第5話 初めてのインマネ
アミューズメントカジノのトーナメント会場。
アカツキは昨日と同じ席に座っていたが、その表情は以前のような**「勘」**に頼る熱さではなく、冷静な緊張を帯びていた。
近くのテーブルにはソウマの姿もあるが、もちろんプレイ中にアドバイスを求めることはできない。
これはアカツキ一人の戦いだ。
アカツキは、ディーラーから配られた2枚の手札を、覚えたばかりのポジションと照らし合わせて判断する。
アカツキのポジションはUTG。
6人テーブルで一番最初にアクションを行わなければならない。
アカツキの手札:スペードの9とハートの5(9♠︎ 5♥︎)。
(UTGのざっくりとしたレンジは、両方J以上か、強いスーテッドハンド……9と5のオフスートは完全に範囲外だ)
アカツキは迷わず判断を下した。
「フォールド」
後ろのプレイヤーが、この手札ではコールできないような金額でレイズしたのを見て、アカツキは背筋が寒くなった。
(危ない。以前の俺なら、これを『フロップで何かが起こるかも』とレイズして、無駄にチップを捨てていた……)
***
ゲームは進み、アカツキのポジションは**BTN**になった。
プリフロップでは後ろから3番目だが、**ポストフロップ(フロップ以降)**のアクションは最後に行える。
実質的に最も有利なポジションだ。
前のプレイヤーたちは全員フォールドを選択した。
アカツキの手札:クラブの8とハートの9(8♣︎ 9♥︎)。
(BTNの参加レンジは50%以上……8と9なら十分に戦える。後ろに残っているのはSBとBBの2人だけだ)
「レイズ」
アカツキは自信を持って標準額をベットした。
SBとBBのプレイヤーは、少し考えた後にフォールド。
ポットに置かれたわずかなチップは、戦わずしてアカツキの**スタック(持ちチップ量)**へと加わった。
(勝率が高いポジションで、弱い手でもポットを奪える……これが、ポジションの価値か!)
***
トーナメント終盤。
プレイヤーは8人に減り、**インマネ(イン・ザ・マネー、入賞)まであと2人というバブル(入賞直前の危険な状況)**に入った。
会場の空気は張り詰め、誰もが「飛びたくない(敗退したくない)」というプレッシャーを感じている。
アカツキのスタックは平均よりも少ない。
オープンレンジを絞ったおかげでチップを増やしていたが、SBやBB(強制ベット)を払ったことで削られ、じりじりと苦しい状況になっていた。
今回のアカツキのポジションはスモールブラインド(SB)。
対戦相手は、後ろにいるBBのみだ。
アカツキの手札:ダイヤのAとクラブのT(A♦︎ T♣︎)。
(UTGなら際どいけど、SB対BBのヘッズアップ(一騎打ち)なら、AとTは余裕でオープンレンジだ!)
アカツキは勇気を出してレイズした。
すると、BBのプレイヤーが即座にオールインを返してきた。
「!?」
スタックはアカツキの方がわずかに多いが、このオールインに負ければ、インマネできる可能性は絶望的になる。
アカツキは悩む。オールインされた時のコールレンジなど、まだ勉強していない。
(うーん……よくわからないけど、AとTは強いハンドだ。ここで降りたらジリ貧になる……コールだ!)
「コール!」
相手が勝利を確信したように晒したのは、キングのペア(K K)。
「うわっ……!」
アカツキのハンドはAとT。相手のKKに勝つには、場にAが出るか、ストレートやフラッシュなどの奇跡が必要だ。確率は圧倒的に低い。
「くっ!」
ディーラーがカードを開く。
フロップ:8 8 3。
ターン:4。
絶体絶命。しかし、最後にめくられたカードは――
リバー:エース(A)!
「あ……!」
場にエースが落ち、アカツキはAのペア(ボードの8のペアと合わせてツーペア)で、相手のキングのペアを打ち破った。
相手は無念そうに天を仰ぎ、席を立った。
その次のハンドで、別のテーブルでもう一人プレイヤーが敗退し、残りは6人となった。
ディーラーが**「インマネです! おめでとうございます!」**と声を上げると、会場に拍手が湧いた。
アカツキは、大きく息を吐いた。
初めてのインマネだ。入賞が確定した安堵感で、手が震えている。
「やった……!」
興奮冷めやらぬまま、アカツキはトーナメントを終え、ソウマといつもの喫茶店に向かった。
***
「ソウマさん、見ましたか? あのAとT! ギリギリだったけど、勝てた!」
アカツキは席に着くなりまくし立てた。
ソウマは微笑みながら、アイスコーヒーを一口飲んだ。
「見たよ。今日のトーナメント、君は前回とは別人だった」
「本当ですか!?」
「ああ。今回、君はギリギリでインマネした。あのATのコールでエースを引けたのは、確かに**『運』**が良かった」
ソウマは一拍置いて、続けた。
「だが、以前の君なら、もっと早くチップを失ってトーナメントを敗退していただろう」
「そうすれば、そもそもATで勝負するチャンスさえ得られなかったはずだ」
ソウマはアカツキの目を見て、静かに言った。
「ポーカーは、運の要素が強いゲームだ。だが、実力は**『良い運を引き寄せる回数』**を決める」
「君が今日、インマネという結果を得られたのは、運が味方したのもあるが、『正しいレンジ』という名の実力で、負ける確率の高い勝負を避けたおかげでもある」
「君はもう、勘任せのプレイヤーではなくなりつつある。自信を持て、アカツキ」
アカツキは、じんわりと胸が熱くなるのを感じた。
この冷静沈着な師匠に褒められたことが、賞金よりも何よりも嬉しかった。
「はい、ソウマさん!」
アカツキは自然と背筋を伸ばし、敬語で答えていた。




