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楼蘭の櫛

作者: qmmkruz
掲載日:2026/04/08

短編です。よろしくお願いします。

楼蘭(ろうらん)(くし)


「情けはヒトの為ならず」という慣用句に、続く言葉があるのは有名なハナシだ。

「ヒトを呪わば穴ふたつ」

この慣用句にも、実は続く言葉がある。

そんな話をしよう。


それは呪物らしい。目の粗い古い櫛。

古いことはわかるが、妙に艶めいて見える。

左右対称なのでいずれが右か判断が付かないが、20本の歯のうち端から3本を欠いている。


かのスウェン・ヘディンが指揮する楼蘭調査隊、そのうちの誰かが持ち帰ったという

ロマン溢れる怪しさ満点のフレーバーテキストに惹かれ、ネットで落札した。


出品者は既に居ない。落札したサイトからエントリを削除してしまっている様だ。

それなりの金額ではあったが、気晴らしになれば良し。

ヤツの歪んだ顔が拝めたなら尚良し。


私の名は斧崎(おのさき)、会社員だ。

中堅の上あたりにいる電子部品メーカーで、営業リーダを任されている。


担当する製品の売上は好調。私が企画にも参画した自信作でもあり、自身の成果である自覚も自負もある。

仕事が彼女、言い回しが古いな。


今は定例会議の真っ最中、部下である佐藤からの報告を受けている。

彼は担当の取り纏め役。


他社の新商品による売り上げ低下と回復の見込みが報告され、注視と状況実績のまとめを指示。


「私からもひとつ」

彼女は鈴木、開発部門とのパイプ役だ。


後継品の開発工程の遅れと回復の見込みの報告。悪いハナシは早めに動く。

うちの二本柱だ。話が早く、楽をさせてもらっている。


「では、他に無ければ終わろう。お疲れ、解散」


会議室を出て自席に戻る。

15m程離れているだろうか、役員の鰓居(えらい)と話し込んでいるのがヤツだ。


3か月前に中途採用され、新設の部署でリーダをしている。

鈴木の報告にあった例の後継品の企画にもタッチしている。


ヒトは平等ではないと判っていても、身近の優れた才には妬心が湧く。


さて、呪い方は簡単。

手で持って相手を見る、30秒程。それを適宜繰り返すらしい。

適宜が何回かは知らないが、毎日でなくてもいいのは勤め人には有難い。


独身サラリーマンの日常なんてワンパターンもいいところだ。

退社して夕食は外食かコンビニ、シャワーを浴び、ネットドラマで寝落ち。

ある意味で最適化された行動に、感情の傾きは無い。


そういえば、バスルームと洗面台の鏡が曇っていたな。

髭剃り歯磨きはブラインドタッチで問題なし、週末で綺麗にしておくか。


ヤツの部署辺りがちょっと無いくらいに騒がしい。何かあった様だ。

アレの効果か?


今日は鈴木から開発部門の状況報告を受ける日だ。その時に確認するか。


どうやら大きな問題が起こり、工程の遅れが甚だしいらしい。

回復の見込みは現状無い。


更に、ヤツの身内に不幸があったらしく喧噪の中、帰宅して行ったよ。

アレの効果だと思いたかったんだよ、そのときの俺は。


他人の不幸は蜜の味、だったか?

こっちはいつものワンパターンな日常。


そういえば、バスルームと洗面台の鏡、曇りが取れなかったよ。

暗緑色っぽいのは気のせいだろうか。大家に言って交換してもらうか。

最近は会社のトイレの鏡も曇ってやがる。あれも、どこか緑がかって見える。


ヤツの部署辺りは数日の間騒がしかったが、今日は静かだ。

今日から出社したヤツの顔も、疲れはあるが落ち着いている。


悪い方か、いい方か。最悪だったらいいのに。

……あれ、俺はこんなことを願う人間だったか?

胸の奥が、じわりとざらついた。


今日は役員の鰓居から至急の呼び出しあり。

行けば鰓居の顔が渋い。これは期待していいのか?


鰓居から部下へのハラスメントを指摘された。

覚えが無いと言えば、ボイスレコーダーを取り出して、再生。


「…売り上げの落ち込みは回復せず。原因は…」

「言い訳はいい、売り上げを回復させるんだよ、お・ま・え・がっ。何年ここに居るんだ?それとも辞めるか?ああっ?」


次の再生。


「懸案だった問題は解決、後継品の開発工程は現在回復中で、来月にはオンスケに…」

「別の問題を出しちゃえよ。俺が図面に手を入れてもいいから、なっ」

「それは…」

「できねえなら辞めてみるか?なぁおい」


また次の再生……。


たしかに俺の声だ。

だが何だこれは。ハラスメントのレベルなど超えている。


狂ってる。


これを俺が……?

