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第十五話『ウソツキの笑顔』


「あ、愛生先輩ありがとうございました。コレはお返しします。」


圭吾は借り受けていた黒く、重く、無骨なトランシーバーのような機械をにこりと笑って差し出した。


「ああ。別に何ということもないんだが。」


カメレオンの舌が獲物を捕らえて戻るようにすばやく、袖の中にその機械は吸い込まれた。


「さっきの放送、桜庭君は青崎クンがここにたどり着けると踏んでいるのかな?」


腕を組んで、壁に背を持たれかけさせている愛生は顎を引いたままちらりと上目遣いで圭吾を見つめる。その色はやや、冷たい。


「ああっ!愛生先輩、僕を呼ぶときは桜庭と呼び捨てにするか、圭吾と呼んでください!」

懇願する小動物のように目を潤ませる圭吾に、愛生は一つため息を吐いて。


「桜庭。どうなんだい?」


事務的に一つ。しかし圭吾は花が咲いたようにうれしそうに微笑んだ。


「あははは〜、普通は無理だとは思うんですけど…」


「けど?」


「ああ、僕が何もないのに急に倒れたら、即僕が居た位置を撮影してくださいね。」


「ふぅむ。それはどういう……」


急に、パントマイムのプロがハンマーで横殴りに弾かれた様を演じたように。


愛生と相向かいで壁にもたれていた圭吾の顔が弾け、勢いのまま玄関に倒れこんだ。


パシャリ。


半ば反射のように手に持つポラロイドのフラッシュを焚く愛生。


自動小銃の廃薬莢が転がるのと同義の、ジーという音が玄関に鳴り響き、吐き出された一枚の写真は次第に鮮やかにすべてを映し出した。


「なるほど、なるほどそういうわけか。不思議な話だが…納得だよ。それに、信じられない話というわけでもないかな。」


大きくかぶりを振ってから、まるで鉞を振り下ろすように拳を振るったのだろう。


投球後のピッチャーのようなモーションで、そこに居ないはずの青崎が確かに写真に収められていた。


「そして、認識できたことにより私にも分かるようになる、か。いや、恐らくはキミが未だに、スクープを抱えているから、だろうね。」


「イタタタタタ…明巳ちゃんに殴られた後だからホントに堪えるなぁ。」


左頬をさすりながら、靴箱に背を押し付けてやっと立ち上がる圭吾。


「どこにいるの?伸ちゃん。うすうす思っていたけどやっぱり透明になれるんだねぇ。」


痛みで歪んだ笑みを浮かべながら、圭吾はきょろきょろとあたりを見渡した。


「桜庭。『青崎クンは君の正面で、もう一発見舞おうとしているよ。』」


伸は振り上げた拳をぴたりと止め、その言葉を放った先輩へ、未だ壁にもたれている祇園愛生へ視線を向ける。


「俺のこと、見えるんですか?」

「いや、まったく。」


ただ。と愛生は哂う。


見えず。聞こえず。触れても気付かぬ筈の伸の言葉を理解して。


「キミのそれと同じようなチカラなんだろうね。私がスクープを探り当てる勘というヤツは。どうやら、キミは桜庭が言った以上のスクープを抱えているようだ。それならば、たとえキミが『知覚不可能』になっていようともその姿を『直感的に認識』できる。」


