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000 - エピローグ

 東の勇者〈ソル=エルベルト〉が目の前で死んだ。たったいま、死んだ。

 俺の頬から離れるように、力なく落ちていく指の先には、本来あるはずのものが1枚もついていなかった。醜くひしゃげたその部分は、血と肉を露出させて、ひび割れた地面に鮮血(せんけつ)を垂らし続けている。


…ポツ…ポツ…ポツ…


 度重なる拷問によって大部分が変色したその肉体は、まるで石となったように動かず、もはや熱さえ感じない。そうであるにも関わらず、一向に止まる気配のない血の音に、生命の違和感を感じている。

 ソルが死んだ。その事実だけが、静寂に鳴る滴血(てきけつ)のように、俺の心で空虚に響いた。


…ポツ…ポツ…ポツ…ポツ…


 左の首筋が熱い。最期に、ソルに掴まれた部分だ。

 その首筋に自分で触れながら、ソルの最期の言葉を頭の中で反芻する。


「こ…れは、復讐…だ! 僕は、おまえ…を、おまえらを…! …絶対に、許さ…な…い!」


 血の混ざった唾を吐き散らすソルの姿。東の勇者の証である【太陽の紋章(もんしょう)】はすでに炎で焼け焦げ、その輝きを失っている。その記憶が、確かな熱をもって、俺の皮膚を焼くような感覚にした。


…ポツ…ポツポツ…ポツポツポツ…ポツ…ポツポツ…ポツポツポツ…


 滴血の音が、早くなっていた。

 …首筋が熱い。


…ポツポツ…ポツポツポツ…ポツポツポツポツポツポツポツ…ポツポツポツポツポツポツ…ポツポツポツポツポツポツポツ…ポツポツポツポツ


 もっと、早くなっていった。

 …左眼(ひだりめ)が熱い。


ポツポツボツボツボツボツボボボボボボボポツポツボツボツボツボツボボボボボボボポツポツボツボツボツボツボボボボボボボポツポツボツボツボツボツボボボボボボボポツポツボツボツボツボツボボボボボボボポツポツボツボツボツボツボボボボボボボポツポツボツボツボツボツボボボボボボボポツポツボツボツ


「っがぅああぁああぁああっ」


 その違和感に気が付く前に、俺は声をあげていた。

 首が熱い。眼が熱い。胸が熱い。それだけでなく、全身が焼けるように熱い。

 熱さはやがて耐え難い痛みとなり、俺の全身を痛みで包んだ。あまりの痛さに、俺の視界はがくりと地面まで落ちた。


「…っソ、ル……」


 不安定な視界で見えたのは、生命(いのち)を持ったように動き、俺の身体に流れ込もうとするソルの血だった。

 ありえない光景。だが、不思議と納得のほうが勝っていた。ソルの復讐。その最初の相手が俺であったことは、当たり前だと思った。俺のせいで、勇者〈ソル=エルベルト〉は死んだのだ。

 妙な納得感を感じているうちに、やがて視界が赤黒く染まり、ほどなくして痛みは限界を超えた。


 そうして、俺は命を落とした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「起きろ、はやく起きろ!」


 低くがなった声のあとに、鈍い痛みが頬を襲った。


「まさか、テメエが力を引き継ぐとはなあ」


 身体が動かなかった。朦朧(もうろう)とする意識で、かろうじて理解できたのは、手と足が椅子に縛られているという状況だった。


「この奴隷風情(ふぜい)が。見張りをさせてると思ったら、まんまと抜け駆けしやがった」


 目の前にいる男には、よく見覚えがあった。この村の長であり、俺の持ち主だ。


「…どういうこと、ですか?」


 絞りだすように、声を出した。

 何もかもが分からなかった。どうして、縛られているのか。どうして、生きているのか。いったい何が起こっているのか。


「…は! 理解できてねえみたいだな。じゃあ、教えてやるよ。ほらあよ!」


 そう言って、男は勢いよく俺の髪をつかみ、床に転がる割れた鏡の破片に俺の顔を映した。

 傷と泥にまみれた、いつも通りの顔。だが、違うところが2か所あった。


「その髪に、その眼! 理解したか? テメエはな―」


 茶色く()せていた髪が、白く染まっていた。そして、眼には【太陽の紋章】があった。

そう、それはまるで東の勇者〈ソル=エルベルト〉のように。


「東の勇者になったんだよ!」


―――これは、一人の少年の物語。東の勇者に成り代わった〈ニセモノ〉の勇者の物語。

もしよろしければ、ご感想等いただけますと大変励みになります。

よろしくお願いいたします。

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