第四話『追憶×夢』
その影は、僕を取り囲むように一定の距離を保ちながらおのおの小刻みに揺れていた。
たまにその影の塊から分かれたいくつかが、人の頭のような形になって、不愉快なあのときのことを語ってくる。
『ああ、伸くんね、あの子少し気持ち悪いのよねぇ。』
『そうそう、そこにいたかと思えばどこかに消えていたり、居なかったと思ったらすぐそこにいたり。なんだか気味が悪いのよ。』
『他のことあまり仲良く遊ぼうとしないし、それをいつも見ていなきゃなのもね。それにすぐ居なくなるから仕事が増えるのよ。』
『そうそう、まるで神隠しにでもあったみたいにすぐ居なくなるのよね。』
『はじめは驚いて一生懸命探したんだけど、こう何度もだとこっちとしてもね。』
やめて。
僕は、別に消えたくて消えてるわけじゃないんだ。
影にはまるで薄い三日月に裂けたように穴が開き、笑みを浮かべているように見えた。
『わざとなのかしら。まあ、父親も仕事仕事で忙しいみたいだし、母親もあの子の弟が死産でその後すぐに…』
『まあ、寂しがりやっていえば聞こえはいいけれど、正直私はあの子のクラスの担任にはなりたくないわ。』
これは、いつか聞いてしまった保育園での―――――――――
嫌だ。
やめて。
聞きたくない。
なんで、誰も僕のこと気付いてくれないの?
こんなチカラなんて欲しくなかった。
『一応、ちゃんと見つけないと保育師としての面子がアレなのよね。』
『シッ!園長先生がそろそろ来るわよ。続きはまた後で。』
[いやだ――――ッ!]
耳を塞いで駆け出していた。
周りを円形に取り囲んでいた影は僕をよけるように裂けて、後ろでまたゆらゆらゆれている。
体がどんどん薄くなる。センセイたちの声が僕にしみこんで、僕から存在を盗んでいく。
走って、走って、走って、保育園の裏の小さなフェンスの穴から抜け出して、たどり着いたのは保育園と家のちょうど真ん中くらいにある小さな公園だった。
あるのは動物型の穴あきドームと小さな滑り台と砂場だけ。
そのドームの穴から中に入ってずっと泣いていた。
すすり泣きの声がドームに反響して一緒に泣いてくれているようだった。
誰も気付いてくれない僕のことに気付いてくれるたった一つのもののような、
ガァワァワァワァワァワァワァ〜〜〜〜〜ン!!!!
[ヒッ…!?]
急にドームが殴られたみたいなすごい音がして、耳を抑えて体を縮込ませた。
二、三回それが続いて、やっとおさまったかなぁと恐る恐る目を開いたら、目の前の穴から鬼の形相で覗き込んでいたのは、一週間くらい前に隣に引っ越してきた女の子だった。
『男の子がめそめそ泣くもんじゃない!っておじいちゃんが言ってたんだから!』
女の子は穴から手を突っ込んできて、無理やり僕をドームから引っ張り出した。
円形の穴から僕を引っ張り上げる彼女。
背には、穴から漏れる光が後光がのっているように見えて、とても――――――
ベカリ。
平手が頭に入った。
[あうっ]
『ほら、もう。しょうがないな。隣のしんちゃんは。はやく戻らないと先生に怒られちゃうよ。』
[あ、……ちゃん。僕あそこには戻りたくな…]
『ねえ今!私の名前忘れてごまかしたでしょー!?かぶらぎあけみ。あけみだから!』
ベカリ。
また頭を打ち下ろすような一撃。
[痛いよ。もうやめてあけみちゃん。]
『そう。それでいいの。で、さっきの聞こえなかったけど、なんかいった〜?』
ボギ、ゴギ、パキ、ポキ。
保育園に通っている女の子が拳からさせちゃいけない音オンパレード。
[…………なんでもない。]
『じゃあ戻りましょ。』
ぐいぐいと腕を引っ張ってあけみちゃんはにこりと笑った。
[ぼく、今誰にも気付いてもらえないもん。どうせ]
『いいじゃん別に。私は気付いたし。その消えちゃうやつ、私はうらやましいとおもうけどな〜。』
だって、つまみ食いいっぱい出来るでしょ?なんてあけみちゃんはわらっていたっけ。
それで『二人とも』センセイにたっぷり怒られたんだ。