港町
「アレッサ、今回はどう? 終焉は思いのほか早く来るのかしら?」
部屋の中は樫の木の独特な香りと、ココアの甘い香りで満ちていた。
古ぼけたレコードからは女のハスキーな声が異国の歌を歌っている。
アレッサと呼ばれた青年はくすんだ金髪を書き上げて疲れたように笑った。
「まだだよ。結果を早く求めちゃいけない。終焉は誰にでも来るんだよ。時間の問題さ」
「まーた、そうやって締切から逃げる気じゃなくて? みんながあなたの作品を待ってるのよ?」
アレッサはまだ幼い顔をまるでいたずらが成功したように楽しそうに笑みで染めた。
そして喋りながら動かしていた手を止めると最後の一枚の原稿を女に差し出す。
「ほら、時間の問題って言ったでしょ?」
「ええ、本当ね。素晴らしいわ、アレッサ!」
女は出来上がった原稿を嬉しそうに抱き込むと大急ぎで彼の家を飛び出した。
アレッサは彼女のいなくなった部屋を一度見回すと長時間の仕事で凝り固まった体を伸ばしてほぐす。
アレッサ・バロットは十代でありながら大陸中に名が知れ渡るほど有名な執筆家である。
彼が住んでいるのはレドリック大陸の南端、エカレシアという港町だ。温暖な気候に恵まれ海の幸も豊富である。
アレッサは机の上や床にに散乱した原稿用紙などを拾い上げると使えるものと使えないものに分類して片付けを始める。
普段であれば仕事が終わったあとは何もせずに寝てしまうのであるが、今日はそうもいかなかった。すぐに来客があるのだ。
――コンコン……
片付けも半ばであったが扉が遠慮がちに叩かれる。アレッサが待っていた人物が来たのだ。
「空いてるよ、リコ。入っておいで」
「おっ邪魔しまーーーす!!」
アレッサの声を聞いた途端に扉が壊れるのではないかという勢いで開いて白に限りなく近い金髪の少女が部屋の中に飛び込んでくる。
「お帰り、リコ。今回は早いお帰りだったね」
「まぁ、エドリアはそこまで遠くないしね」
「遠くないって言ったって馬をとばしても一週間はかかるでしょ?」
「寝ないで走ったら3日ね」
「え? 寝ないで馬を走らせたの?」
「まさかぁ!? 私、かよわい女の子よ?」
リコ・ガーネッシュは商人の娘である。しかもただの商人ではない商業ギルド『バレッターレ』を運営する大商人オルドヴァ・ガーネッシュの娘である。彼女自身もアレッサより二つ年下ながら『バレッターレ』の幹部として大きな仕事を任せられる。
今回も彼女はその仕事のせいで二週間ほどエカレシアを離れていた。
「どうだかね。君ならやりかねないんじゃないかな?」
「もう、本当に失礼ね」
リコは幼い顔でアレッサを睨んで不満を彼に伝える。
アレッサはそんな彼女の顔を見てくすくすと笑った。
これからはこんな感じで投稿していきます。
読みやすいように一話を1000文字くらいに収めていきます