2。私は聖女じゃないらしい
「どちらが聖女だろう」「どうして二人も…」「ピンクのドレスが聖女っぽいのでは?」
しばらく王子様と他の重鎮らしき人たちが話し合った結果、とりあえずの聖女は山下と言う事に決まったようだった。
「では、聖女様はこちらへ。あなたは申し訳ありません…この者が客間へ案内致しますので、そちらでゆっくりお休みください」と、王子様は山下を連れてどこかへ行き、私はジャスパーと名乗る銀髪の男性について行く事になった。
「突然の事でさぞ混乱されていると思います」
長い廊下を歩きながら、ジャスパーさんが事の経緯をかいつまんで説明してくれる。
「この国はロブラル王国。とある理由で異世界から聖女の魂を呼び寄せました。…その………」
沈黙するジャスパーさんの様子から、その先に言いたいことが窺えた。
「私は死んだのね…」
「…はい…こちらが召喚の儀をした時と同じ時刻に異世界で亡くなった魂を呼び寄せたのです」
「じゃあ私って幽霊?ここは死者の国?」足はあるけど…
「いえ、あちらでは亡くなりましたけれど、こちらでは肉体と魂があります。普通の人として存在しています」
「そう…」
あの時…山下と一緒に階段から落ちた私たちはそのまま死んでしまったのだろう。
ほんのさっきの事で実感はないけれど…もし本当なら、会社も…部長も、皆んなにも迷惑かけてしまったな…
「それで、その…どういう理由でこちらの世界で聖女が必要になり、召喚の儀を行うことになったのですか?」
ジャスパーさんが一瞬ぴくりとした。あれ?聞いちゃまずい感じ?
「その……「ジャスパーさまぁ〜!」
ジャスパーさんが口を開いた時、甲高い声が話を遮った。
「カードラン侯爵嬢…」
「そんな他人行儀な呼び方いやですわ。ローザとお呼びください」
クネクネと嬢が動くたび、胸元が深く開いたピンクのドレスに聳え立つ白いお山が揺れていた。
何かしら。
私、ここにいないほうがいいかしら。
しかしジャスパーさんは前を見つめたまま、ちらりとも嬢を見ない。
「いつも申しておりますが、仕事中の声かけはご遠慮いただきたい」
「でもぉ、わたくしジャスパー様とお話ししたくてぇ…」
甘えた声、うるうるとした上目遣いで白いお山をジャスパーさんにくっつけている姿はまるで…
「山下…」
つい声を漏らした事で、初めて嬢がこちらに目を向けた。
「あら、こちらの奇妙な女性はどなた?」
奇妙?それは余計。
「貴方が知る必要はありません」
ジャスパーさんがちょっと強めに言うと、サッと顔色を悪くした嬢。
「ひどいですわ。まるでわたくしが邪魔なような物言いをなさるなんて…」
いや、邪魔なんじゃないの?と心で呟く私。でも黙っている。
「カードラン嬢。今は公務の最中です。どうぞお引き取りください」
「……でも…わたくし…」
涙なんて出ていないくせにハンカチで目元を拭う仕草なんてしている。
「失礼します」
ジャスパーさんが私に向き直り、申し訳ありませんどうぞこちらへ…と前を歩き始めた。
ちらりと嬢を見やると、さっきまでのしおらしさはどこへやら。鬼の様な形相で私を睨みつけていた。
嬢のせいで大事な事を聞き逃してしまった気がする。なんだっけ…。
気まずい空気漂うも、めんどくさくて黙っていたらジャスパーさんと目が合った。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「いえいえ〜お気になさらず〜」
お気になさらずとは言ったものの、男女の仲はめんどくさいなぁと思わずにはいられなかった。
さっき死ぬまで、ずっとお一人様万歳精神でやってきたわけだし。
ジャスパーさんに対してだって、山下が喜びそうなイケメンだなぁって思っただけだし。
「こちらです。少し狭いのですが…」
案内された部屋はアパートのワンルームよりはるかに広く、掃除が行き届いた清潔な部屋だった。
薔薇の模様の赤い一人掛けのソファが好みで可愛い。
「何か必要なものがありましたら、なんでも…例えばドレスや宝石などもお申し付け下さい」
「ドレス?ドレス必要ですか?」
「必要であればどうぞ」
「あー…はい。今のところは大丈夫です」
「では。ドアの外に必ず誰かがおりますので、何かありましたらその者にお言い付け下さい」と言い残しジャスパーさんは部屋を去った。
一人になった部屋をくるりと歩いてみる。足元はふかふかの絨毯。ベッドには天蓋がかかっている。
「どう考えても日本…じゃないわよね」
テーブルの上にくだものが置かれていたので、その中からりんごを取る。
小さなりんごを鼻に付け、香りを嗅ぎながらベッドの上に寝転がった。見上げる天蓋には、小さな赤子を抱く聖母の絵が描かれていた。
優しく微笑む聖母に母の面影が重なる。
「お母さん…。私…死んじゃったんだって…どうせ死んだならお母さんのところに行きたかったな…」じわりと溢れる涙が頬を伝う。
手にしたりんごを一口齧ろうと思ったが、アダムとイヴはりんごを齧ったことで色々トラブった事を思い出してやめた。
「お母さん…」
ドレスや宝石なんて要らない。
優しい母の夢が見れればそれでいい…
そう思って瞳を閉じた。




