第1章 第2話 通学路
やっと本腰入れて、物語スタートです。
「じゃ、行ってきまーす!」
松村が制服姿で家を出た、毎朝の光景だ。
とは言うものの今日は月曜日、週休二日制の学校に通う学生にとってこれ以上に嫌な曜日はない。
オマケに月曜日の時間割には英語が二時間入ってる。
なんで英語なんて異国語を、この英語圏でも無い日本の国民が学習しなきゃならんのか…。
英語圏じゃないからか…。
中国人は英語の構造に比較的近い言語を使っているため、英語の習得が簡単だという。
逆に中国人や英語圏の人々は日本語を習得するのが困難だという。まるで英語を習得しようとする日本人の様に苦労するらしい。
まったく…
「めんどくさい国に生まれたもんだなぁ…」
松村には通学途中に日課がある。
ドンドンドン!
「オーイ、出てこい。ヤッホー。」
とあるボロアパートの204号室のドアを連打する。
斉藤のアパートだ。
いつもなら、朝っぱらから他人の家のドアをドンドンとノックしたりはしないが、月曜日はやるのだ。
「出・て・来・な・い・と・置・い・て・く・ぞ・!…」
ドカン!
突然開いたドアが見事、松村の顔面に激突し彼をノックアウトした。
「オハー…。あれ?」
斉藤が寝起き早々見たモノは、顔をぶつけて悶絶している松村だ。
「松ちゃん、またぶつけたの?目が覚めたろ?」
斉藤にはいつもの光景だ。
毎朝たてづけの悪いこのドアを開けると、松村がどこかをぶつけて悶絶している。
松村はやっとこさ立ち直った。
「おかげさまで目が覚めたよ。いい加減ドアを直せよ。」
「松ちゃんこそ、いい加減月曜のドアノックは止めてくれよ。父さんの機嫌が悪くなる。」
「じゃ、いつもこの時間には外に出て待っててくれよ。オレがお前を待たせたことが何度ある?」
「ハイハイ、たったコレだけだったね。」
斉藤は右手で「0」を作った。
斉藤のアパートから歩いて10分程の場所に、松村の2ヶ所目の目的地がある。
学校方面の反対側のため、松村は毎朝いつも普通の人の30分早く家を出る。
「にしても、さっきの『父さんの機嫌が悪くなる』ってどういうことだよ?」
「だから、僕の父さんが起きて怒り出すって意味で…」
「そうじゃなくて、何でお前が自分の父さん相手にそんなにビクついてるかを聞いてるんだよ。」
「何でって、家の父さんが朝から怒り出すと面倒だからだよ。」
「…。ホントに『面倒』だけが理由か?」
「どういう意味?」
「お前、父さんの事が恐いのか?」
斉藤がカッとなった。
久しぶりに。
「バ…!そんなわけ…!」
「…ん?」
「そんなわけ…無いことは無いけどさ…。」
彼は脱力した。
「そんなわけ」はイヤって言う程ある。
彼が黙り込むのを見て、今度は松村が口を開いた。
「お前も男になれよ! その真っ白な肌を捨てて、もう少しナマキズやアザを作れ!」
「…」
第二の目的地に着いた。
二階建ての一軒家だ。
道路側に玄関口が何と二つあり、片方には「1F」、もう片方には「B1F」と書かれている。
「今日はどっちからだと思う?」
「さあ?松ちゃんはどう思う?」
斉藤はすっかり立ち直った様子だ。
「『地下』に500円、松ちゃんは?」
「『地下』は今月に入って三回目だ。流石のアイツでも連日はキツいんじゃないか?」
「そうかな?」
「『地上』に1000円だな。」
「…マジで?ファイナルアンサー?」
「オレに二言は無い。ファイナルアンサー。」
「…OK。じゃ、呼び出そう。」
二人はインターホンを押した。
インターホンは「1F」のドアの隣にあり、カメラ付きだ。
間もなく、インターホンから声が聞こえた。母親の声だ。
「はい?岡田です。どなたですか?」
「毎度お馴染み、僕らです。」
松村が返事した。
「ああ、おはよう。ちょっと待っててね。」
インターホンからブツッっと音がして、無音になった。
松村が首を傾げた。
「どうした、松ちゃん?」
「いや、カメラが付いてるのに『どなたですか?』は無いだろと思って…。」
ガチャッ
「インターホンのカメラが壊れてるんだ。」
どこからか声がした。彼らの耳には聞き慣れた声だ。
最初に挨拶したのは斉藤だった。
「おお、オッハー!!!岡田!!!!」
何故こんなに元気に返事したかって?彼が予想通り「地下」から出てきたからだ。
彼が「地下」から出てきたということは、昨日徹夜だったか、朝っぱらから元気に発明していたということだ。
「今日は斉藤の勝ちか。ドンマイ、松ちゃん。1000円は残念だったな。」
「『1000円は残念だったな』って、どうやって会話を盗み聞いたんだ?」
「『盗み聞いた?』だって、人聞き悪いな。これだよ、これ。」
彼はポケットからお手製の高感度集音機を取り出した。
携帯の様な形で、ワイヤレスマイクで拾った音をカナル型イヤホンで聞けるという代物だ。
松村が質問した。
「お、新発明?」
「『9歳箱』を探ってたら出てきたんだよ。」
「え?あの『ガラクタ箱』にこんなマトモな物が入ってたっけ?」
「シッケイな!昔っからマトモな物しか作ってないってーの!」
