4。刺繍を始める。大根の妖精とマンドラゴラ
「今度の聖女はとても良い」
「とても良い聖女が来てくれた」
ちらほらと、そんな噂を耳にするようになっていた。
私はあれから気持ちを立て直し、せめて自分の事は自分でやりたい、そして何か出来る事があるのなら仕事が欲しいと思うようになっていた。
その方が気が紛れるし。
私の部屋を出入りしているメイドのアメリアさんとは少しずつ仲良くなれている気がする。
常に側にいるジャスパーさんは、まあ、変わりないかな。
ジャスパーさんに「手持ち無沙汰なので何かお仕事をしたいんですが…」と申し出てみた。
しかしすぐに「仕事などさせられません」と言われてしまう。
「じゃあ、ネットもないしテレビもない、ゲームも映画も雑誌もない部屋で健全な女子がどうやって過ごせばいいか、教えてください」
「ネット?テレビ…?えっと…。そうですね…貴族の女性は皆刺繍など…」と言い出す始末。
「私は貴族ではないので無理です」キリッ!
「では始めてみては如何でしょう?」にっこり。
無理と思ったが、これをきっかけに教えてもらうことにした。
午後。
布や糸、綿などが部屋に届く。何を作ろうかと考えていると、刺繍を教えてくださる先生が「好きな物を図案にすると楽しいですよ」とおっしゃるので、大好きな大根の妖精を思い出して下書きしたハンカチに針を刺していく。
途中「これはなんですか?」とジャスパーさんが聞いてきたので、大根の妖精の可愛さをこんこんと伝える。
2日後。
なんとかそれらしいものが出来上がった。
「大ちゃん…」…可愛い。
調子に乗って、大ちゃんシリーズをチクチクと夢中で作る。
大ちゃんのおかげで刺繍の腕前が格段にアップした…
私がシリーズで刺した大ちゃんのハンカチを、じっと見つめるジャスパーさん。
欲しいのかな。
「あの。いつもお世話になっていますし、欲しかったらこの中から一つ差し上げますよ」
むふー。と小鼻を膨らませて言ってみる。
「いえ。家にハンカチはたくさんありますので大丈夫です」
秒で断られた。
後からわかったのだが、この国にはマンドラゴラが自生するらしい。
。。。
「じゃあ魔除けにすれば良いのにー」
手足が生えた大根の可愛さがわからないなんて!と不貞腐れ、中庭の散歩に出掛ける。
こちらに来て以来ずっと付かず離れず、私のそばにいるジャスパーさん。
今も少し離れたところからこちらを見ている。
「まあ、仕事だもんね」
デパートなんかで見かけた、奥さんの後について来る旦那さんを思い出す。
あの日、本当は自分にクリスマスプレゼントを買うつもりだったのよね…。楽しみだったアドベントカレンダーも、素敵なオーナメントも…
思い出して大きなため息を吐いた。
「…どうせ暇なんだし、一人でクリスマスごっこでもしようかな」
ツリーを飾ったり、アドベントカレンダーを自分で作ったりするくらい…してもいいかな?
そう思ってジャスパーさんに相談してみることにした。
「ねぇ〜、あなた〜❤︎ちょっとぉ〜」
デパートの夫婦をイメージしながらふざけた調子で言ってみる。
呼ばれた事に気づいた彼がすぐに近づいてきたかと思うと、私の頬を両手で優しく包んだ。
自然と顔が上を向く。
目の前には彼の顔。ブラウンの瞳が真っ直ぐ私を見つめている。
「え…あ、あの…ちょっ……」
何この状況!
「…近すぎ…」そう言うのが精一杯。
そのままゆっくり…顔を寄せてきて……「っっっ!!」
おでこをくっつけた。
「熱はないようですが…どこか具合でもお悪いのでしょうか?」
「なにが?」
「聞き間違いでなければ「ねぇ〜あなたちょっとぉ〜」と、甘ったれた声が聞こえたもので…どこか具合でもお悪いのかと…」
「聞き間違いですよ。そんな空耳が聞こえるなんてジャスパーさんこそ耳の具合がお悪いんじゃないですか?」
「そうでしょうか…」
「そうですよ!」
「あの……何か怒らせたでしょうか?」
「だから何が!」
しょんぼりしたって知らない!




