【#017 鉢合わせ】
邪魔をしてすまない。楽にしていてくれ。荷物を取りに来ただけなのだから。奥の寝室にそう
……
これだった。
そんな目で見るな。世帯主はぼくなのだからね、出はいりは自由だろう。
……などというのは冗談だよ。私が君達の面前に姿を現すのは本日が最初で最後となる。
待てない、といった様子だね綾子。六ヶ月後には入籍かい、その四ヶ月後には出産か。
私が無精子症というのはきみにとって致命的だったね。授かった時にはさぞ喜びと悲哀を感じたことだろう。
そんな目で私を見てくれないでくれたまえ。哀れみと同情の混ざった目で。
私は断じて可哀想な人間などではない。君と縁が切れて悠々自適に今後の人生を生きていける。
されど一つ、頼みがある。きいてくれるかい。
君がどんな風に綾子に触れるのかを私は見てみたいのだ。ああ、そんな顔をしてくれるな。これが本鍵だ。スペアなど作ってはない。
見てくれ。綾子名義のクレジットカードだ。残高通帳も一緒に。
精神的苦痛による慰謝料を請求しないどころか生まれてくる子のために金をやる、……こんな男は他に居ないだろう。
私はこの先一人で生きていく。所帯も持たず。とすると情交に勤しむ機会は今後限られる。
告白すると。綾子が他の男にどんな風に抱かれるのか私は見てみたいのだよ。
頼む。
……そうか。私がこんなにも頭を下げても無理だと言うのか。
なら君達の引いたカードはこれだ。
こんなに重いアタッシュケースをベッドの下に忍び込ませていたことなど。
知らなかっただろうね。初めて見るだろう、撃鉄の色など。
焼き付ける間もなく君はあの世行きだ。最後に綾子に言い残すことは? ……ふ。
助けてくれえ、おれの、おれだけの命は。
笑わせてくれるぜ。
* * *