「す、すごいなぁ。本当に愛生先輩は。目の前に居るって言われても僕には見えないや。」


そういう圭吾の視線は真っ直ぐに伸がいるであろう正面に向いた。


「伸ちゃん。満足がいくまで僕を殴ったら、話を、聞いてくれるかな。」


逆に信じられないほど、いつもどおりに。


正面に怒り狂っているであろう伸がいると分かっていて。


尚且つ、一体どんなタイミングでどんな風に何度殴られるのかも分からない状況で。

いつもどおりに圭吾は微笑んだ。


「もう、いいや。早くいかなきゃならねぇし、な。」


毒を抜かれてしまったというのだろうか、もう、こいつを殴る気にはなれなかった。


「桜庭、もういいそうだよ、彼は。君の『話』というヤツには、私も多分に興味があるね。どうやら、私も君に喰われていた様だ。」


「あははは〜、やだなぁ愛生先輩。何を言っているんですかぁ」


「いらねぇ。聞く気もねぇ。」


顔を赤らめている圭吾をすり抜け、伸は自分のくつを取りに進む。


「はいはい、ちょっと待ちなさいよ、青崎クン。私の言い分はこうだ。見えないのだと認識したのなら、君を捕まえるべく取る方法が変わるだけだ、とね。そして明日の新聞の一面は捕まえた君の記事で埋まることになる。ただね、ここまできたらそれは不本意なんだよ。私は自分で納得できないものを記事に仕上げることなど真っ平ゴメンでね。」


「知るかよ」


伸はつかっけるようにくつに履き替えて、玄関のドアに手をかける。


「え?あれ、伸ちゃん。ダメだよ僕の話を聞いてくれなくちゃ。そのまま行ったら明美ちゃん達を助けられないよ〜。」


「なに?」


「おや?」


「僕はね、伸ちゃん。僕のために、そして僕が役に立ってあげたい人のために最もスマートな選択をしたつもりなんだよ。」


寄りかかっていた靴箱から数歩前に踏み出す圭吾。


さっき明巳に殴られた右頬をさすって。


「僕が文化部を総括指揮したのは本物のストーカーを確実に割り出すため。明巳ちゃんの考え通りにコトが進んでも、もし本物が出てこなかったなら伸ちゃんが不利になるからね。」


「なんだって?それじゃ…」


「はははははは!なるほどね。そうかそうか。ジョウホウと人手が必要だった。だから桜庭は親友を裏切って新聞部に入部したってことか!」


「愛生先輩勘違いしないでくださいよぉ。だからって、愛生先輩の役に立ちたいって気持ちは本当なんですからねー!」


「大丈夫だよ桜庭。だからって君を追い出すつもりはないし、確かに私は君に喰われていたらしいんだからね。これは一本とられたな。」


やれやれ、私もまだまだだと、あいまいな笑みを浮かべた愛生は肩をすくめて見せる。


「よかったぁ。それでね、伸ちゃん。僕は今までのストーカー被害の時間、場所、天気、その時の詳細な状況、そして今日の帰り道におけるストーカーの強攻策の可能性をすべてひっくるめて。それとさっき、文化部員一人を使いに出して確認したよ。明巳ちゃんと大澤さんはまだ家に着いていないって。もうとっくに着いていてもいいのにね。」


「それで?桜庭。」


「強硬手段に出たんだろうねぇ。ストーカーは。探りを入れたとおり、そんなことが出来て尚且つ、女の子とはいえ二人も隠せる大きな家を大澤さんの帰宅ルート上に持っている一人暮らしの学生は、たった一人だけ。」


「圭吾…」


「良かった。伸ちゃんが見えるようになったよ。それに、まだ圭吾って呼んでくれるんだね。」


「は?」

目を真ん丸くしてから。思い出したように伸は小さく笑った。


―――そうか。

裏切られていたわけじゃないってわかったから、インビジ・ブルーが解けたのか。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

仁王立ちから上半身だけ直角にお辞儀したような格好で、長く長く息を吐く。


肺の中を空っぽにしたら、小首をかしげている圭吾に歩み寄った。


軽く、左手を握る。


そして、その左拳を圭吾の右頬に捻じ込んだ。


「まぎゃぁぁぁっ!」

ボールが跳ねるようにあっさりと吹っ飛ぶ圭吾。たっぷりと目に涙をためて、崩れた体勢のまま振り向いた。


「伸ちゃん、ひどいよ、ひどすぎるよぉっ」


「これで、全部水に流したってコトで。」


「両頬殴られるのは今日が初、なのに本日二度目だよぉ……。」


よよよよよ、と泣き崩れるようなしぐさをしてからさっぱりと圭吾は立ち上がった。

制服についた埃をパンパンと払う。


「インパクトの瞬間に首を回して衝撃を減らしやがったな?」


「ふふふふふ、まだまだ甘いね伸ちゃん。明巳ちゃんのと比べたらツルッとスッピンだよ!」

「あ〜……『月とすっぽん』、な。意味わかんねぇよそれ。」

「湯上り卵肌〜的な?」

「ボケ倒しか!」


二人のやり取りを見つめ、いつの間にかとり落としたごく些細なものを思い出したようにゆっくりと目を瞑ると、愛生は自らの武器である一眼レフカメラから弾丸フィルムを抜き取り、中身を引きずり出した。


