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プロローグ

ここは埼玉県にある小日向高校。


生徒数九百三十七人、どこにでもある普通科の学校である。


裏門の南側から順に、校庭、体育館および図書館、食堂、特別教室などがある三階建ての特別棟、教室や職員室がある四階建ての一般棟、そして正門がある。


それぞれが渡り廊下でつながっていて屋上に出るためには鍵が閉まった一般棟四階の扉から出るしかない。


校門は校庭の西側に小さいものが、生徒用、教師用の玄関の真正面に電動の大掛かりなものがあり、校舎の外観は限りなく白に近いクリーム色。


一般棟の東側西側に入り口と階段が、校舎の両端の外側にはそれぞれ屋上までつながった鉄製の非常階段があり、東側に駐車場つきで職員室の正面、教師専用の玄関、西側に生徒用の玄関がそれぞれの階にあり、一階から順に一年二年三年の教室がある。


四階には第一、第二多目的室、視聴覚室、生徒会室、倉庫、開かずの間となっている。


入学当初は開かずの間ってなんだろうと思ったけれど校長のジョークだろうと無理に納得した。


昼休みの今、俺こと一年生、蒼咲あおざき しんが立っているのはどこの高校でも一本はあるであろう、少し大きめの桜の木のしたで、《ここで告白をすると恋が実る》という伝説があったりなかったりする場所だ。


サクラが散って今は青々とした葉が、梅雨に入る前にためておこうとしているように太陽光をこれでもかと浴びてさわさわと揺れている。


そして、正面に居るのは階違いのクラス、一年九組の大澤義美という女の子。


「あ、あのぅ……。その……」


大澤さんは言いよどみながら、もじもじとしながら顔を赤く染めていた。


もっとも、伝説があったりなかったりするこんな場所に女の子を呼び出したのだ。


こっちが何をしたいのかなどすでに相手には分かりきったことで、この反応はある意味当たり前である。


そう、俺は彼女に惚れている。


そのきっかけは廊下ですれ違ったときに電気が走ったからだ。


俗に言う一目ぼれ。


クラスの階違いで今までまったく面識がなかったから名前を知るのからここに出てきてもらうまで散々苦労したのを思い出す。


一体何人に焼きそばパンをたかられたことか……。


苦い過去を飲み下して正面の女の子を見つめた。


いまどき珍しい変則ツインテールで、肩甲骨辺りまで伸びた、日本古来より営々と築かれてきた‘‘黒髪の美意識’’の手本のようなつややかな髪の一部を途中で左右に縛り分けている。

くりくりとしたつぶらな瞳は宝石のようで、春の日差しのような温かい笑顔は俺じゃなくたってすれ違いざまに振り向くことは必至だ。


綺麗、というよりもまだ、可憐と表したほうが適切な、身にまとう柔らかい空気にはとても癒される彼女。


手のひらに汗を握って、彼女に気付かれないようなかすかな深呼吸をして。


「はじめまして大澤さん。俺は一階の一年四組の蒼咲伸。あのさ、……急な話なんだけど…一目見たときから好きになりました!俺と付き合ってください!」


「嫌です!」


「え……?」


チョット待ってくれ、今のやり取りまで、俺の言葉の後のタイムラグがコンマ一秒もなかったような……。


「え……?じゃないです。イヤです。大体なんであなたは私の名前知っているのですか!ストーカーというやつですか?超気持ち悪いです!」


「そういうわけじゃ…」


「じゃあどういうわけですか。さしずめ知り合いに焼きそばパンでも握らせて私のことこそこそ調べたのではないですか!?それをストーカーって言うのです。」


グサリ。


図星です。キッツー…と、いいますか、あんなにつぶらな瞳で小動物みたいにかわいい女の子に、マサカここまで徹底的になじられるとは思っていなかったわけで…。


目の前で、いまだ丁寧語でぎゃあぎゃあ言っている彼女にがっくりと肩を落としただけで、俺はもう声も出ない。


「あら?変態はどこにいったのでしょう。一瞬目を放した隙に居なくなっちゃいました…」


そうこうしていたら、俺は正面にいるってのにきょろきょろあたりを見渡してオオサワサンは不愉快そうにずかずかと教室のほうへ帰っていってしまった。


そうかよ。


見えなくなるほど俺はへこんでんのか。


そりゃあ、失恋した上にストーカーやら変態呼ばわりされりゃあだれだってへこむさ。


ウチの家系は大昔、国家に仇成す敵を暗殺する特殊能力者の多い血筋だったらしい。


ありがたーいその能力の片鱗を受け継いだ俺は極度にテンションが下がる、つまり、ブルーになるとと目視されていても認識されなくなるほど著しく存在感が希薄になる、《インビジ・ブルー》というなんともふざけた名前の能力を生まれつき持っているのだ。


さしずめ、彼女はいつの間にか俺が帰っちまったと思ったんだろう。


「はぁ、このまま教室に戻ってもどうせ出席に数えられないし、午後はふけちまうか。」


この数十秒で一体何度目になるのかわからないため息をついて、俺は教室のかばんを取りに踏み出した。


伝説が嘘だと確信し、もう二度とこの木下には足を踏み入れないと心に誓ってから。



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