第09話
遅くなって申し訳ないです。
少しでも楽しみに待っていただいている方がいらっしゃるので、頑張って更新します。
今回は新キャラが登場します。
しかし女性キャラが増えない……
議会は罵詈雑言の中でひとまずの落ち着きを見せた。
議長は事務的に
「では今回の議題として提出されました「帝国との関係」について、一つは攻撃。こちらには王国騎士団の出陣も含まれます。そして一つは和睦。これは和睦賛成者に使者として帝国へと赴いていただきます。そしてもう一つは現状維持です。この三つから二週間以内にどれが最良か選んでいただきます。今回は異例ではありますが過半数ではなく得票数の多かったものを国王陛下に上表させていただきます」
とほとんど息を切らずに言い切った。
今回の議会はアイアスが沈んでいた時にいつもの議会とは違う状況になったらしい。
長い間貴族院につとめてきた議長が異例だと言うこともあり、やはりかなり異例なのだろう。まず選択肢が三つある事。そして過半数が必要ないこと。
場は荒れに荒れて、一人一人が各々自分の意見を述べたことがこういった決着をもたらした。ある人は――ミゼールを主体とした第二王子派は――攻撃が必要だ。騎士団を動かすこともしたいと唱え、またある人は――主に不戦派。第三王子派もこれに含まれる――和睦が必要だ。復興や内部を最優先と唱え、さらに一人は現状を崩すべきではない。藪蛇になったら損する結果しか見えないと唱えた。
ただの議題発表であったはずが荒れ狂ったこの場を抑えたのは、議長と同じくらい貴族院につとめ、次、元老になるのは彼だと言われているグラン=スプレイ伯爵のこんな一言だった。
「とりあえず三択でいいじゃろ」
スプレイ伯爵と言えば、テンキャリア統治のトップである国王の補佐官の宰相を輩出したくらいの名家だ。そして長年同じ貴族院に属しているだっけあって議長にも信頼されているため言うこともそれなりに的を射ている。
しかしアイアスが沈んでいた間、時間にして約一時間、この時間を白熱していた人間には、彼の一言はこんな感想を抱かせた。
――えっ……それで終わり……?
場をただただ眺めていたはずのスプレイ伯爵がようやく発した言葉だっただけに肩すかし感が半端なかった。それに加え、彼と信頼関係にある議長も何故か満足感あふれた顔で結論を述べたのだ。
そして消化不良的に議会は二週間後の招集をかけて解散となった。もちろん玉座の間への敬意は忘れなかった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「――イアス! アイアス!」
「……ん?」
ヒューリアの声でハッとなる。
気付けば議会は終わっていたらしい。ぞろぞろと部屋から出ていく音が耳を通り抜ける。
「どおした、アイアス? ボーッとしちまって、お前らしくないじゃねえかよ」
「そうかな? 意外と僕そういうタイプだと思うけど」
ガイヤに対し減らず口が返せるくらいには自我を取り戻したようだ。
よほど深くに沈み込んでいた感覚が残っている。まるで力を使ったみたいに体が重たい。
「それでどうしたの?」
「どうしたもこうしたもないですよ。議会が終わったんですよ?」
「だから……?」
「だから?じゃねえよ。ヒューリアはそろそろ近づかなくていいのかって言ってるんだ」
「近づくって……?」
「議会中眠っているようには感じませんでしたが、勘違いですかね」
「こうなったポンコツは叩いて直すのが一番だな」
「アイアス様らしくありません」
突然口を挟んできたのは、ノワーレイン家の分家の一つ、ツィオリア家の嫡子『セリブ=ツィオリア』の言葉だった。
アイアスのような女性的な中性さではなく、女の子的な中性さが覗かせる子だが、顔に似合わず積極的でアイアスにいつでも引っ付きまわって若干邪魔に感じる、そんな年下の男の子。忠誠度で言えば、リップに並ぶくらいなのだが、いかんせん面倒くさい子だ。
ガイヤたちはまた始まったという顔をした。それは自分こそ言いたい台詞だという顔をするアイアス。
「こんなボーッとしてるアイアス様はめずらしいです。ボクの知ってるアイアス様はもっとキリッとりりしく、それでいてたくましさもかくされていて、ボクにとってりそうの女の人なのに……。それなのにどうしちゃったんですか!? あのうつくしいアイアス様が、……いや今でも存分に十分にまんべんなくうつくしいですけど! えと、あの何が言いたいのかというと、アイアス様はうつくしいです! うるわしいです! けっこんしてください!」
「あのね、セリブ」
「はい!」
長い台詞を息も尽かさずに舌足らずに言ったかと思うと次は尻尾をブンブン振り回すようにアイアスの言葉を待つセリブ。
深く深くため息をついてからアイアスはセリブに告げる。
「僕は男だよ!!」
「えー!? そんなバカな!!」
「今知ったみたいに言わないでよ! これだって何回やったんだかわからないくらいのやり取りだし」
「……そうでしたっけ?」
「そうだよ」
「じゃあ男でもいいので、アイアス様、結婚してください!!」
「するかっ!」
つたない口調で、でも求めるものは貪欲。それがセリブだった。
ノワーレイン家の者に出るような鮮やかな黒ではないが、彼の髪色も黒と言えるほどには黒かった。
ヒューリアは呆れかえった様子で話を戻した。
「まあまあ冗談はそれまでにして……」
「セリブの顔が冗談に見えないよ!」
「だってじょうだんじゃないです!」
「ほらぁ!」
戻しきれなかった。
ガイヤがそれのフォローに入る。
