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奇妙な人影

「ほら、ほら! ホントなんだって! 早く、こっちこっち!」

 マツオは疑われていると思ったのか、必死に僕とカラを手招きしている。


 よし! 

 勢いをつけて中2階に駆け上がり、窓から外を見ると?


 いる!

 確かに主婦らしき人たちが二人いるじゃないか?


 道路一本隔てた旧倉庫街の廃屋事務所の前に、ママチャリが2台停まっている。

 そして、そのすぐそばには、ゴルフ場のキャディーのようなサンバイザーキャップをかぶり、腰高のポンチョにフレアパンツという出で立ちの女性が、何かの計測でもしているのか、手元の小さな機器を互いに覗き込んでいる。


 思わず僕らは顔を見合わせた。

「なんだぁ、人、生きてんじゃん?」

 ほっとしたような顔でカラが言った。

「僕、行ってくる!」

 マツオはそう言うが早いか、よくそんな巨体で動けるな、と感心するほどの勢いで、階段を駆け下りていった。

 うろたえた僕は思わず声を挙げた。

「おっ、おおぉい!」

 舌打ちして僕は振り向いた。

「カラ、博士からもらった検査銃、あれ、持って来てくれ!もしあの人たちが感染してたら…一巻の終わりだ!」

 カラはこくりとうなずいた。

 その後、僕らは先に走っていったマツオを追って廊下に出て入り口へと向かった。

「あのマツオのヤロー、こんなときにかぎって動きが速いんだからもうっ!」

 文句を言いながら玄関のドアノブを引き、僕らは外に飛び出した。


「おぉ〜いっ、お母さんたちぃ〜!」

 マツオは走りながら思い切り両手を振って、事務所の前に佇む二人の主婦に向けて大声を挙げた。

 主婦たちはすぐにマツオの声に気づき、同時に振り向いた。

 マツオが言い終えたのと、僕が追いつき、マツオの肩をつかんだのとはほぼ同時だった。

「馬鹿ッ、お前、死にたいのか? 相手が新型結核に感染しているかもしれないんだぞ?これ以上近づいたらヤバいだろ?」

 マツオはいつになく抵抗した。

「あのさぁ、タケシ君。新型結核って感染したら二日くらいで死ぬって導善博士が言ってたでしょ? もしあの人たちが感染してたら、もう、とっくの昔に死んでるって」


 僕は一瞬で言葉に詰まった。

 確かに一理ある。

 けど、何の警戒もせず、このまま接触してよいのだろうか?


 マツオは、僕の手を振りほどき、もう一度、主婦たちに声をかけた。

「お母さんたち、ここで何やってるんですか? まだ他に誰かいるんですか?」


 主婦たちは互いに顔を見合わせていたが、ゆっくりとマツオを見たまま、黙って立ち尽くしている。


「困ったことがあれば、僕たちで良ければ何かお手伝いしますよ。食べ物もあります。一緒に来ませんか?」

 人懐っこい笑顔でマツオが問いかけてもまだ二人は気味が悪いほどに無言だ。

 

 ところが!!


 突然、不思議そうな顔をしているマツオの前に主婦のうちの一人が進み出ると、左手をいきなり突き出すや、彼の首根っこをつかんだ!


「な、何すんの、お母さん!!」

 主婦の顔は茶色のサンバイザーで覆われており、その表情はまったく見えない。 

 そのうえ、マツオの声に何の反応もしないばかりか、その手にはさらに力がこめられていくのが遠目にも分かった。

「ぐぅ~っ!! なんなのっ、この人たちっ…息が、息が出き…」

 学年一の巨漢、マツオの身体が、あろうことか、軽々と持ち上がるっ! 

 足が地面から浮いている!


「マツオっ!」

 僕は思わず叫んだ。

 主婦がもう一方の手で彼の胸倉をわしづかみにし、力任せに投げ飛ばすと、マツオの身体は重力がないかのように宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 マツオは呻いた。

 あまりに信じられない光景に僕は固まったが、考える間もなく、もう一人の主婦がこっちに向かってくる!


 僕は周囲を見渡して、何か武器になるものがないかを探した!

