第八話『色ボケイゴ』
「というわけなんだけど。説明しなかったのは悪かった。圭吾がもし大澤さんのことを好きだったりしたら、悪いと思ったんだ。」
別に用を足すわけではない。
ある種井戸端と同義のトイレでは伸が圭吾にことのいきさつ、そしてこれから自分がやろうとしていることを一から十まで説明したところだった。
圭吾は微動だにせずにそれをすべて聞き終え、その細い目を更に細くし、珍しく眉間にわずかにしわを寄せる。
「伸ちゃん。僕が怒っているのはわかるよね。」
「ああ。」
「何で怒っているのかもわかる?」
「わかる、つもりだ。だって、そりゃあ学年の可愛い子ランキングに入っている子を…」
今度は一転、圭吾は眼を見開いて伸の言葉を遮った。
やや、熱っぽい口調だった。
「違うよ!僕はそんなことを気にして相談してくれなかったことに怒ってるんだ!」
腕を突っ張って圭吾は声を張り上げた。
念のため人の利用が少ない特別棟トイレまで出張ってきた甲斐があった。
教室だったならどうなっていたことか。
「わかったって。悪かったよ。」
「だいたい、伸ちゃんは僕の守備範囲が一年以上年上じゃないとダメだってわかってると思ってた!」
「はぁ?………てか、そんな性癖知らん。まあ、その気がありそうだと思ってたけどさ。」
「ああ、今朝の新聞部部長祇園愛生先輩、お目にかかるのは初めてだけどあの人なんか凄くステキだったなぁ〜」
「うわぁ〜」
思わず後ずさりする伸。
圭吾はどこか遠くを見上げ、その目の中には時代錯誤な漫画のキャラクターのように星が浮かんでいる。
「あんな人にリードしてもらったりお願いとかされてみたりしたいなぁ〜」
「はいはい、色ボケイゴ君。妄想の邪魔みたいだから俺は教室戻るからな。」
はぁ、と大きなため息をついて伸はきびすを返した。
その背に、急にまじめになった圭吾の声がぶつかる。
「結構危ないと思うよ、この作戦。大澤さんにはディープで、それこそ素でストーカーまがいのファンまでいるからね〜。……そんなに、彼女が好きなの〜?」
「あ〜、よくわかんないな。改めて考えるとなんでこんなことをって気もする。」
半分だけ振り向いて、伸はなんとも曖昧な笑みを浮かべた。
圭吾は一つ頷いて、まあ、そういうとこは伸ちゃんらしいけど。とこぼしてから。
「この作戦考えたの明巳ちゃんでしょ!」
やけに自信ありげにぴんと人差し指を立てて見せた。
「そーだけどなんでだ?」
そりゃあ、なんて大げさにあおってから。
「こんな無茶な事を伸ちゃんに提案するほどのおせっかいは、明巳ちゃんくらいにしかできないよ。」
「確かに違いない。」
二人で笑い飛ばしてから、どちらからとも無く咳払いをして。
「なんにしても、僕は伸ちゃんの手伝いをするから、安心してよ。」
「……わりぃな。」
「ほらほら、そろそろチャイム鳴っちゃうよ。急がないと。」
するりと圭吾は伸の横をすり抜け、その際ぽんと肩を叩いてそのままトイレから駆け出した。
閉まりかけの古いドアの蝶番がぎぃぎぃと悲鳴を上げている。
「本当に、助かる。」
今でも、もしストーカーをしたやつが出てこなかったら、という不安はある。でも、明巳と圭吾のおかげで、肩の荷が下りた。
失敗しても、大澤さんは被害から救われるんだろうから。
二人が真実をしっていてくれるなら、失敗してもそれほど悪くない気もしたから。
ぎっ!と強い音が鳴り、再びひょこりと圭吾が顔を出した。
「ほら、次は数学だから遅刻するとマズイって。」
「やべぇ、忘れてた。」
伸はあわてて飛び出すと一気に階段を駆け上がり、圭吾の並びで教室へと飛び込んだ。