第6話 リンプという罠
翌日。いつもの喫茶店。
アカツキは、次の課題に移ることを楽しみにしていた。
「ソウマさん、次はどんな話ですか?」
ソウマはテーブルにナプキンを広げた。
「昨日のトーナメント中、君はUTGで4のペア(44)を配られた時、レイズではなくリンプ(BBと同額のコールで参加すること)しただろう」
アカツキは頷いた。
「はい。4のペアはUTGのオープンレンジにギリギリ入るか入らないかの手です。レイズして強いプレイヤーに**スリーベット(再レイズ)**されるのが怖くて……弱い手はリンプでそっと参加しようと思ったんです」
「それが、君の次の大きなミスだ」
ソウマはぴしゃりと言った。
「ポーカーのプリフロップ(最初の賭け)では、『参加できるハンドは全てレイズし、それ以外はフォールドすべき』という原則がある」
「君が4のペアのような弱い手だけをリンプに回すと、二つの致命的な問題が起きる」
「二つも!?」
1.ハンドレンジが相手に筒抜けになる
「一つ目は、ハンドレンジが相手に筒抜けになることだ」
アカツキは首を傾げた。「どういう意味ですか?」
「いいか、相手は君のアクションを見て、君のハンドの範囲を推測する」
「もし君が『AとK』や『Kのペア』のような強い手を持っていたら、確実にレイズしてチップを増やそうとするはずだ」
「ということは、君がリンプした時点で、君の手札は『強いハンドではなく、弱いハンドの確率が極めて高い』と相手に教えているのと同じだ」
ソウマは、テーブルの上の砂糖の袋を指した。
「例えば、後ろに君の事をよく観察している上手いプレイヤーがいるとする。このプレイヤーは、君のリンプを見たらすぐに**『アカツキは弱い手だ』と察知**する。すると、本来なら降りるような弱い手でもレイズしてきて、君をポットから追い出すことができるだろう」
「うっ……確かに、昨日はリンプした後にレイズされて、結構降りていました」
「そうだろう。リンプという行為は、『弱い手札です』という看板を自分で掲げているようなものだ。わかりやすく、自分の弱点を晒しているんだ」
2.即座にポットを奪う可能性をゼロにする
「二つ目の問題は、即座にポットを奪う可能性をゼロにしていることだ」
「オープンレイズの最大のメリットは、BBをフォールドさせ、戦わずにポットを奪うことだ。ポーカーは、相手をフォールドさせることでチップを得ることが重要だからね」
ソウマは言う。
「アカツキ、君がBBの立場になって考えてみるとどうだろう」
アカツキはハッとした。
「レイズで参加されれば、BBは追加でチップを支払うか降りるかを選択しなければいけない……でも、リンプしたら、BBはタダでフロップを見られる!」
「その通りだ。リンプは、BBにとってありがたいアクションなんだ。BBが得をするということは、逆に言えば、自分が損するといえる」
アカツキは深く反省した。自分の**「チップを守りたい」**という気持ちが、逆にチップを失う弱気な戦略に繋がっていたのだ。
「ソウマさん、分かりました。弱い手はリンプではなく、潔くフォールドします。二度とリンプはしません」
「うん、まあ、最初はそれでいい。リンプがどんな状況でも絶対にダメなプレイというわけではないけど、有効な状況は少ないからね」
ソウマはスマホを取り出し、複雑なレンジ表を再びアカツキに見せた。
「ただ、君が今後GTOを深く学ぶなら、一つだけリンプが非常に多く使われる特殊なポジションがあることを知っておくべきだ」
ソウマが指差したのは、SB対BBの対戦レンジの部分だった。
「見てみろ。BTN以前の人が全員フォールドしてSBまで回ってきた場合は、非常に広い範囲のハンドでリンプが推奨されている」
「えっ! リンプはダメなんじゃ……?」アカツキは混乱した。
「SBは、すでにBBの半額を強制的に支払っている特殊なポジションだ。しかも、後ろにはBBしかいない」
「SBはすでに払っている半額を取り戻すために、非常に広いレンジで参加したい。しかし全てのハンドでレイズしてしまうと、BBにレイズし返された時に困る。だから、リンプとレイズを混ぜる戦略になっているわけだ」
「だが、リンプは難しめの戦略だ。現時点の君が、UTGやBTNでよく考えずリンプするのはただのミスだ」
「さらに言えば、最初に参加する場合はレイズかフォールドを選択するべきだが、前の人がレイズした場合はスリーベットとコールとフォールドを使い分けることになる」
「うぇ……?」
アカツキは目を回した。覚えることが多すぎる。
「……とりあえず今は**『UTG~BTNではリンプせず、最初に参加するなら全てレイズ』という原則だけを覚えればいいよ。レイズサイズも色々あるけど、まずは2.5BB**(ビッグブラインドの2.5倍)固定でいい」
「わかったよ、ソウマさん……ポーカーは難しいね」
ソウマは、穏やかながらも真剣な目つきでアカツキを見つめた。
「ポーカーは、君が思っているよりも奥深い。だが、君は一歩一歩確実に成長しているよ」
ソウマは、ふと腕時計に目をやった。
「そうだ。実はな、アカツキ。来週から海外の大会に出るんだ」
「えっ! 大会ですか?」
「ああ。座学ばかりでは私も鈍るし、そろそろお金も稼いでおきたい。一週間ほど、日本を離れる」
アカツキは少しがっかりした表情を見せた。せっかく学び始めたばかりなのに、師匠が離れてしまうのは心細い。
「その一週間、君に課題を与えてもいいか?」
「はい、もちろんです!」
「じゃあ、無料のオンラインサイトでもアミューズメントカジノでも何でもいいから、毎日トーナメントに参加するんだ。そして、君がこれまでに覚えたオープンレンジやオッズの計算を体に染み込ませよう」
ソウマは立ち上がり、会計に向かいながら言った。
「一週間後、帰ってきたら君のプレイを詳しく聞かせてもらう。その時には、また新たな課題が見つかっているはずだ」
「ポーカーは、期待値を追い求めるゲームだ。私がいない間も、自分が良い(期待値が高い)と思ったプレイを続けるように」
「はい! 必ず成長して待ってます!」
アカツキは力強く答えた。
そして、ソウマは手を振って喫茶店を出て行った。




