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一人のしりあいと二人のげいじゅつか

「着きましたよ」

 目的のアトリエに着いたのはお昼過ぎ。アトリエの前に車を停めると、乗車していた三人が降りる。全員が降りたのを確かめてから、僕も降りる。降りた後、僕は加藤さんに目を向けた。蛇のようにニョロリと伸びた体躯をして、身長は百九十ぐらいある。体型的に八十キロぐらいはある。顔はいたって普通、別に何処にでもいるような――ある意味何の特徴もない、一週間も会わなければ、顔を思い出せなくなりそうな顔だった。服装はグレーストライプのスーツだ。

 僕と相沢さんは同じ燕尾服を着込み、彼女はショートラインのフリルの少ないドレスを身に纏っている。

 アトリエは彼女が通っていた学校と同じく山奥にある。どうして、こんなところにアトリエを作ったのかは、僕の知らない理由があるのだろう。大方、俗世間の喧噪を忘れて云々なのだろう。その建物の前には、今回の招待人である例の兄弟が立っていた。

 七々原兄弟。世界的な芸術家で芸術関係なら何でもござれの驚異的な才能を持っていて、色々な方面に手を出している。右側に立っているのは、七々原大地(だいち)。左側に立っているのが、七々原弘(こう)()、だと相沢さんに耳打ちされた。七々原大地は、七々原兄弟の長男でどちらかと言えば、絵画の方が得意らしい。顔は小さい鼻の童顔で、中肉中背だ。髪型は黒髪で短髪の丸坊主。身長は百六十八ぐらいだろうか。

 左側の七々原弘太は七々原兄弟の次男で、どちらかと言えば、彫刻の方が得意らしい。顔は小さい鼻の童顔で、中肉中背。黒髪が首ぐらいの長さまで伸びている。よく見ると、髪の毛が木屑や石膏の粉で汚れている。

 それにしても、よく似ている。身体的な特徴で違うのは、髪型ぐらいだろう。七々原兄弟。世界的に有名な芸術家で双子の兄弟。それが、七々原兄弟である。

「どうも、七々原大地です」

「どうも、七々原弘太です」

 七々原兄弟は双子特有のタイミングで同時に名前を名乗る――というなんてテレビでやるようなヤラセに近いあれをやったりはせず、一人ずつ名乗った。そして、僕らの目線は七々原兄弟の隣に立っている特異的な人物に目を向けた。

 犬神家の一族に出てくる(すけ)(きよ)の白いマスクまんまを被った、黒いスーツ姿の男性が二人の前にいる。異様な雰囲気に思える彼は黙ったまま、此方に目を向けてきている。一体誰を見ているのか、それとも僕達全員を値踏みでもしているのか。取り敢えず、自己紹介の一つでもして欲しいところである。

「どうも、田中(たなか)浩二(こうじ)です。七々原兄弟の秘書をやっています」

 そう言って、田中浩二と名乗った男性は頭を下げた。僕達も頭を下げる。

「こんにちは。私が瀬良那美。こいつは執事の炎野火炎火(えんのびえんか)よ」

 彼女が最初に自己紹介し、流れで僕のことも紹介された。

「私は相沢と申します。この度はご招待頂き誠に有難う御座います」

 相沢さんは彼女の代わり――彼女がちゃんと挨拶をしないから目立つのか――にしっかりとした礼儀正しい挨拶をしてくれた。

僕達の好奇心を含んだ視線に気付き、僕達に中に入るように促した。僕達は七々原兄弟と浩二さんの後ろからついていき、アトリエの中に入った。

「アトリエは、幾つかの建物に分かれています。奥にある二つの建物の右側が大地様、左側が功太様が使う作業場、私達の前にあるのが作品を飾っておく展示場、左は普段の生活や客室がある建物はあちらになります。先ずは展示場から案内したいと思います。あぁ、それと此処――アトリエに入るには、指紋認証と暗証番号が必要ですので、気を付けてください」

 何だかこれは招待されて来たというより、何かのツアーに参加して、添乗員の説明を受けている感じだな。本当に加藤さんは彼らの知り合いなのだろうか? 僕達は会話することもなく、作品を飾られている展示場に入った。

 正直、僕では芸術関連の感性が低すぎるので、これが上手いのかどうか分からない。だが、加藤さんや相沢さんの顔を見ると、感嘆しているみたいだからきっと凄いのだろう。彼女はというと、何故か仏頂面で作品を見つめている。もしかしたら、彼女も僕と同じく良さが分かってないのかもしれない。まぁそんなこと面と向かって言えるわけがないが。

僕達は浩二さんの解説を聴きながら、進んでいく。それにしても、こうも解説を聴いているばかりでは、少し暇だ。質問をしてみよう。

「七原さん達はどうして芸術家になろうと思ったんですか?」

「なんということはありませんよ」

 と、大地さんは答えた。

「普通の家庭に生まれて幼稚園に入ってから、俺達の才能が開花し、この芸術の才能が周りの大人達の確信となると、俺達は芸術関係の英才教育を受けることになり、さらにその才能を伸ばし、有名な芸術作品を作成。それが売れに売れて、大金持ち。そして現在に至るわけ」

 と、随分と歯に衣を着せない物言いで、今度は弘太さんが答えた。何だか彼女に似ている。彼女と口論になったりしなければいいが。

 それにしても、一卵性の双子というものは良く似るものだ。今はまだ立ち位置が変わっていないから判断出来るが、一度何処かで入れ替われたりしたら、見分けることは出来ないはずだ。いや、もしかしたら、僕の気付かない内に入れ替わっているかもしれない。見分けられるのは、彼女ぐらいだろうな。彼女はそういう力を持っている、としか言いようがない。

