【#035 おとうさん】
おとうさんのことがこわかった。
ぼくが一階のテレビ見てケラケラ笑ってるとやかましい! て二階から叱り飛ばす。どすどす降りてくる。ばしっとはたく。
おとうさんはいつも怒ってた。
血のつながりがないから扱いが分からなかったのかもしれないね。
子どものやかましいのがあんまり好きじゃなかったみたいだ。
血のつながる子を作らなかったし結局。
そんなうちを抜けだして、森に逃げ込む時間がぼくは好きだった。
静かで静かな気持ちになれる。
五時のチャイムが丘の上まで届く。終わりの時間がぼくにはゆううつだった。
ぼくは帰りたくなかった。
こわいおとうさんのいるおうちへ。
きみも同じだったのかもしれないね。
切り株のテーブルで算数の宿題をしていた。鳩のふんの落ちてるのを避け、雀のさえずりに目を向け、パンくずを駄目だって言われてるのにリスさんに与えながら。
給食の残してたコッペパンを。
病的に痩せてるってことにぼくは気づかなかった。
ぼくが、はしゃぐこともなくなると。
おとうさんがどたどた降りてくることもなくなった。
ぼくが、悲しい顔をして帰ってくると、
おとうさんは、頭を撫でてくれた。悲しかったんだな、と言った。
きみのことを媒介としておとうさんとの会話が成り立つなんて皮肉だ。
ご飯は、食べなければならない。
命を、食らわなきゃならない。にんじんさんだって死にたくなかったはずだ。ぼくの胃液のなかへ。
――それでも。
生きていかなきゃならないの、わたしたち。大切なものを守って、守るべきでないものを、殺して。お腹が空いたら元気が出ない。たいくの時間だってしんどくなるよ。
言いながら今度は雀にパンをちぎって投げてた。
きみはきみの命も投げてた。
この飽食の時代におうちで餓死する少女。おかあさんと連絡がなかなかつかなかったそうだ。それ以上のことをぼくは、知りたくない。
ちょっと可愛い子だったから同情したってみにくいこころにもなるべく気づきたくない。
ほら今日も。
明日死ぬかも知れない雀さんリスさんカラスさん。
パンくずのぼくをお食べ。
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