげな顔で首を縦に振った。

改めて、大地の死体の前に立った。彼の死体の半分と言うのが正確だ。

 彼――と言っても彼というのは人間の代名詞であって、死体、つまりものに対して使うのは間違っているんだが。七々原大地の死体は、それはそれは無残な殺され方をしていた。大地は、頭部がない上に身体が二つに斬られ、その右半身が目の前で宙に吊るされている。身体の切れ目から内臓やら血液やら骨やら筋肉が床に落ちている。あちこちに散らばっているのは、大地が二つに斬られてから、吊るされたからだろう。僕は弾力性のある内臓や、踏んだだけでは簡単には折れない骨を避けながら、死体の周りを確かめた。

 昨日の段階で見付かっているのは大地の死体と、彼の身体を裂くのに使われたであろう大量に血の付いたジェイソンよろしく大型の電ノコだ。電ノコは弘太さんが昔使っていた型の古いものらしく、元々倉庫にしまっていたので、誰でも持ち出せる、と浩二さんから聞いている。

 証拠になりそうなものは……なさそうだ。

それを確認すると、一緒に来ていた浩二さんに首を横に振った。一応彼女も同行しているのだが、興味が薄れているのか此方をろくに見ずに大きな欠伸をしながら、作りかけの作品を眺めている。

「此処には何もないですね。次のところに行きましょう」

 僕達は移動して、大地のもう一つの半身があった場所に行く。アトリエの建物を全て横切り、裏手にある焼却炉に着いた。焼却炉から伸びる煙突からは煙が出ていないから、今は動いていないようだ。そして、僕達はそこに置かれている寝袋に目を向けた。寝袋は人が入っているように膨らんでいる。僕は寝袋のチャックを開けた。中から出た異臭が鼻を襲う。焼かれてもう誰かも判別に出来ないこの半身に、仮に手掛かりが残っていたとしても、それがなんなのか、僕には分かりそうにない。この半身も昨日発見された。本来使われていないはずの焼却炉から煙が上がっているのに、浩二さんが気付いたからだ。焼却炉を確かめると、他のゴミや衣服と一緒に燃焼中の半身があったというわけである。

この半身にも、同じように首から上が存在しない。死体を動かして切れ目を見てみるが、焦げ跡があるだけ。矢張りこれでは、仮に証拠があったとしても、見付けられそうにない。戻ろう。正直、諦めた方が良さそうだし。



「ということは、大地さんを発見した時、貴方は弘太さんと一緒に居て、アリバイがあると」

「はい。私は仕事の確認のために弘太様の元に行きました。その後、大地様のそのまま一緒に大地様の元に向かいました。そこであの死体を見付けたというわけです」

「しかし、それでは初めにあなたが大地さんを殺してから弘太さんのところに行けば、問題ないですよね?」

「それなら、私は弘太様に血だらけで会うことになりますよ」

 僕の前に座った浩二さんは、お茶を飲み干した。弘太さんも似たり寄ったりの証言だ。かと言って、清水さんにはアリバイがある。大地がいなくなってから死体が発見されるまで、相沢さんと加藤さんといたことだ。大地がもしかしたら、この三人の内で共謀して殺害されているかもしれないが。そうなったらもうお手上げだ。諦めるしかない。

 僕は礼儀として頭を下げて、席を外す。続けて浩二さんも席を立った。今度は一応清水さんにも話を聞いてみようと思ったからだ。だが、それはしばらく無理そうだ。何故なら広間に行くと、彼女が駄々を捏ね始めていたからだ。

「お腹が減ったわ。今直ぐに食事にして頂戴」

 これはまた理不尽なことを言っている。清水さんも困惑した表情で、彼女の相手をしている。まだ三時だというのに空腹とは。特に何もしてないのに。清水さんは僕に気付き、目でメーデーを送ってくる。僕も迷惑を掛けるわけにはいかないので、彼女を止めに入った。

「お嬢様、止めてください。まだ三時ですし、今直ぐは無理がありすぎます」

 彼女は腹いせに僕の脇腹に肘鉄を入れてきた。痛い。清水さんはこの光景をクスクスと笑っている。大分気持ちが落ち着いてきたみたいだ。相沢さんのケアがよかったのだろう。

「今直ぐは無理ですが、今からなら出来ますよ。何が食べたいですか?」

「ミシュランに三ツ星で載ってるフレンチレストランで出るようなフルコース」

 彼女はこれを全くの迷いもなく言えるんだもんな。そして、絶対に自分の意見は曲げない。僕は溜息を吐く。清水さんは苦笑いを返して、他の人達にも意見を聞いてくると言って、広間を出ていった。――そう言えば、彼女に確認しておきたいことがあったのだ。

