第1章 第6話 出発前夜
冒険のプロローグ的な話です。
「お帰り。今日は大変だったわね。」
松村は自宅に着いた。
校内通信か電話で今日の体育館での出来事が親に知れてる筈なのだが。
この母親は優しかった。とにかく優しかった。
あんな大惨事を起こしたのだ。松村家の末代まで知れ渡るような事を。
怒って家に入れてもらえないかとも思っていた。
彼の母親はそんな彼を、優しく迎え入れ、抱きしめた。
松村は家の中で母の惜しみない愛を受けると、途端に泣き出してしまった。
まるで赤ちゃんのように、声を出して泣いた。
そして、母親を抱きしめた。
この理由には、母親の予期せぬ行動もあったが、彼がこれから行うことに胸が傷んだからでもあった。
この優しい母親には全てを打ち明けたかった。秘密なんて無しにしてやりたかった。
でもまさか「私は明日、死地に向かいます。」とは言えない。
母親には「ありがとう」と言った。
どの言語にもこの意味の言葉があると言われているらしい。
一番単純で、一番人間的な言葉だ。
その後、家族と食事を食べた。
彼の家族は父、母、彼自身の三人だ。
「今日体育館で『披露』された棺桶がカラだったんだ。何でだと思う?」
彼は本日最大の疑問を両親に打ち明けた。
両親がなんて答えてくれたか。彼には思い出せなかった。
その頃岡田の家では、出発の準備が着々と行われていた。
288時間分の、つまり12日間分の食料は、さすがに彼の発明ではなく市販品だ。
コンペイトウ入りのカンパン10袋に、ジャッキーカルパス。
500mlの水入りペットボトル6本に万能浄水器、これは岡田の発明品だ。
マッチに懐中電灯、どんな世界に着いたとしてもコレらは役に立つ。
岡田がメモを入れた駅前周辺の地図、これは目的地に着いてから必要になる。
着ければの話だが…。
あと、ここ2億年の地球の歴史を記した300頁の事典。
2億年前から5000万年おきに4枚の世界地図。
通過する場所が日本とは限らない。
あと、予備の次元転換装置を2個。
次元転換時に転換する装置(タイムマシン本体を含め)が4個以上あると、各自が拒絶反応を起こし、爆発するからだ。
あと諸々の工具。
以上だ。
そのすべてが終わると、彼はあるものを書きはじめた。
真剣な表情で。
書いていたのは置き手紙だった。
ひょっとしたら、明日死ぬかもしれない。
真剣にそう思えた。
明日から見知らぬ世界で12日間を生き延びるのだ。
危険な未来か、天国の様な過去か。
本当に天国だったら困るが。
そもそも天国=極楽というイメージは本当に正しいのか、なんて変なことを考えたりした。
こうして二人共、その日は眠りについた。
実を言うと、その時二人の頭から、斉藤に関する事実が吹っ飛んでいた。
松村にとって、よく考えたら今日は大変な日だった。
朝っぱらから大勢の前でカラの棺桶をひっくり返して先生に怒られたり。
学校では一日中、皆に哀れみの表情で見られ続けたり。
かと思うと、夕方には夢にまで見たマシンを現実に見て、唖然となったり。
揚句の果てに、「明日死ぬかもしれない」とか言われたり。
松村が見ていたのは明日の方向だ。
「死ぬかも」という事実は関係無く…。いや、その事実と相まって、ドキドキウキウキワクワクしていた。
地下室の笑い。あながち嘘でも無かったようだ。
心から明日が楽しみだった。
短くてすみません、今日は何かと忙しくて…。
前話のあとがきで「明日、いよいよ旅立つ予定」とか書いておいて旅立たなくてすみませんでした。
いつもより短い今回の話ですが、よーく読み取ると実はこの中に、僕が書きたい永遠のテーマが隠されています。
在っても無くても変わらないように見えて、実は第1章のターニングポイントの要素も含まれているのです。(ホントですよ!)
では、次回もご期待下さい。
(こんなんでスミマセン・・・。)