5。ジャスパー視点と、聖女からの手紙
《ジャスパー視点》
「君たち中庭で夫婦喧嘩してたね」
呼び出されたデュラン王子の執務室。
「は?…夫婦喧嘩とは…?王子は私が独身だと知ってますよね?」
「…はぁ…仕事中のジャスパーにはユーモアが足りないよ」
どういうことかと聞き返すも笑ってはぐらかされてしまった。
「さて。彼女…どお?」
彼女…
あの日、異世界から転移してきた二人の女性。
どちらが聖女かと聞いた時、進んで前に出たのは「ヤマシタリオカ」
驚き聞き返していた「ハマサキセトカ」
一人だけ召喚したはずの聖女が二人。
二人のどちらが聖女かを見極めるために様子を見ることにしたのだったが、自ら聖女だと名乗るヤマシタリオカの姿はまさにこの国の聖女に相応しかった。
案内された部屋に到着してすぐドレスや宝石を選び、肌を見せつけ王子を誘う。それは誰もが望む聖女そのものであった。
この国の聖女の役目。…それは邪神への貢ぎ物。
数十年に一度、邪神が目醒めるこの国。目覚めた邪神の空腹を満たすのが聖女の役目。
欲に塗れ、妬みや怨みなど腐った思いを持つ者が邪神によって選ばれ聖女となり、その心と体を貢ぐのだ。
「セトカ嬢は、聖女リオカの転移に巻き込まれてしまったようだ」
王子からこの言葉を聞かされた時、私の胸になんとも言えない感情が湧き上がった。
彼女は邪神に選ばれるような心の持ち主ではない。
巻き込まれなければ、もしかしたらまだ向こうの世界で暮らせていたのかもしれない…。いたたまれない気持ちと同時に、巻き込まれなければ彼女に出会えなかったかもしれない…と、今まで感じたことのない…複雑な気持ちに心が揺れた。
「聖女の周りに配置した男たちは、魔術に長けた一族の者たちだ。常に幻覚状態を作り出し、聖女の怨み嫉みを上手く引き出し、漏らすことなく邪神へ送り届けている。夜も…聖女自身が作り上げた好みの男性像で現れる邪神を、毎夜喜んで受け入れているそうだ。今回の聖女は…近年稀に見る良き聖女だと報告を受けている」
聖女に邪神の本当の姿は見えていないのだろう。
対してセトカ嬢の態度は聖女の真逆。
慎ましく、無茶な要求もしない。まあ…一般的と言えばそれまでだが…
仕事がしたいと言われた時はさすがに無茶な要求だと思ったが、そのかわりに刺繍を勧めてみれば、呪われたマンドラゴラを刺し始め驚いた。
「あ…」
「どうした?」
「セトカ嬢からパーティを許可して欲しいとの申し出がありました」
「パーティ?聖女リオカのようなものか?」
それまでにこやかに話していたデュラン王子が、怪訝な眼差しをこちらに向けた。
聖女リオカは毎夜毎夜パーティを繰り広げている。それを想像したのもしれない。
「いいえ。その…セント・クロース・ダイコーンという…マンドラゴラの誕生日祝いをやりたいそうです」
「は?マンドラゴラの誕生祝い??」
「はい。部屋で大ちゃんの誕生をお祝いしたいと。小さなケーキとプレゼント、飾り付けをしたいそうです」
しばしの沈黙の後、王子が腹を抱えて笑い出した。
「よし!私も招待するように伝えてくれ」
。。。
「ええっ?!大ちゃんのお誕生日に王子様が来るの?」
王子様の執務室から戻ったジャスパーさんから、残念なお知らせを聞かされた。
一人クリスマスごっこの予定が水の泡に消えていった瞬間。
「それまでの準備、私もお手伝いします」
「ええ…」それもちょっと…
まあ、私の立場上こっそりとはできないのはわかっているが、まさか王子が…
「はぁぁぁ…仕方ないかぁ…」
ケーキを焼くためキッチンも使いたかったし、もみの木代わりの木とか見たかったし。そういうのはきっと王子の許可が必要だもんね。
大ちゃんのお誕生日とか言えば誰も興味持たないと思ったのになぁ…。
しょうがない。
「よっこいしょ」
重い腰を上げた。
「あの…セトカ嬢」
「ん〜?」
「その「よっこいしょ」の呪文にはどういった意味があるのですか?」
乙女のように首を傾げるジャスパーはほっといて、準備に取り掛かる事にした。
クリスマスをイメージし、星や、ひいらぎ、やどり木、羊や靴下などを刺繍して中綿を入れた10センチくらいのふわふわオーナメントをたくさん作ろう。
そしてアドベントカレンダーは小さな布袋を25個作ることにした。
布袋には1から25の数字も刺繍する。口は太めの赤いリボンで閉じれば絶対可愛い。
「頑張って丁寧に作りたいわね」
さて…袋の中身は何を入れるか…
自分の物なんて一つもない。クローゼットの宝石は…なんか触りたくないし。
どんぐりとか拾うしかないのかなぁ…どんぐりは虫入ってるから怖いなぁ。つかどんぐりあるのかな?
中身をどうするか考えながらチマチマと刺繍をしていると、ジャスパーさんが一枚の手紙を持ってきた。
「リオカ聖女からの手紙です」
『先輩お久しぶりです。お元気ですか?
お互いの近況報告を兼ねて、一緒にお茶でもしませんか?
明日の10時、東の庭のガゼボで待っています
山下莉央華より』
「決定事項じゃん」
え〜めんどくさ。




