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第十七話『閃き』

「でけぇ家だなぁ」


目を細めて伸は木製の仰々しい門を見上げた。


明らかにこの家は一つの家族が暮らすには不必要極まりない広さ、そして建物の趣向だとおもう。


だって言うのに、手の中にあるメモには一人暮らしだって書いてある。


ええい、コレで本当に真ストーカーだったならいろんな意味でゆるせん!

断じて許せん。


半ば八つ当たりでもう一度、ダダダダダッなんてリズムを刻んで設置されたインターフォンのボタンを連打連打連打!


「誰もいないってのはないか?居留守かもしれないからとにかく…コノコノコノコノ!!」


一秒間にインターフォン十七連射。やった名人を超えたんじゃないか俺。


「コォノコノコノコノコノコノ…「オイ。何やってんだ貴様。」コノ…え?」


なんだか連打することが快感になってきた頃、門の一部がからりと開いて覗く半端無い勢いの睨みと呆れきったような断定口調が伸のプッツンコノコノを遮った。


「あ、真鱈目雅明?」


「………青崎伸か。」


「あ〜、冷静みたいで良かったー。ホントの話を聞いて欲しくて何とか学校を抜け出してきたんだ。少し落ち着いて話をしたいから門を開けてもらえないかな。」


ピピ、ピピピッ。


携帯を操作するような音が門の奥でしている。


マズイ携帯で兵隊を呼ぶ気満々だ、あいつ。こうなったら圭吾のメモにあった方法で不本意ながら中に入れてもらうしかない。


まずは……


十七連射!


「……おい、こら、迷惑防止条例違反でまず通報しようか?あ?」


「ああっそれだけは勘弁して!だって今ファンクラブの兵隊を呼ぼうとしてたじゃん。そうなると俺、ストーカー呼ばわりされちゃってどうしようもなくなるんだよ。」


「……ストーカー呼ばわりって、貴様がそうなんだろ。自分で言ってたじゃねーか。」


「違うんだよ。ホントは違うんだって。だから話が通じそうな総括指揮のあんたを探してきたんだ。ファンクラブの奴ら目が血走ってて、もう頭がアウストラロピテクスにまで退化してやがってさ。あんたはファンクラブ入ってないって放送で言ってたし…」


「信じる理由がない。何より貴様むかつく。」


ピピピ!


「ああっ!あんな女に好かれようとストーカーしてたなんて嘘つくんじゃなかったぁ!」


頭を抱え込んで叫びまわる伸に向いている、取るに足らないものを見る目にかすかに灯がともった。どちらかといえば低く唸りながら青白く燃える灯が。


「どういうことだ?」


真鱈目は品定めをするように目を細める。


伸は、内心しめたとほくそ笑む。


「ほら、あのコ顔が可愛くて好みだからさ。まあ、顔以外はどうでもいいんだけど。あーゆー感じの性格は好かないし。それで今その筋ではストーカー被害にあってるって聞いたんだ。だからストーカーって名乗り出れば本物が出てくんじゃないかと思ってさ。そいつとっ捕まえればファンクラブの連中と同じくでかいプラス印象だろ?あのコと付き合えれば箔がつくじゃん。俺にさ。」


――ああ、この間演劇部の助っ人やっててよかったぁ。


思ってもない事をぺらぺらとのたまう伸。しかし完璧に役に入っている今の伸には嘘特有の動きは一切無い。


真鱈目のその目にと持っていたかすかな灯は轟々と猛る真っ赤な炎になっていく。


太陽のフレアのように、溜まりきった怒りを発散するため定期的に眼輪筋がピクンと痙攣している。


――確かにこいつ本物だ。巧妙に隠してるけれど可能性を分かってるやつが見ると十分尻尾が見える。


あと、一息。


「でもさ、聞いてくれよ。あんな女にあんなにたくさんファンがいると思わなくてさ。裏ルートで格安の物件かと思ったらとんでもないハズレ。もうあんなののために泥かぶるのなんて割に合わねぇってわけでさ。だから………」