 すると、倉庫と倉庫の隙間に、山積みになって放置された鉄クズがある!

 駆け寄って僕は適当な長さの鉄骨を手に取った。

 

 主婦はもう目の前だ!

 しかし、相手はどこから見ても主婦だ。

 が、この一瞬のためらいが命とりだった!

 

 そいつは僕の学生服の胸元をつかんだが、すぐにその力が人間のものではないことが分かった。


 ヤバイ!この態勢のままでは首を締めあげられるっ!

 僕は互いに組んだ腕の間に鉄骨を差し込み、これ以上相手が近寄れないように全身の力で押し返した。

 が、びくともしない!


 まずいっ、これでは歯が立たない!


「カラっ! コイツら、人間じゃない! 博士だっ!博士にっ、何か、何かできないか聞いてくれっ!」


 カラも、最初は慌てふためいているようだった。

 が、やがて気を取り直し、博士とすぐにトランシーバーで交信をはじめた。


「博士っ、たいへんなことになりました‼ 今、人間でない何かとタケシとマツオが闘ってます。けど、まるで歯が立ちません‼どうしたら良いですか?どうぞ?」


 導善の応答は早かった。


「人間ではない、ということだな? 生き物なのか?どうぞ?」

「見かけは主婦なんですっ! しかし、力が…、化け物なんだ!」

「なるほど、主婦の骨格だが力は君らよりも強い…。分かった。で、相手の特徴は?」

「…いちばん目立つのは…サンバイザー! サンバイザーをしています!」

「そいつに、君らの動きを認識するセンサーのようなものは付いてるのか?」

「体は服ですべて覆われていますが…。分かりません?!」

「体全体は服に覆われていて、外を視認できるのはサンバイザーからだけなのだな…」

 一瞬の間のあと、導善は応えた。


「手元に検査薬発射銃はあるか?」

「あります!」

「目を狙え!サンバイザーを撃つのだ!」


 僕は、もうすでに主婦の手が首に届き、締めあげられている真っ最中だった。

 息が、息が出来ない!

 マツオは、どうしてるんだ?

 おそらく、同じだろう…


 少しずつ意識が遠のいていく…

 もう、ダメなのか?


 頭がもうろうとしていく中、まるで夢の中の出来事のようにカラの叫び声が耳に届いた。


「何すんだっ! ! こらぁっ!!」


 僕の顔に何かの飛沫がかかった。

 ん? この臭いは?

 嗅いだ覚えがある!

 あの検査薬の臭いだ!


 すると、これまで信じられない力で締め上げてきていた主婦の手の力が急に弱まり、僕の喉から離れた。


 頭を振り、僕がなんとか意識を取り戻すと、そこには、サンバイザーを手でぬぐおうとうろたえている主婦がいるじゃないか?!


「これでもくらえ!! 」

 カラは組み伏せられたマツオの前に立ち、もう一人の主婦のサンバイザーをめがけ、再度検査薬を発射した。

 バイザーに検査薬が噴射されると、その主婦も、視界が閉ざされてしまったのか、背中をまるめ、フィルムについた液を必死でぬぐおうとしている。

 虫の息だったマツオも、体を起こし、口をぽかんと開けたままその様子を見ている。


 トランシーバー越しから導善の声が届く。

「検査薬に含まれる界面活性剤は、透明なポリカーボネートに曇りを生じさせる」


 僕は、はっ、と正気を取り戻した。

「今だ! この隙に、コイツらを縛り上げよう!」

 カラは困惑した。

「どうやって?」


 僕がきょろきょろと辺りを見渡し、倉庫街に隣接する港の方に目を移すと、岸壁に船を係留するための丸い鉄柱にロープが巻き付いている!


