13。その頃、ジャスパーは
「はいコレ」
デュラン王子に渡された書類の山を黙って受け取る。
いつもより多く感じる書類を淡々とこなしていく。
この世界に来た彼女を、セトカ嬢が聖女かどうかの見極めを任されてから、毎日数時間は彼女と過ごす日々が続いていた。
まるでそれが当たり前のように。
最初は女性のそばにいなくてはいけない仕事に抵抗があった。
今まで見てきた女性と同じように、こちらの気持ちなど考えず、甘ったるい声で擦り寄ってくるものだと思っていたから。
しかし彼女は私に興味を示さなかった。距離を縮める事もなく、必要以上にこちらに踏み込む事はしない。
それが彼女にとって当たり前と気づいた時…彼女に向けていた自分の浅はかな考えが凄く恥ずかしかった。
彼女が刺繍したハンカチ。
彼女がプレゼントしてくれると言ったのに、呪われたマンドラゴラと思って断ってしまった。
そのせいで自分は「地獄の番人」と思われているようだ。
そして…
「ゔあああ……!!!」
思い出したら死ぬほど恥ずかしい!
「ねぇあなた…」
自分の顔から火が出るのがわかる!何故あんな事を!何故あんな風にっっ!!
「あ"あ"あ"あ"ーーー!」
思わず両手で顔を覆ってしまう。あれは私が悪かった!
あの時の彼女の驚いた顔を思い出すたび自分が情けなくなる…
何故無防備な女性の頬を包み、おでこをつけたのか!?
「あ"あ"あ"…」
「………ジャスパー。お前さっきから心に秘めておくべき叫びがダダ漏れしてるぞ…」
王子に言われ、そうだったかと気づく。
「あ、すみません」
「おい。それで済まそうと思うなよ」
「はぁ…ジャスパー。邪神と聖女が眠りについた後、セトカ嬢には城から出て行ってもらう予定だ」
「なっ!彼女を城から出すなんて!」
「当たり前だろ?王族でもない彼女を、いつまでも城においておくわけにいかないだろう。それに…彼女にも自由があっていいはずだ」
「…」彼女の自由…。
「この件、彼女にも伝えてあるよ。たぶん彼女はこちらの提示した条件を受け入れて、街で暮らす事を選ぶだろうね」
王子の言う事は当然だ。しかし彼女が城から出て行けば、私が彼女のそばにいる理由はなくなってしまう。
異世界から来た彼女の常識はこの国とは違う。
彼女の年齢は私の2つ年下の26才。この国であれば結婚し、子供を育てているような年齢であるが、彼女の国の平均結婚年齢は男女共に30才前後だという。
女性も男性も仕事を持ち、結婚してから、出産してからも働き続ける女性は多いそうだ。
彼女は今までもこれからも、結婚は選択肢に入れていないと言っていた。
私もそうだった…誰とも結婚しないつもりでいた。今までは…。
彼女が聖女と対峙した日。
彼女の弱さを知ってしまってから…そばにいて守りたいという気持ちが日に日に強くなっている。
彼女が愛おしい。
自分の気持ちはわかっていても、それに対してどう動けばいいかわからない。
「ジャスパーは彼女に仕事と、街に家を見つけてあげて」
この件はこれで終わりとばかりに、王子は書類に目を戻した。
。。。
嬢の家での楽しい一日を終え、お城に帰るとエントランスにはジャスパーさんの姿が。
「ただいま帰りました〜」
「おかえりなさい」
ジャスパーさんが何か言いたそうなので、それよりも先にご機嫌をよくしてしまおうと思ってクッキーを渡す。
「すご〜く楽しかったですよ!はいコレ」
「え?」
「ローザさんと一緒に焼いたクッキーです。いつもたくさんお世話になっていますので、ほんの気持ちです」
「……ありがとうございます」
喜んでくれているのはわかったけれど。
ジャスパーさんは、どこか上の空だった。
セトカ26才
ジャスパー28才
王子29才
リオカ22才
でしょうか。