松村がまたも首を傾げた。
「…そうだったっけか?」
「っていうかコレ『高感度集音機』というより単なる『補聴器』だよね。」
斉藤まで釘を刺しにかかった。
「ウルサイナ!ほっとけ!学校行こう!」
岡田は「地上」のドアを開けると、「友達向け口調」をがらりと変えて、「行ってきまーす!」と叫んだ。
さて、これでようやく3人揃って学校に向かうわけだ。
岡田の家から学校まで3km、山あり谷ありと言うほどでもないが、寝起きの足にはかなりきつい。
前述の通り、松村と斉藤は学校とは反対方向にある岡田の家に寄ってから学校に通っている。特に松村は家から1kmの斉藤の家に行ってから迂回して、そこから2kmの岡田の家に向かう。
逆の順序で寄ったとしても、岡田の家から斉藤の家だと学校と方角が違うので、やはり同じ距離を歩くことになる。
つまり、毎朝6kmの距離を歩くわけだ。
バスはあるが、三人共健康とバス賃を払えない斉藤の事を考えて、敢えて徒歩で行く訳だ。
勿論、この状況について、毎朝6km歩かされている松村が文句を言っていない訳ではない。毎週月曜日に、もれなく文句がとぶ。
「あのさ。岡田。」
「何?」
「月曜日だから言うけどさ…」
「ヤダ。」
「『ヤダ』って何だよ?まだ何も言ってないじゃん。」
「どうせ毎朝僕に迎えに来いって言うんでしょ?ヤダよ僕。」
「って言うか、オレが二人を迎えに行くのって根本的におかしいだろ。」
「おかしくないよ。朝起きるの一番早いのって松ちゃんでしょ?」
「お前らを迎えに行くためだろ!でなきゃこんなバカみたいに早い時間に起きるか!」
「まあまあ、僕は毎朝3km歩いてるわけだし…」
「オレは毎朝6km歩かされてるんだよ!」
激しく憤慨する。
毎週の光景だ。
そしてもう一つ、毎週月曜日の定番の光景がある。
できれば避けたい光景だ。
「オイ、斉藤ォ。」
背後から、ゾッとする怖い声が聞こえた。
というより、子供を怖がらせる声というべきか。
三人はうんざりした顔で振り返った。
「あ、チンピラ。俺達、今登校中なんだよ、マヌケ!」
罵声を浴びせたのは松村だった。
「ア゛ァ?テメエには用は無ぇんだよ!」
斉藤目当ての借金取りだ。
毎週毎週、この場所で襲って来る。
奴らは当然子供を怖がらせるプロなわけだが…
「斉藤はゲスを相手にする程暇じゃ無いってさ。出直せよ、ハゲ!」
あいにく、彼らはもう子供じゃない。
「ア゛?やんのか?テメエ!」
「ああ、お前をな!」
借金取りはナイフを取り出した。
子供相手に。
この場合の3人のポジションはこうだ。
まず、松村と岡田が前に立ち、狙われている張本人は後ろに下がる。
そして、前の二人の間で「チンピラに勝った方に1000円」トークが繰り広げられるわけだ。
「今週の賞金は僕がもらうぞ!松ちゃん。」
岡田が道具が取り出した。一見ヨーヨーの様だが、れっきとした武器になってる。
「おいおい、武器を使うのかよ?」
「だってアイツ、ナイフ持ってるじゃん。松ちゃんは素手?」
「足だよ。」
「あっそ。ま、頑張って。」
「くっちゃべってんじゃねぇよ!テメエら!」
いい加減、無視されてた借金取りがキレ出した。
「早く金返せよ、斉藤ォー!」
ドス!!
鈍い音が響いた。
もう一言言うと…、
松村の勝利の音だ。
松村の右足が、借金取りの股間に直撃していた。
借金取りはこの世の人間とは思えない様な顔をして、無言でその場に倒れた。
震える手で股間を押さえて…。
松村が勝利の一声をあげた。
「イェーイ、オレの勝ち!岡田、1000円よこせ!」
岡田はうんざりした。3週連続の負けだ。
「っていうか。毎週思うんだけど、負けた方が勝った方に賞金を払うのはおかしいだろ。斉藤が払えよ。」
「斉藤がそんな余計な金持ってるんなら、こんな借金取り何かに襲われるわけねぇだろ!」
「今日は松ちゃんからせしめた金があるだろ。」
「ぐだぐだ言わずにさっさと払えよ!1000円!」
岡田はぶつぶつ言いながら財布を取り出した。
「真の敵は内にいるなり…」
「何だよ、岡田?」
「なんでもないよ。さ、学校行こう。」
岡田は松村に1000円を払うと、早足で先に行った。
「おいおい。怒るなよ、岡田。」
二人も後に続いた。
悶絶する借金取りをその場に残して…。
借金取りは、その10分後に斉藤が通報した警察官に無事保護されたので、心配は無用だ。
「喜劇」終了の5分後。
笑い話をしながら、何事もなかったかのように登校していた。
「それにしても、毎週借金取りが現れる度に、オレと岡田しか戦ってないような気がするんだけど…。」
言いだしたのは、さっき「男になれ」発言をした松村だった。
「そうかな?」
「そうだよ。たまには自力で倒そーとか思わないの?」
「…」
斉藤は沈黙してしまった。
というわけで、以上が彼らの月曜日朝の光景と言うわけだ。
すでにコレだけで盛り沢山な気もするが、更にここから真の地獄…。いや、学校が始まるのである。
オマケに暗号…じゃなくて、英語の授業がなんと二時間連続。
3人の気が早くも狂いはじめていた。