「アイアスも落ち着け、セリブもプロポーズは後にしろ」
「はいっ!」
「後に出来るかぁ!!」
「さて、話をもどすと……」
アイアスの必死な抵抗もむなしく、ガイヤは無視にかかる。
「とりあえず、近づかなきゃいけないんだろ? それが大将の指示なんだからよ」
「そうですね……、場が荒れたせいで、どの閥に接近すればいいかわからなくなってきました」
「アイアス様、少しまっててくださいね!」
「待つかっ! っていうかそう言いながら迫ってくんな!」
真剣に話し合うガイヤたちをよそに、なんか妙なやり取りが真横で行われる。
「第三の選択肢が出た以上、そこは見極めなきゃいけませんね」
「|グスタフ(第二)王子殿下派はもちろん、元帥派も主戦派だろうしな」
「近い近い!! なんなのそんなに華奢なくせにその力は!?」
「アイアス様のことかんがえていたら、体があつくなってきてちからがみなぎってきました!」
真面目にやろうとしているのか、アイアスに迫ろうとしているのか、彼のやりたいことはわからない。
「ここでその力を使うなぁ! もっと大事な時があるでしょ!?」
「これいじょうにだいじな時などありません! しっかりなさってください!」
「あれ!? 僕が悪い感じになってる!?」
「かんねんしてください、アイアス様!」
「セリブが観念しろーー!」
肩を押さえながら、必死で近づけまいとするアイアス。
本格的に恐怖を感じ始めたアイアスは矛先を変更させる。
「ほら、僕らも話し合いに入ろうよ!」
「ハッ! そうでした! ……すみません、アイアス様。ツィオリア家のちゃくしとしてあるまじきしょぎょう、おゆるしください」
つたない口調で堅苦しく謝罪をしてくるセリブ。このままだと勢いだけで危ないことになってしまうのではないかと危惧したアイアスは
「もういいから、ね」
と、椅子に座り直し、力いっぱいウインクをおくる。
落ち着いていれば口端に苦笑いが見えたはずだが、それは甘美さが味わえるしぐさで、セリブはアイアスの優しさと美しさにキューンっとなる音とともに目をハートに変える。
「ア、アイアス様……」
「お前はホント、天然で誑し込むな」
「ええ、たちが悪い能力ですね」
「ん? どゆこと?」
派閥で話し合っていたはずの二人も、アイアスの行動を見て呆れる。
アイアスは本気でわかっていないようだった。
「まぁいい。とりあえず、アイアス、どうするんだ?」
「どうするって、やることは別に変わらないんじゃない?」
アイアスはあっけらかんといった。
その言葉をヒューリアは吟味し、返答をよこす。
「確かにその通りですね。結局議席を争うわけですから、最低でも100議席、そして確実に通過するのは半数ですか……。考えていたのが情けなくなってきますね」
「とりあえず、非戦派の教皇派とかにでも当たってみよう。あそこ人員は少ないけど、教皇の命で戦争はさせないと思うから協力してくれるかもよ?」
「そうだな。……んで渡りを付けたいんだが、誰か付き合いある人いるのか?」
「……………………」
無言が突き刺す。
「おいおい、誰もいねえのかよ!」
「仕方ないでしょ。派閥も違うし、僕ら若いんだから、議会に知り合いが少ないんだよ」
「だからってなぁ……」
ガイヤの非難をたしなめるアイアス。ガイヤは渋い顔を崩さなかった。
フォローにヒューリアが加わる。
「まあまあ、ガイヤさん落ち着いてください。アイアスの言うとおり仕方のないことですよ。それに教皇派は割と議会では良い目で見られていませんから、一番に近づくべきではないですよ」
「そういえば、そうだったね。所詮他国の派閥だし」
教皇派は文字通りオルレイエ教の教皇の派閥だ。
彼らは何かと言えば、教皇様がおっしゃった、とか、教皇様はそれをお許しにならない、などと言っている。
大陸中で一番大きな宗派、というか大陸人の大半がオルレイエ教の信者であることから、このようにテンキャリア王国にも教皇派というものが存在しているが、他国にもそれはあり、テンキャリア以上に宗教に乱されている国もある。
それだけ大きな権力を持つうちの一部が議会にあるわけだが、やはり内部からすると良い顔はされない。表だっけ妨害はされにくいが、ある程度露骨にいやがられているのも確かだ。
確かに近づくとしたら最後でいい。
詰めに入るところで議席を確保するのが一番妥当な使い方だろう。うまいこと行くかはわからないが。
声を弾ませてセリブが聞く。
「じゃあどこにするんですかっ?」
「そうですね……。それこそスプレイ伯とかはいかがですか? 落ち着きたい御年でしょうし」
「戦争するような体力はないかっ。それでいいか、アイアス?」
「一応、ランドにも聞いてみるけど、たぶん大丈夫じゃないかな? 基本的にこっちに任せてくれるはずだから、嫌ってなきゃ大丈夫だと思うよ」
そういって少し憂鬱な表情をしたかと思うと、アイアスは立ち上がると、派閥の全員を見まわして
「じゃあ僕は議長派のスプレイ伯と面識があるから、そっちに近づくね。みんなはできる限り他の派閥の動向とかを調べといてくれる? あと、他の派閥に繋がるパイプを用意しといてくれると助かるから、お願いねっ。今後どうなるかわからないけど戦争だけは回避するようにみんな心がけてよ、いい?」
と、みんなを鼓舞させる。
全員の眼は、まさしくやる気に満ち満ちていたので、アイアスは心強く思いながら、議会室から出ることができた。
「アイアス様っ、後でおへやに行ってもいいですかっ?」
「怖いから無理っ!」
のかな……?