勢い良く木製の門が開く。年季が入っているのだろう。体の芯まで滲み込んでくる、深いきしみ音が鳴り響いた。


「入れ。貴様はむかつく。でもその話はあながち嘘でもなさそうだから。」


かかった。


「さ、サンキュー!」


ステップを踏んで門の中へと踏み込む伸。そして再び拒絶するように門が閉まった。

よし。

仕掛けるのはすぐだ。


横で、話の続きはアッチでだと居間らしきほうを指差している真鱈目から数歩離れてから、周囲を見渡す。

電話で聞こえてきた単語は『蔵』。


平屋が広がっているこの屋敷の横をぐるりと回っていった先、平屋の屋根の上に蔵らしき部分の頭が見えている。


あとはトイレはどこだとか言ってその隙に……


「ガァッ!?」


全身をプレス機で全方向から押しつぶされたんだと思った。


瞬時に体が一直線に伸びたかと思うと下半身がなくなってしまったように伸は地面に倒れふす。


「クソヤロウが。テメェが義美を語るんじゃねぇよ下衆。」


勢い良く真鱈目は伸の腹を蹴飛ばした。


「ッッ!」


痛みはない。感覚が麻痺している。でも反射的に反吐を吐いた。


しまった……油断した。これが明巳たちが捕まっちまった理由。


「は、体うごかねぇだろ。でも気絶はしない程度の威力にしといた。」


自慢げに自分の武器を小刻みに揺らして見せ付ける。クワガタをいい加減にロボットに改造したような角ばったそれは、あまりに陳腐でこっけいにも見えた。


真鱈目は後二発ほど伸を殴ってからずるずると伸を引っ張り、そしてさっきと同じく蔵へと移動する。


まるで羅生門だ。


さびが削げ落ちる音。蝶番の隙間の埃が摩り下ろされる音。


それらを響かせて火事に耐えうる厚く野暮ったい扉を開くと、禍々しい空気と今まで盗撮してきたのであろう写真が目に飛び込んでくる。


目が慣れると、奥のほうで小さく震えている大澤さんが見えた。ストーカーのはずの俺の事を見ると、更に警戒を強めるように体をこわばらせる。


「はは、変態が!!お前が本物じゃっっがっ!」


サッカーボールを蹴っているつもりなんだろうか。大きく足を引いて蹴り上げるトゥキックが鳩尾にめり込んだ。


「きゃっ」


勢いあまって大澤さんの横まで転がった伸を、あざ笑い、そして踏みつける真鱈目。


「僕の愛を横取りしようとした挙句に、僕を前にしてあんなふざけたことを言ったんだ。ただで済むと思わないだろ?」

真鱈目は次第に踏みつける足に力を込めていく。


体はまだ動いてくれない。でも、段々と痛覚は戻ってきている。胸が割れるように、息をするたびに痛む。


肋骨にひびが入っているのかもしれない。


ちらりと視線を流すと、大澤さんの後ろには、彼女に庇われるように横たわっている明巳。

「……て、テメッ」


何とか体を曲げたとき。後ろから明巳の声が聞こえてきた。


「何が愛を伝えるためだって?ばっかじゃないの。頭ン中蛆でも湧いてるんじゃん?」

「ああ〜?」

「「明巳!」」

「え!?」


伸と義美の声が重なった。そして直後、明巳の名を呼んだ俺に驚き振り返る義美。


「ゴメン義美。伸とは幼馴染なんだ。黙ってて、ゴメン。」

「え?どういうこと、です?明巳?」


ガンッ!


勢い良く撥ねたのは、今度は明巳の体のほうだった。


「明巳!」

口にこみ上げてくる鉄の味をかみ締めながら伸はせめて声を張り上げる。


「大丈夫。こんなへたくそな蹴り、私にはぜんぜん効かないからさ。だいたい、こんな愛を語って卑怯なコトするヤツにやられるわけ無いでしょ。」


「卑怯だって!?!」

足を高々と上げ、一気に踏み降ろす。真っ直ぐに振り下ろされたそれは抉るように明巳の腹にめり込んだ。


「っっっ!〜〜〜ぜんっぜん効かない。素直に告白する勇気も、そして伸みたいにあっけなく振られる覚悟も出来ないような臆病者の蹴りなんてっ!」


「おくびょうだってぇぇぇ!?」

振り下ろしの右拳が鈍い音を響かせる。


何だよ。あっけなくやられて、終いには明巳が殴り倒されてる様を見ているしか出来ないってのか?

なんだよ俺。

ここを何とかできなきゃ男引退だろ。

動けよ体!

痺れが、麻痺が一ヶ月くらい後遺症で残ってもいいから。だから今だけ動いてくれよ!


動けよ!俺の体!


あのストーカーをぶちのめして明巳を助けられる力を……

力?

力ならある。

そうだ。

俺には、あいつをしとめられる力がある。

インビジ・ブルーを発動させると体の感覚は少しだけ薄くなる。

そのくせリミッターが外れたみたいに少しだけ力が強くなる。

だったら、インビジ・ブルーを発動させれば今の体でもあいつを倒せる。

たとえからだが満足に動かなくても、こっちが透明なら明巳の前に転がり出てあいつの凶行を俺が肩代わりすることも。

どうすればいい。

どうすればインビジ・ブルーを発動できる。

どうする。

どうすればすぐにへこめるか。

正面の光景を見ると、募るのは怒りだけ。

真鱈目に対する怒りと、そして無力すぎる自分自身へのドロドロした怒りだけ。

ダメだ。これじゃあインビジ・ブルーどころじゃない。

ちくしょう。どうすりゃいいんだよ。

爪が食い込んで痛いくらい拳を握りこむ。

せめて立ち上がることが出来るくらいからだが戻ってくれれば何とかなるけれど、今はそれすら出来ない状態だ。

「明巳…」

ふと、俺の後ろから女の子の声がした。

コレは聞きなれた声だ。

深い深い傷口がうずくような声。

そうか。

瞳孔が開く。肩から背中へ、ぞわりと閃きの電気が走る。


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