第十二話『鉄拳』
「あ、ゴメン義美、ちょっとこの女子トイレでまってて。さすがにここまで変態は来ないと思うから。ごめんこいつと話があって。」
「あの、すこし、あ、どういうわけですか、ま、明巳がいうなら入っていないこともないのですけれど。」
「ウン、すぐに済むからチョットだけお願い。」
「わかりました。」
おとなしく義美はトイレに入っていった。ソレを確認してからすぐさま明巳は階段下のスペースへ圭吾を引きずり込む。
「まず、何か言いたいことはある?聞いてあげるから。」
「あ、あはは〜。そんなに怒らないでよ明巳ちゃん。」
「怒るわよ!」
ゆらりと背後にやたらマッチョな般若のス●ンドを発現させながら自分の胸の前に拳をあげる明巳。
ビィキィ、なんてその甲に血管が浮かぶ。
「伸を裏切ったいきさつを説明しないならもっとね!」
「裏切ったなんて、勘違いだよ明巳ちゃん。僕は最愛なる愛生先輩に、伸ちゃんが大スクープを巻き起こしますよって教えただけでぽぎっ」
明巳の会心の右フックが圭吾の左頬を抉る。
「痛いなぁ。もう、いくら明巳ちゃんとは長いからってそりゃないよ〜。」
「黙れ!私は、あんたが、なぜ、伸の信頼を、裏切ったのかって、聞いているのよ。それ以外は、一切、聞く耳なんて、もっていないのよ。」
鼻血を流し拳大に赤く腫れ上がっている頬をさすりながら、依然微笑を絶やさずに圭吾は続ける。
「最後まで聞いてよ。僕はね……」
しばらくの静寂。
その後、メゴッなんて音が特別棟の階段に螺旋状に響き渡った。
「ゴメンお待たせ義美、今日は危なそうだから、そろそろ、かえろっか。」
「ええ、ええ。もうお話は済んだのですか?」
「ん〜、まあね。」
「……それなら、いいのですが。」
明巳と義美は肩をならべて歩き出す。そして、しばらく。
這い出すようによろよろと圭吾は階段下から右頬を押さえて出てきた。
左右の頬を拳大に腫れさせている様は、童話の瘤取り爺さんのオチに出てくる悪いおじいさんのようだ。
「いはいなぁ。すなほにせつめひ、ひはんだから、何も殴らなくてひひとおほうんだけど…」
階段の手すりに寄りかかって、廊下の角を曲がろうとしている小さい二人の背中を見やったとき、かすかに背にする手すりから振動が伝わってきた。
「あれ?」
振り向くと、そこには同じ新聞部員である真鱈目雅明。しかし彼はというと面倒そうというか、露骨に拒絶をするようにというか、その眉根をひそめて圭吾を見下ろしている。
「あ、真鱈目雅明君!挨拶遅れちゃったけど、僕は桜庭圭吾。同じ新聞部としてこれからよろしくねぇ。」
「僕の名前を知っているなら自己紹介は必要ないだろ。それと、別に同じ部だからって馴れ合うつもりはないから。」
「あははは〜、手厳しいなぁ」
「邪魔だからどいてくれないか?」
手すりに左手を添えたまま階段を下りてきた真鱈目は自分から道を譲るのが気に入らないらしく、手すりに寄りかかる圭吾を睨みつける。
「あ、うん。」
圭吾は素直に道をあけて、にこりと笑いながらそんな真鱈目を見つめた。
「雅明君、でいいかな。雅明君は…」
「真鱈目。」
「あ、うん。真鱈目君は何でこんなところに?」
「別に、小日向高校生が高校内のどこにいても問題はないだろ。」
「いや、ほら。真鱈目君はこの騒ぎにあまりかかわりたくなさそうだったのに、ちゃんと二人のことを警護してるんだなぁって。」
「どういう意味で言っているんだ?ソレは。」
振り向きながら、圭吾を見やる真鱈目の目は、その切れ長のせいもあり鋭く睨みをきかせているように見える。
「やっぱり、真鱈目君も愛生先輩のことを尊敬しているのかなぁって。」
目をキラッキラ輝かせて、圭吾は空を仰いだ。ソレを見やり、さして興味もなさそうに、ふぅん。と唸ってから。
「別に。厄介ごとをとっとと終わらせたいだけだ。」
新しいおもちゃを手に入れた子供が、古ぼけて飽きた昔の玩具を見るような目で最後の一瞥をくれて、真鱈目はきびすを返した。
「あ、じゃあ、また後でねぇ〜。」
そんな背中に圭吾は手を振って、そして再び一年九組へと戻った。そしてすぐさま伝令役をならべる。
「え〜っと。伝令役の皆さん、重要な話をします。まず、多少強引でいいから大澤義美さんの住所を洗い出してくださいな。」
「「それなら小日向市向日葵八四五−五番です!!」」
伝令達は示し合わせたように声を合わせ、みなで即答した。
「あ、あはは〜、有名なんだねぇ。大澤さんの住所……」
う〜ん、それじゃあ、と圭吾は言葉を区切る。
「すぐに、その住所までの帰宅ルートを分析、そして何か起こりそうな人通りの少ない場所を選別、それとルート近辺で、この地区特有の旧型民家、大屋敷、特に蔵なんかがある家に暮らしている一人暮らしの小日向学生の割り出しをお願いねぇ。」
「「「はいっ」」」
圭吾は、一斉に強歩で各々の部に伝達に向かおうとする伝令の一つ、オセロ部の伝令だけを呼び止める。
「ええと、次の条件を満たすオセロ部員を一人、ここに連れてきてくれるかなぁ。まず、ダイダイクラブに所属していないこと。それで、次が運動部と、ライバルの部に貶された報復に燃えて現状に参加していること。これは極秘でお願いね〜。」
「はい!」
にこりと能面のような笑みを浮かべ、圭吾は窓から、伸が飛び降りた中庭を見つめる。
「さてと。後は、どうやって伸ちゃんを……」