第14話 セオリーの敗北
その翌日、アカツキは自信満々でいつものアミューズメントカジノのトーナメントに参加していた。彼はソウマから学んだばかりの**「BBコールレンジの広さ」**を強く意識していた。
トーナメントは順調に進み、ついに**バブル(入賞直前)**まで到達した。
残りは11人。10位までが入賞だ。あと一人が脱落すれば、全員が賞金を獲得できる。会場の空気は張り詰め、他のプレイヤーは入賞を確定させるために、極端に**タイト(堅実)**なプレイに徹していた。
***
アカツキのスタックは25BB。彼はBBに座っていた。
BTNが2.5BBでレイズ。アカツキのハンドは 9♠6♠。
(ソウマさんの教え通りだ。2.5BBレイズに対して、BBは広いレンジで守らなきゃいけない。**96s**はスーテッドだから、コールすべきだ!)
「コール」
フロップ:A♡T♢3♣
アカツキはチェック。BTNは1/3のCB。
(エースハイボードで、96sはノーペアだ。でも、ここで降りすぎると相手に搾取される……BBは広く守るのがセオリーだ!)
アカツキはコール。
ターン:2♠
アカツキはチェック。BTNは**75%**のダブルバレルを打ち込んできた。
(ぐっ……!ターンでここまで大きく打たれると、もう降りるしかない。相手はエースかキングを持っているに違いない)
アカツキは歯を食いしばりながらフォールド。小さなポットだったが、貴重なチップを失った。
その後も、アカツキはBTNやSBからのレイズに対し、J7o (Jと7のオフスート)や K5o といった「理論上コールすべき」とされるハンドで律儀に守り続けた。
しかし、ポストフロップで役が絡まなかったり、中途半端なペアしかできず、相手のプレッシャーに耐えられずフォールドを繰り返した。
BBでのコールは安上がりでも、フォールドするたびにブラインドとアンティ、そしてコールした分のチップが確実に削られていく。
気がつけば、アカツキのスタックはジリ貧で12BBまで落ち込んでいた。
(まずい。バブルでスタックが半分になった。コールレンジが広いせいで、ポストフロップのプレイが難しくなりすぎたか……!?)
入賞目前のプレッシャーと、セオリー通りにやったはずなのにチップが減り続ける焦りが、アカツキの判断力を鈍らせていく。
***
ブラインドが上がり、アカツキのスタックは残り2BB。
テーブルの中で最もチップが少なくなってしまった。次のブラインドが回ってくれば、彼のチップのほとんどが吸い取られてしまう危機的状況だ。
アカツキはBTNに座っていた。BBには、チップを大量に持ったタイトなプレイヤーが座っている。
配られたカードをめくる。
A♠K♢ (エース・キング)。
(……AK !)
これは、2BBスタックならばオールイン一択の、プレミアムハンドだ。
しかし、アカツキの頭の中は、**「入賞まであと一人」**という恐怖で支配されていた。
(もしオールインしてコールされ、運悪く負けたら……?バブルで飛んでしまう。このAKだって、相手がAAやKKを持っていたら勝てない……)
(BBはチップを持っている。俺のオールインなんて、どんなハンドでもコールしてくるかもしれない)
他のプレイヤーがフォールドし、アカツキにアクションが回ってきた。心臓の音がうるさい。手汗が止まらない。
彼は、入賞したい一心で、飛びたくない一心で、最強の武器を捨てた。
「フォールド……」
その瞬間、テーブルの他のプレイヤーたちが「信じられない」という顔で彼を見た気がした。
***
BTNでAKをフォールドし、SBでも勝負を避けてフォールドした結果、ついにアカツキにBBが回ってきた。
彼の残りのチップは、アンティとBBの支払いとして、全てポットに吸い込まれた。
配られたハンドは A♣3♡。
チップがないため強制的にオールインが成立した。相手はスタックを持ったBTN。
対戦相手のハンドは Q♢J♣。
アカツキの A3 の方がわずかに勝率が高いが、A3は先ほどフォールドしたAKに比べれば弱いハンドだ。
そして、運命の女神は残酷だった。
ボード:Q♠T♣7♡2♢5♣
フロップで無情にもクイーンが落ち、相手のQJが勝利した。
「シートオープンです」
アカツキは、最強の武器(AK)を自ら捨ててスタックを削り、弱いハンドで強制参加させられ、敗退するという、最悪の形でバブルを去ることになった。
***
後日、重い足取りで喫茶店に入ったアカツキは、ソウマにその無惨な敗北を報告した。
「ソウマさん……僕は、AKをフォールドしました。バブルで飛びたくなくて……。そのせいでスタックがなくなり、次のハンドで負けました。あの時、AKでオールインすべきでしたよね……」
アカツキは自己嫌悪で押しつぶされそうだった。
ソウマは静かにコーヒーをすすった後、カップを置き、静かに言った。
「確かに、AKのフォールドは大きなミスだ。だが、君の話を聞いていると、どうやらその前から継続的にミスをしている」
「……え?」
「しかもそれは、私が教えた**『セオリー』**が原因だ」
ソウマは、哀しそうにテーブルの上のナプキンを広げた。そこには、アカツキが陥った**「知識の落とし穴」**が描かれようとしていた。