「あれだ、カラ! マツオも手伝ってくれ!縄を持って全員であいつらの周りをぐるぐる回って、がんじがらめにしてやろうぜ!」


「了解!」

  僕とカラはダッシュで鉄柱にたどり着くと、運動会の綱引きでしかみたことがないような太い縄だ。

「いょおおっし!」

  ずっしりと重い縄の先端を僕が持って駆け出すと、そのあとを追ってカラも中ほどのたわんだ部分を支えて走り出した。マツオもようやく追いつき、縄の後ろの方に取り付いた。


 もがいている主婦たちの周囲を僕らが全力で駆け回ると、次第にその輪は狭まり、ついには彼女らが抱き合う形になり、がんじがらめに縛りあげることに成功した。


「ざまみろ、これで動けねえだろう?」

 汗をぬぐいながら僕は言った。

 マツオは、一番被害をこうむった、と言わんばかりに憎々しげに縄をいくつも堅結びにし、力を込め、主婦たちをぎゅうぎゅうに締め上げた。

「マジ、寿命縮んだって!」

 主婦らは、手の動きはもはや封じられていたが、わずかに動く足をバタつかせ、いまだ抵抗する気配を見せている。


 もうこれ以上、どうやったって縄を解くことが出来ない。動けっこない。

 そう確信すると、僕は急に力が抜け、後ろ向きになって座り込んだ。


「あぁ~、ガチ死ぬとこだったわ…」

 カラもマツオも僕に習うように、同じ姿勢でへたりこんだ。


 しかし。

 ホッとしたのもつかの間、そこに導善のトランシーバーからの声が聞こえた。

 そうだ! 忘れてた!


「みんな、どうしたっ!生きてるのか?どうぞっ?」


 カラは、荒い息のまま、腰に付けたトランシーバーを手に取った。

「博士、聞こえてます!生きてますよ! どうぞ」

 

「そうか? 敵はどうなった?」

「縄で縛り上げてます!身動き取れないように」

 安堵したのか、導善は数秒黙り込んだが、すぐに応答してきた。

「良かった。だが、安心するのはまだ早い。君らからの少ない情報から考えるとだな。女性の骨格で男子を上回る怪力を持つというのは、もはや人間ではない」

「では?何なんですか?」

 カラが問いただした。

「アンドロイドだ」


 僕らは互いのびっくりした顔を確かめるように見まわした。

「なんか、細菌といい、アンドロイドといい…SF映画みたいになってきたねぇ」

 信じられないという表情でマツオが感心している。


「縄で縛られているうちはいい。が、彼らの動力があるうちは何が起こるか分からん。閉じ込められるところがあれば良いのだが…」


 カラが通話ボタンを押して応えた。

「博士、それなら、倉庫の中にあった巨大な冷凍庫はどうですか? 電源は落ちてますが、分厚い扉があって、一度入ると中からは開けられない構造になってました。どうぞ」

「うむ。それはいい。やってみてくれ」


 アンドロイドは華奢な体つきなのに力を生み出すための特殊な仕掛けが体の中にあるのか、人間よりも重い。

 縛り上げられて足をバタつかせている彼らを、僕らは荷物を運ぶための木製の可動式パレットに載せると、ひとまず倉庫の冷凍庫へと向かった。


 冷凍庫は倉庫の一角にあり、カラがすでに中を確認している。

 非常用電源もすでに切れており、格納された食糧のほとんどはもう食べることが出来ない。だから締め切っても何の支障もない。


 分厚いステンレス製の扉を開けて庫内へとパレットごとアンドロイドたちを放り込むと、僕らはようやく落ち着くことが出来た。


 腹が減っては戦ができぬ、と言うが、戦を終えても腹は減る。


 とにかく飯にしよう、と思い思いの食糧を取り、例の冷水三十分カップヌードルが出来上がるのを待っていると、疲れなのか、次第に眠くなってくる。


 けど、不思議だった。

 あれだけの戦いによって身体は疲れているはずなのに、興奮しているせいか、頭は冴えわたっている。

 腹が減っていることもあるのだろうが、眠たいのに眠れない…


 そんな奇妙な感覚だったが、ついに最初にマツオが背中を丸め、小さいいびきをかき始めた。

 カラも、座って頬杖をついていたが、舟をこぎ出している。

 僕も、もう…


 全員がウトウトしていたところに、それをいきなり覚ますようなトランシーバーからの声が聞こえた。


「僕だ。ワタルだ。どうぞ」

 


 


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