異変
「それにしても相変わらず混沌とした部屋よね。どうしたらこんなに散らかせるのよ」
リコが呆れたように部屋の中を見回しながらアレッサにゆっくりと目を向ける。
アレッサはその目線から逃げるように机に置いてあった使いっぱなしの万年筆を手の中で弄ぶ。
「いや、最近締切が立て込んでてさ。掃除する暇がなかなかなかったんだよ」
「嘘ね。いつもそう言うじゃない」
困ったように笑いながらリコに言い訳をするアレッサだったが、彼女にはそれがいつものことだとわかっている。
厳しい口調でリコに指摘されたアレッサは顔に困ったような笑みを貼り付けたままその場で肩をすくめる。
「まぁ、確かにそうかもしれないけど……」
「うん、うん。わかったよ。とりあえず片付けしよう? 私も手伝ってあげるから」
そう言ったリコはどこか安心しているようにも見えてアレッサはなぜだか胸のずっと内側の方で何かが引っかかったような感覚を覚えた。
(……リコ、何かあったのか?)
しかし、とりあえず床に落ちている物を拾い始めたリコの横顔はいつもどおりでアレッサは彼女が何を気にしているのかを聞くタイミングを見事に逃した。
その数十分後アレッサの部屋は主にリコの努力で完璧な状態になったのだ。
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「さて、それじゃあ私はそろそろ帰るわね」
「え? もう帰るのかい?」
部屋が片付いてからしばらくしてそう言って立ち上がったリコにアレッサがまるで捨てられた子犬のような表情を向けた。
リコはいつもであれば日が暮れるまでアレッサの家に居座るのでそんなに早く家に帰ると言い出すのは珍しいことなのだ。しかし、そう言いだしたリコも引き止められるのはわかっていたようで諦めたような笑いをアレッサに向けた。
「オヤジにまだ会いに行ってないのよね。あの人無駄に忙しいのに私にはしっかり会いたがるからさ」
「ああ、まだ今回の戦果の報告をしてないの?」
「いいえ、そっちのほうは既にしてるわよ。別用よ、別用」
うんざりしたような顔でリコは手をひらひらと振る。
今日は暖かい陽気なのに彼女は袖の長い服を着ている。
「それじゃあ、また明日。来れたら来るから」
「ああ、うん。わかった」
「また部屋掃除なんかゴメンだからね?」
微妙な笑みを顔につけたアレッサにリコは茶化すように笑って自分の馬にまたがった。
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『バレッターレ』の中はいつも以上に騒がしかった。リコが帰ってきたからだ。
リコは周り自分の身を心配するような目と自分の死を早く望むような目にさらされながらギルド長である父がいる部屋に向かう。
「オヤジ、リコが帰りました」
リコの前を歩いていた男が扉を開けながら中にいる人物にそう呼びかける。その男はどちらかといえばリコがいなくなることを望んでいる男である。
「オヤジ、遅くなった」
リコはいつもの笑顔を消して父親と対峙した。