「今回の事件なんですが、死んだのは本当に七々原大地さんで間違いないんですよね?」

 ソファーに寝そべった彼女が顔だけを僕に向けた。

「それは間違いないわ」

 彼女がそう言うのだから間違いないのだろう。もし、僕の知らないところで入れ替わってたりされていたら、犯人が変わっていたかもしれない。後、被害者もか。

 今回の事件、犯人は弘太さんと浩二さん、もしくはその両方なのか。清水さんには相沢さん達と一緒にいたというアリバイがある。外部犯の可能性も考えてみた。だが、此処に入るために必要な指紋認証と暗証番号が突破できない。矢張り犯人は弘太さんか浩二さんだろう。しかし、共犯の可能性も誰が犯人なのかもどれも確証がない。

 ところで、今日の夕食は何だろう。彼女はフレンチのフルコースを所望していたが、流石に無理があるのだ。清水さんの料理はどれも美味しいから特にこれといった希望はないのだが……。

「何考えてんのよ、あんた?」

 彼女は、僕の脛を思い切り蹴った。痛い。

「た、大変です!!」

 清美さんが慌てて帰ってきた。

 一体どうしたのか? と聞くと、清水さんが息を切らしながら、弘太が作業部屋で殺されていることを告げた。あぁまたか。僕は彼女を連れて、弘太の作業部屋に向かった。

 そこには、仰向けに寝ている弘太がいた。いや、寝てはいないのだろう。これは死体だ。胸が裂かれて、これだけ大きな血溜まりの上にあるんだから、これで死んでいないと言われても、説得力がなさすぎる。相沢さんと加藤さんが後からやって来た。僕は相沢さんへ加藤さんに死体を見せないように告げる。取り敢えず、死体を調べよう。そう思った矢先、思いもかけないことが起こった。

「皆さん、どうしたんですか?」

「弘太……さん」

 そこには、弘太さんがいたのだ。そんなはずはないのに。だったら、この死体は誰だというのだ。そう思っていると、目の前の死体に変化があった。

 頭が取れた。

「その頭は、七々原大地のものよ」

 彼女の、呟きのような声が不思議と耳にしっかりと聞こえた。なら、この死体の胴体部分は誰なのか、考えるまでもない。田中浩二だ。そして、一連の犯人は僕達の後ろにいる七々原弘太である。僕が動くより早く相沢さんが動き、何が起こったか分からないうちに弘太さんを捕まえ、拘束する。

 事件が解決した。何とも呆気ない感じで。 弘太は既に今回の犯人が自分であることを認めている。二人を殺した理由は、大地の才能への嫉妬。浩二は金に釣られた共犯者だったが、邪魔になって殺したらしい。お金を揺すられるのを恐れたのかもしれない。本心なんて僕には分からないけど。事件の内容にも関係ないことだし。

「大地さんの作業場にはどうやって入ったんですか?」

「仕事のことで相談があるって言ったら、なんの疑いもなく入れるさ」

 大地の方は弘太を信頼していたのだろうか? 片方が信頼していないのに、もう片方は嫉妬しているのは、

「殺害方法は?」

「あいつ――大地の部屋で半身を吊るしてた縄があっただろ? あれで首を絞めて殺した。それから予め持ってきていた電ノコで首を切断して、ついでに身体も二つに裂いたんだよ」

 ついでで身体を二つに裂かれた大地の方はたまったものではないけどな。

「返り血はどうやって処理したんですか?」

「作業用のゴーグルとかエプロンを付けてやったから、返り血は殆どない。後は半身を燃やす時に一緒に焼却炉に投入したさ」

 ということは今更探しても見付からないな。確実に灰だろう。そう言えば、弘太の髪の毛が綺麗になっている。今朝は石膏や木屑で汚れていた。風呂なんて入っている暇なんてなかったのに。今は気にすることでもないか。

「どうしてあそこで出てきたんですか?」

「出てきたのは、お前らに気付かなかっただけだよ。本当は色々と片付けてから此処にお前らを置いて逃げようと思ってたんだよ。まぁお前らに見付かって全部パーになっちまったけどな」

「それは残念でしたね」

「いや、そうでもないさ。やりたいことは出来たからな」

 弘太は笑顔でそう答えた。


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