「あ、愛生先輩?一体何を……」


「なぁに。気の紛れという奴さ。」


愛生は口の端だけきゅっと、小さく微笑んでみせる。


どこか悪戯っぽいその微笑みは、いつものクールなイメージとのギャップもあって、とても、可愛い。


伸と圭吾は、一瞬だけ顔を見合わせてから思わず数秒間見とれてしまった。


「私も、人間だからね。偶には、野暮なスクープなどよりも大事にしたいものもあるさ。」


どこか、自嘲的に感じる口調でそういい、再び愛生は肩をすくめた。そして例の黒いトランシーバーのようなものを取り出して放送をジャック。


『新聞部部長祇園愛生だ。校庭南よりの総合体育倉庫内に、青崎伸が逃げ込んだらしいという情報が入った。郊外に配置されている捕縛人員は総出で裏門周辺を固めるように。尚、屋上に配置の弓道・アーチェリー部は校庭側、特別棟の屋上に配置を変更のこと。以上。』


「ふぅ。これで、今の青崎クンでも正門からたやすく出れるだろう。早く行ったほうがいい。今の放送を聞いて校内組も功を焦って玄関へ押し寄せるだろう。私はここで何も見ていない。でも、彼らはここでストーカーを見つけるかもしれないからね。」


「祇園先輩、ありがとうございます。」


「ふむ。気にしなくてかまわないよ。私は私がやりたいようにやるだけだからね。」


「う〜ん。じゃあ、僕もここで。伸ちゃんこれをもってって。」


圭吾が伸に渡したのは手のひらにおさまるくらいの小さいメモ。そこには圭吾が調べたことの主要な内容が書き込まれていた。


「サンキュ。圭吾」


「ん、気をつけてかっこよく頑張ってきてねぇ。」


ひらひらと手を振る圭吾と、微笑を浮かべて頷く愛生の二人に軽く頭を下げるとすぐさま伸は駆け出した。


伸は一直線にメモにある、義美と明巳が帰っていった道を走っていった。







長いため息を吐いて、まるで学校の壁に溶け込もうとしているように祇園愛生は柱にもたれた。

「まいったな。してやられたよ。」


「そんなぁ。してやられただなんて。」


「いや、違う。」


愛生は自分の秘密手帳を取り出してないように目を通した。


「すっかり失念していたんだよ。さっきの説明で当てはまる人物に心当たりはある。」


「……愛生先輩。」


「いや、気にすることはない。桜庭、新聞の編集作業は二人でやるには忙しいぞ。覚悟しておいたほうがいい……。さっきのは、それとは違って、ただ、な。」


「?」


歯切れの悪い愛生の様子に、小動物のように目を丸くして頭にクエスチョンマークを浮かべる圭吾。


彼をよそに、愛生はポケットの中に忍ばせてある、伸が写っている本物のフィルムに指を這わせた。


そして、思う。


本物のストーカーである可能性が高い『真鱈目雅明』よりも、私の直感に引っ掛かったのはやはり青崎伸だったのだと。


つまり、まだ、このスクープには真犯人を捕まえるよりも大きな『先』があるということを。


目の前にはまだ一枚も撮影していないフィルムがワカメのように伸びきって転がっている。


「……しまったな。弾が、足りればいいんだけれど。桜庭、一度部室に戻ろう。」


今更ながら失敗したと苦笑して、愛生は部室へと足を向けた。


より大きなスクープを手に入れるための、部室内のなけなしの弾丸を補給するために。



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