第1章 第3話 放課後
キーンコーンカーンコーン~。
ご存知、授業終了のチャイムだ。
主人公達の通う学校の生徒諸君は、あまり勉強に対して積極的ではないようだ。
授業中はこのチャイムだけが楽しみだ。
指折り残り時間を数えてる奴。
教科書に数字を羅列して書いて、それを一分ごとに一字消す奴。
残り時間一分で教科書やノートを畳みだす奴。
松村が一番目で岡田が二番目、斉藤が三番目というわけだ。
他の皆も同じ様なもんだが、この三人はそれらを派手にやるので余計に先生達にマークされるのだ。
何はともあれ、これで怒涛の英語(二時間連続)の授業は終わったわけだ。
そして、学校も終わった。
「あの約束、覚えてる?」
「はて?何か約束したっけか?」
斉藤の質問に松村がふざけて答えた。
「ふざけないで真面目に答えろよ!」
「バ!怒鳴るな!」
教室中の視線がこの二人に集中した。
人情の抜け落ちたクラスメート達の視線も、岡田の視線も。そして、先生の視線もだ。
帰りの会の真っ最中に、なんと空気の読めない二人組だろうか。
冷酷な視線が容赦なくこの二人組に注がれた。
「で?約束って何だよ?」
学校から三人組が出てきた。
岡田はまだ、二人に軽蔑の視線を送り続けている。…おふざけで。
「松ちゃん、マジで約束を忘れた?」
「バーカ、そんな訳無いだろ。」
斉藤はホッと胸を撫で下ろすが…。まだ安心できない。
「じゃ、言ってみてよ。その約束。」
「あれだろ?三ヶ月後に幕張メッセでやるNHK主催の『怪獣博』を見に行くんだろ?」
「『恐竜博』だよ!ティラノサウルスとゴジラを一緒にすな!」
「冗談だよ、冗談。ティラノサウルスの『チュー』っていう骨が来るんだろ?」
「『骨』じゃなくて『化石』だよ!『チュー』じゃなくて『スー』だし。」
「三ヶ月後の話だろ?なんでそれを今持ち出すんだ?」
流石はオタクだ。素人の間違いやおちょくりにも的確に反応し、誤情報をこれまた的確に修正する。
二人は少し感心した。
「いや、会場の前売り入場券が今日発売だから、一旦帰ったら駅前の金券ショップに行くんだ。」
「よくそんな金があるな。」
「オレがバイトで稼いだ金さ。二人共、一緒に金券ショップに行く?」
斉藤が二人を誘った。
久しぶりに。
本当に久しぶりに。
二人は少し悩んだ様子だったが、やがて結論を出した。
「僕は行かない。新作の発明品がもうちょっとで完成しそうなんだ。」
「オレも無理だ。もし遊びに行ったら、宿題が今日中に終わらないよ。」
斉藤は少しがっかりした様子だった。
「あ、そう。前回誘った時もそう言って断ったろ。二人共。」
すかさず岡田が反論した。
「そんなこと無いよ。前回は…。えっと…。」
「昔すぎて、前に誘われたのがいつかも覚えてないだろ。それとも、僕の誘いなんか気にしてなかったか?」
「バカ!そんな訳無いだろ!」
次に反論したのは松村だった。
「…いっそこのまま…」
「バ!変なこと考えるな!」
場に険悪な空気が流れる。
「……クックック…」
この空気を破ったのは、
「冗談だよ、冗談。クックック…」
突然笑い出した斉藤だった。
「ハ?冗談?ったく、おどかすなよ、たち悪いな!」
「松ちゃんへの仕返しだよ。」
「また昔みたいな事になっちまったのかと心配したよ。」
「まだ四年前の事を根に持ってるのか?あれからは流石に立ち直ったよ。」
「どうだか。」
松村はふて腐れていた。
久しぶりに。
「ホントだよ。恐竜博の話に戻そうよ。」
話を脱線させた張本人は斉藤なのだが…。
「二人共、前売りを買わないと入場が難しいよ?」
「別に買わないとは言ってないだろ。今度買いに行くよ。なあ、岡田?」
「右に同じ。」
というわけで斉藤はアパートの階段を上って行った。
「じゃ、いつ買いに行く?」
斉藤がアパートの二階から声を張り上げていた。
「そうだな。今度三人で一緒に『勉強会』でもするか?」
岡田が苦笑した。
「この三人の中で、遊ぶときに『勉強会』とか言って親をごまかしてるのって松ちゃんだけだって…。」
「最近、特に親がうるさいんだ。再来週の土曜は?」
再来週?
二人共、そこが気になったようだ。
最初に質問したのは斉藤だ。
「何故再来週なの?来週じゃダメなの?」
斉藤がまた階段を降りてきた。
「来週は用事があるんだ。再来週でダメな人いる?」
「僕はバイトが入らなければ大丈夫。」
「右に同じ。」
「OK、じゃ再来週の土曜日ね。」
「了解。じゃ僕家に入るよ。」
斉藤はまた階段を上って行った。
ところが…。
「うわっ!?」
斉藤が階段の抜けている10段目に躓いた。
ガン!