別の誰かのモノの様な、靄のかかった奇妙な記憶。


「君にはこれまでの功績を考慮して、進退を決める権利を与える。依願退職を勧めるよ」


残念の気が籠る鰓居の声が、俺――いや、私自身の記憶として蘇らせた。

机の上で堅く握った両手を見つめる以外に、俺にできることはなかった。


「この先は彼の部署と合併させる。心配は無用だ。明日は来なくていい」


退室間際、鰓居は最後に言った。


「洗面所に行っておくといい、ひどい顔をしている」


そうして見送った背中は、あの頃よりも少し小さくなった様に見えた。


洗面所の鏡に自身の顔が映る。

久しぶりに自分の顔を見た気がする。まったくひどいもんだ。


出来の悪いネットドラマに出てくる、イヤミでサイアクなダメ上司の顔。

まさに、それだ。


枯れた細枝が折れる様な、乾いた小さな音が聞こえた気がする。

その音は、私自身の心の中で発したのかもしれない。


諦念を抱えたまま自宅に帰る。

浴びる様に酒を呑み、身体ごと眠らせた。


目覚めれば昼過ぎ、洗面台の鏡には私自身の顔が映る。

昨日よりも大分マシ、皮肉なことに笑みすら浮かぶ。


そういえば、と上着のポケットを探る。件の呪物、無い。

代わりに小さな木切れが一つ。


指でつまんで眺めるうちに、粉になって散っていった。


せっかくなので依願退職をさせてもらった。

佐藤と鈴木には詫びた。

彼らにとってはハラスメントより、私がおかしくなっていくことの方が恐怖だったらしい。

もしかしたら、普段の言動もハラスメント気味だったのではないかと疑う。


で、現在は同業他社で似たようなことをしている。幸いなことに。


件の呪物は結局見つからなかった。それでいいのだと思う。

が、念のためプロに相談、伝手は……当たってみるか。


都内某区にある目立たない雑居ビルの5階。

ありきたりな事務所の、ありきたりな応接セットに私は座っている。


ここの主も特徴の薄い顔と体格。

ちょっとした人混みなら数歩離れれば見失ってしまうだろう。


私がコトの経緯を話し終えると、10秒ほどの沈黙。

そして彼は語り始めた。


ねぇ、斧崎さん。

それはね「楼蘭の櫛」って呪物です。


本当の名前はわからない。櫛かどうかもわからない。

便宜上そう呼ばれてるってコトです。


ちょっと変わったモノでして、持ち主の周囲を呪うんですよ、持ち主を使って、ね。


でね、斧崎さんが呪っちゃうほど気になっていたその方、たまたま不運だったんですよ、多分。

いえ、もしかしたら「斧崎さんの周囲」に入っていたのかも知れない、

それか「斧崎さんの周囲」を呪う手段のひとつになっていたかのも知れない。

でも、たまたま不運だったって可能性の方が高いのかなと思います。


それでね、斧崎さん。

無くなった櫛の代わりに上着のポケットにあった小さな木切れ、あれはね、呪いが終わったときに落とす櫛の歯、なんです。


役員さんとお話しした後、洗面所の鏡に映ったでしょ、顔。

斧崎さんが周囲の不幸に気付けたから、そこで呪いが終わったんです。おそらく。


鏡に顔を映させないのは、この呪いの手段()なんです。

役員さんには感謝ですねぇ。

ああいう呪いを弱めちゃう系の人、たまにいちゃうんですよねぇ。


では本題、今後のことです。心配ありません。

櫛の歯がね、身代わりなんですよ、斧崎さんの。

だからお仕舞、大丈夫なんですよ。


えー、少々お待ちを……。あったあった、ありました。


彼は操作していたノートパソコンの画面をこちらに向ける。

ネットオークションサイトのウィンドウ、そこには見覚えのある目の粗い古い櫛。

20本の歯のうち、端から4本を欠いている。


カーソルが落札済マークの上で円を描く度、画面の光は彼の指先を淡く照らす。


ほうらね。


「ヒトを呪わば穴ふたつ」なんてよく言いますけど、本当はこの後に言葉が続くんです。

「だから…」って続けるのはね、素人さん。だから止めようって言いますよね。


私たちはね、「だけど…」とか「それでも…」って続けるんですよ。知っちゃってるから。

だけど、それでも、ヒトというのは他人を呪おうとしちゃうんです。

昔も、たった今も。


ええ、そういうことです。

読んでくださり、ありがとうございました。

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