作品を見て回っていた時、窓の向こうに擦れ違う人影を見付けた。大きなビニール袋を両手に提げている。その袋からは野菜やら魚類といった様々な食材が顔を覗かせている。相手は気付かずに通り過ぎていったが、僕は気になって、浩二さんに質問した。

「僕達の他にも人が居るんですか?」

 浩二さんは、頷いた。

「それはきっと、清水(しみず)さんですね。彼女は此処のシェフ兼給仕係です。また会うことになることになると思うので、その時に改めて自己紹介してください」

 また会う? 清水さんは僕達とは反対側に歩いていた。シェフということは、あれは今晩の食材だ。つまり、今から食事の準備をするのだろう。僕はそんなに長居することはないと思っていたのだが、勘違いだったようだ。どうやら、清水さんとやらの料理を味わうことになりそうだ。

 ……着替えを持ってきていない。



「どうも、皆さんこんばんわ。私は此処でシェフをやっている清水清美(きよみ)です。よろしくお願いします」

 清水さんは被っていた帽子を取って、頭を下げた。食事を終えた僕らの前に挨拶をしに現れた。僕達は挨拶を返す。清水さんはボブショートの黒髪がよく似合う女性である。調理用の白衣が少し汚れているのは、僕達の料理を作ったからだろう。少し化粧をした顔は一般女性の平均よりは整っているように見えるが、そういうところが詳しくない僕には、なんとも言えない。身長は百六十より大きめといった感じだ。

 僕らは結局のところ、アトリエで七々原兄弟、浩二さんと共に食事をした。アトリエにある居住用の建物は、二階建ての普通の一軒家だった。玄関から入って、少し進んだ右手に二階の客間や寝室に行くことが出来る。その横がダイニング。ダイニングはリビングと一体化していて、リビングには大型のテレビが奥に配置されている。その前に足の短い長方形のテーブル。それを囲むように――テレビが見えるようにテレビの前には置かれていない――ソファーがある。

早速清水さんは僕達に料理の感想を聞いてくる。彼女が黙っていたが、僕や相沢さん、加藤さんはそれぞれ感想を述べる。僕は意識の大半を、弘太さんの頭に付いている木屑などがいつ料理に入ってしまうかと、浩二さんがいつあのマスクを外すのかということに目を向けており、はっきりとした味を覚えていないが、一様に美味しいという感想に纏まった。

「喜んでいただけたようで、とても嬉しいです!」

 それを聞いた清水さんは心底嬉しそうで、僕達の輪の中に入ってきた。

「彼らの作品はどうでしたか?」

 彼らと言うのは、七々原兄弟のことだろう。あの二人は今、作品の制作に取り掛かっているし、浩二さんは仕事の管理があるらしく、流石に車をアトリエの敷地内に入れる時は来てもらったが、それからは僕達を置いて仕事に戻っている。客人を放置するのはどうかと思ったが、元々客人として扱われているか、少し疑問だ。

僕は黙って加藤さんと相沢さんに目を向けた。二人は、それぞれの感想を述べてから、清水さんも交えてそれぞれの作品への価値観を語り合う。……完全に蚊帳の外である。何だか、此処に来てから全然会話に入れていない気がする。話の区切りを見計らって、無理矢理話題を変えた。

「清水さんは、どうして彼らの専属の料理人に?」

 きっと、聞くも涙、語るも涙の素晴らしいお涙頂戴のエピソードが……。

「これといった理由は、実はないんですよ。求人情報を見付けて受けてみたら、私の料理の味を気に入ってくれたようで、その日から雇われました」

 やっぱり、そんなエピソードなんてなかったか。

「そう言えば、浩二さんはどうしてあんなマスクを被っているんですか?」

「それが私も知らないんですよね。私が此処に来た時にはもう被ってましたから。知ってるのはきっと、彼等だけでしょうね」

……会話が広がらない。そこから僕の話術では話を広げることが出来ず、そっと話の輪から外れていった。取り敢えずやることもないので、さっきから一言も発しない彼女を確認する。

彼女に目を向けると、ソファーで少し船を漕ぎ始めている。これはもうもたないかもしれない。

「すみません、相沢さん。彼女を客室に運んできます」

「分かりました。あ、でもお嬢様お風呂に入れてないんですけど」

 一瞬此処に風呂場なんてあるのだろうか、と思ったが、清水さん達は此処で暮らしているのだ。あって当然だ。清水さんが指差して答えてくれた。

「風呂場はありますよ。二階に上がる階段をさらに奥に行ったところです。タオルも備え付けてあります」

「でも、もう寝ちゃってますよ」

「あ……本当ですか?」

 さっきまで僅かな意識もなくなり、完全に寝息を立ててソファーに寝転んでいる。相沢さんは少し遠い目をしてから、彼女を客室に運ぶことを了承してくれた。

 相沢さんの了承を得て、彼女を背負い、客室を目指す。背負う時に、彼女の意識が一瞬戻り、抵抗されるかと思ったが、うつらうつらしている内にまた眠りについたようだ。

 僕達は明日の朝に帰ることになっているらしい。どうやら、何事もなく終われそうだ。僕の体質も影響せずにすみそうだ。まぁ今回は事件なんて起きないはずだ。影響を与える相手が居ないのだろう。

 彼女を部屋まで運びベッドに下ろすと、僕もソファーに腰掛けた。少し休憩。

 と思ったが、そうは問屋が卸さなかった。突然に客室のドアが開き、加藤さんが部屋に入ってきたのだ。

「どうかしたんですか?」

「七々原……大地が……」

 その先は聞かないでも、分かった。

どうやら、僕の希望は儚く消えていったようだ。

その時、彼女が目を覚ました。なんともタイミングがいい。

 さて、これからどうやって彼女の要求を飲み、警察に連絡させないように相沢さん以外の人達をどう説得したものか。


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