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
その晩。
書状でのやり取りで済ませようと、リップに紙とペンを用意させ、簡潔に今日のことをまとめた文と、ノワーレインの印を押し、使いをおくった。後は返事が書で来るはずだと思って横になっていたら、どうやらうたたねしてしまったようだ。
んでまた腹の辺りが重たい。汗をかいてうなされそうな一歩寸前。
目を開けると鮮やかな赤髪。
「またお前かーーー!!」
「ようやく起きたか、暇だったんだぞ?」
「少しは悪びれろ、バカ!」
「あーすまんすまんわるかったもうしない」
「棒読みすぎるよっ!」
ランドルフとのいつものような会話。話は当然進まないと思っていたので、アイアスは腹部に乗った脚を退かし強引に切り出した。
「そんでまた今晩も来てるの? 忙しくないの? ランド、仮にも王子でしょ? 別に王子の貫録なんてあったもんじゃないけど、王子でしょ? それに手紙に返事は使者を通じてでいいって言ったよね? 字も読めないの? 言葉もわからないの?」
「まぁ……、気にするな!」
「そんだけかっ!」
質問に不満を加えて聞いたはずが何一つかえってこなかった。
しかし、苛立ってはこれ以上に話が進まずに雑談タイムが始まるのは目に見えているので、アイアスは深呼吸をして落ち着くと一個一個丁寧に聞いていく。
「なんで今晩も来てるの?」
「暇だからな。今はあんまり忙しくない時期なんだ」
「王子なのに?」
「王子だけどな」
「書状には来なくていいって書いたはずだけど」
「二度手間を防いだんだ、感謝しろ」
ふんぞり返ってランドルフは、まるで土下座でも求めるように傲慢な態度を露わにした。
もちろん、これは彼の冗談だ。
「はぁー……。もういいや」
言いたいことはいっぱいあったが、考えても損になることは明白なため、アイアスはすぐさまこのことに関しての思考をシャットアウトした。
「それで返事は?」
「返事ってあれか? あの伯爵に近づくっていう話」
「そうだよ。説明するのも面倒くさいけど、当初の予定通り、その派閥にでも近づこうと思ってる。手紙にも書いたよね?」
「ああ、書いてあったな。でもいいのか?」
「いいってなにが?」
「お前もわかってるんだろ?」
意味深な表情のランドルフ。
実に考えたくないことを考えさせてくれる。
「…………」
「あのじーさん、変わり者だぞ?」
「…………あ~、そうなんだよね……」
苦渋の表情でうなずく。これは思い出したくないことだった。
いや、家の付き合いが多少なりともあるからなのだが、実際、アイアスは覚えていた。
何度か伯の屋敷でパーティーがあり、参加していたのだが、からかいついでに騙されて、悔しい思いをしてハルモアに泣きついた。
彼曰く、ここには幽霊がいる。
曰く、ここには埋蔵金がある。
曰く、ここには異世界への扉がある。
アイアスはそれを聞いて毎度一喜一憂していた。
騙されるアイアスもアイアスだが、子供時代のことだ。そうなってしまっても致し方のない。
しかし、それを覚えている現在のアイアスはやはり伯に対しての苦手意識は消えていない。
どちらにせよ、苦手云々関係なく、派閥の方針は伯に協力を求めるということにしてあるので、どうしようもない。
派閥の主軸の一人であるアイアスがわがままを言うわけにいかないので、やるしかないようだ。
堅苦しく考えてもいい気分にはならないので、アイアスは自分らしく頑張ることにした。
いくら18歳とはいえ、もう立場は大人なのだから、苦手はあっても我慢はなくしちゃいけない。
「じゃあ、明日にでも会えそうなら伯と会ってくるよ」
「ふむ……、まぁ頑張れ。俺はやることがあるからな」
「どうせ、寝るぐらいだし、手伝ってくれてもいいのに……」
アイアスは不満を漏らしたが、ランドルフは聞こえないふりをして、部屋を出た。
「別にいいけどね……」
その声こそ、誰にも聞こえなかった。
もっと話にラヴを入れたいですね。
流れ上仕方ないですけど