聞くからに痛々しい音が、辺りに響き渡った。
「オイオイ、大丈夫か?」
すぐさま二人が階段を駆け登り、斉藤を気遣った。
「…ああ、大丈夫。」
斉藤のズボンの右膝のところが破れていた。
それに気づいた松村が、彼のズボンをそっと捲った。
「うわ…、ひどいな。」
鉄の錆びた階段が彼の右膝の肉に食い込んで、ズボンが血だらけになっていた。
「大丈夫だよ、松ちゃん。かすり傷だよ。」
「腕はな。自分の右膝を見てみろよ…。あ、やっぱり見なくていい!」
自分の血を見たら、痛みが込み上げてくる。
喧嘩なれした松村はそのことを心得ていた。
「早く家の中に入って手当しろ。立てるか?」
「立てるよ。」
斉藤が予想より軽々しく立ち上がった。
「イタタタ。右足が随分重いな。」
「ここでは見るな、家に入ってから見ろ。じゃ、また明日。」
「うん。じゃあね。」
斉藤は片足で跳びはねながら部屋に向かい、ドアを開けようとした。
「そうだ、斉藤!来週の日曜って暇?」
松村が声を張り上げた。
「んー、多分暇。」
「そうか、分かった。じゃ、ゆっくり休めよ。」
「じゃあね!二人共!」
斉藤は中に入ってドアを閉めた。
前回も書いたが、松村の家から斉藤のアパートまでの距離は約1km。勿論、逆も同じだ。
その1kmは松村と岡田の二人で歩く訳だ。
今日も例外ではない。
「そういえば岡田は今、何作ってんの?」
「え?」
「さっき『新作の発明品がもうちょっとで完成しそうなんだ』とか言ってたじゃん。今日も朝っぱらから元気に発明してたんだろ?」
「ああ、あれね。、内緒。」
「…そんな一言で済ませるなよ。」
「今日中に完成すれば、マスコミに知らせる前に先に見せてやってもいいよ?」
「ハ?マスコミぃ?大袈裟な…。」
松村は笑いをこらえていた。
岡田にはバレバレだったが…。
「笑うなよ。松ちゃんにだけ見せてやらないぞ。」
「『見せてやらないぞ』って、どうせオレと斉藤以外見せる相手がいないガラクタなんだろ?」
「バ!そんなんじゃないってば。」
岡田の態度がいきなり豹変した。
彼は松村の首に腕を回し、路肩に寄ってヒソヒソ話を始めた。
「言っとくけど、今回の発明はマジすごいよ!ドラ〇もんの世界の道具をとうとう発明したんだよ?」
「…。」
「何?何を黙ってるの?」
「『したんだよ?』とか言われても…。」
「ま、明日見せてやるよ。」
二人はまた道の真ん中を歩きだした。
「ところで松ちゃんさっき斉藤に日曜日が空いてるかどうか聞いてたけど、日曜日になんかやるの?」
「お前忘れたのか?日曜が何の日か。」
「そりゃ、日曜って言ったら……。休む日だろ!」
「斉藤の誕生日だよ!」
「あ、そうだったか!アイツ何歳だっけ?」
「17だ。三人の中でアイツが一番生まれが早いからな。」
「ふーん。結婚できるようになるまで後一年だな。」
「…」
斉藤が沈黙した。
岡田はハッとして、
「いや、例えばの話だよ。例えばの…」
「なんだよ、そのフォローみたいなの。」
「…いや、つまり……、その……。生き急ぐ必要は無いと言いたいのであって…」
「オレ、全然生き急いでないけど…」
「…いや、だから……。彼女ができなくても悔しがるなと…」
「なにそれ?軽くイジメだろ。」
「いや…、イジメとか…、そんなんじゃなくて…」
「『彼女欲しい者イジメ』になってるって…。」
「いや……、違っ…。」
というわけで愉快な月曜日でした、チャンチャン♪。
その日の五時半。
ウ゛~、ウ゛~。
松村の携帯が震えた。
松村は学校に入る度にマナーモードに切り替えるのをめんどくさがって、常時マナーモード設定にしているのだ。
「ん?メールか?」
斉藤からのメールで、同じ内容のメールが岡田にも届いていた。
問題はそのメールの内容だ。
「今駅前にいる。さっきから誰かに尾けられている。」
誰が?
何のために?
取り合えず現時点の謎はこの二つだ。
松村は岡田にメールした。以下がその内容だ。
松村「斉藤からのメール見た?」
岡田「見た。誰に尾けられてんだ?」
松村「さあ」
岡田「っていうか、アイツあの足の怪我で駅前に言ったのか?」
松村「ま、オタクの精神には従ってるな。」
岡田「何それ?」
松村「恐竜博の券が今日発売って言ってたからな。早めに手に入れたい気持ちはわかる。」
岡田「なるほど、そういうことか」
松村「そういうこと」
岡田「オイ、そういえばアイツ、バイトの金持ってったんだよな!?」
松村「あ!借金取り!」
岡田「どうする?」
松村「ま、ほっとけ」
岡田「ハ?このままじゃ斉藤がやられちまうぞ!」
松村「大丈夫だよ、あの駅前って交番が二カ所あるし。流石に街中でかつあげしたりしなよ。アイツも用心してるだろうし。」
岡田「ま、そうだな」
松村「オレ、コレから夕飯だから、メール送んなよ。」
岡田「了解」
松村「送んなってば!」
以上だ。
この時、助けに行っていれば、あんな事にはならなかったのに…。
夜十時。
松村の家に一本の電話が入った。
信じられないような、信じたくないような電話が。
余談なのですが…。
僕がこの小説を書くとき、大抵は映画音楽家のトーマス・ニューマンさんの音楽を聴いています。
音楽の緩急の付け方が絶妙で、それをいろんな意味で意識しながら書いてます。
僕がこの小説を映画化するなら迷わずこの人の音楽を使います。
皆さんもこの小説を読むときは是非、トーマス・ニューマンさんの音楽を聴きながらなんてどうでしょうか?
オススメは「ファインディング・ニモ」、「アメリカン・ビューティー」のサントラです。
リラックスの一時にどうぞ。