天才ハッカー・ワタル
導善の声に気づき、僕らは眠い目をこすりながら上半身を起こした。
即席のチープな寝床だったが、意外なほどに熟睡できた気がする。
互いに声をかけ合うと、ガランとした倉庫の天井に僕らの話し声だけがコダマする。
「目が覚めたか?今日は色々と確認してもらいたいことがある。まずは顔でも洗ってきてくれ」
身支度を終えると僕は導善に尋ねた。
「博士、何から確認したらいいですか?」
「うむ。まずは倉庫の中にどのような物がどれだけあるのかを調べてもらいたい。個数とロット、食料品であれば賞味期限などまで分かればベストだ」
どこから手を付けたらいいんだろう?
とにかく、この物流倉庫の規模があまりにもでかすぎて、三人では手に負えそうにない。
「一つの列を三人でやると効率が悪そうだな。手分けしてやってみようか? カラは、その列。マツオはその奥の列から…」
「分かった」
「うん!」
気の遠くなる作業だが、それが学校の仲間たちを救うものだと思えば、俄然やる気がわいてくる。そして、ほとんどのメーカーでは商品名や個数、賞味期限が箱に印刷されていて、段ボールを開ける手間もない。
昼ごはんの時間をはさんで、チェックの時間は三時間以上にも及んだ。
「これくらいで一回データを突き合わせてみようか」
互いに見てみると、あるわあるわ、期待以上の量だ!
まずカップ麺にレトルトカレー、缶詰、ペットボトルの水にお茶。菓子類や調味料なども多かった。どうやら、北米輸出用として、瀬神港から出荷する予定の品々だったようだ。
リストアップした内容をトランシーバーで導善に伝え、一段落したところで、僕は気になって尋ねた。
「これからどうしたら良いですか? どうやって学校やあなたに食糧を運ぶか、ですが…どうぞ?」
カラが口をはさんだ。
「バイクや車を使って運ぶなんてことは難しいだろ?運転なんて出来っこないし…」
「人力で運ぶなんて選択肢はないからね。道路は感染の危険でいっぱいだ…」
マツオも眉間にしわを寄せてつぶやいている。
どう考えても打つ手がないように感じる。
果たして何か選択肢はあるのだろうか?
トランシーバーの向こうから導善の声がすぐに帰ってこない。それが余計にいら立たしい。
「策はあるんですか?どうぞ?」
僕は我慢出来ずに無言の導善に問いかけた。
やや間があって、導善は答えた。
「策はある」
一同、色めきたった!
「本当ですか?どうぞ?」
相互通話しか出来ないのがもどかしい。
「無策のまま君らを送り出すと思うか?まず一番可能性のある方法を伝えよう」
「どんな方法ですかっ? どうぞ?」僕は焦った。
「ドローンさ」
!
そうか! その手があった!ドローンを使えば、感染の危険もなく、安全に食糧を運べる!
「で、そのドローンはどこにあるんですか?」
僕が尋ねると、即座に彼は返事をした。
「それは分からん」
三人はいきなりひっくり返った。
「先生、ふざけないでよ、もぉ〜」
マツオがツッコんだ。
「いや、半分冗談。半分本気だ。ただな、瀬神港からの離島への輸送は、外洋の鹿敷諸島方面を中心にして多数ある。調べたところ、Amzonの配達基地が港にあることは分かっている。一番の問題は、ここにどうやって侵入し、ドローンを動かすか、ということだ」
「じゃ、そこに行って僕らがAmzonの倉庫に侵入すればいいんでしょ?」
「まあ、簡単に言ってしまえばそうだ。しかし、あれは大企業だし、大型停電下であっても、最低限のセキュリティは保たれていて、到底君らの手に負える代物ではない」
「では、どうしろと?」
僕の頭は疑問で一杯になった。
「実は名案があるんだ。君らとちょうど同い年くらいの少年なんだが、とんでもない子がいる」
「どうとんでもないんですか?」
博士の前置きがあまりに長いので、僕はイライラしてきた。
「米国防総省の鉄壁のファイヤウォールに守られたホームぺージにハッキングして、非公開とされている未確認飛行物体の情報にアクセスしてごっそりと機密を盗んだワタルという少年がいる。警視庁の保護観察対象なのだが、ことがことだけに、米国政府の友人から直々に頼まれて、私が保護司として彼の面倒を見ているのだ」
「瀬神にいるんですか?」
僕は尋ねた。
「ああ。児童養護施設に入所してる。ただ、ロックダウン後の動静は分からん。彼とは無線機で定期的に交流しているのだが…」
そんなアニメに出てくるような存在が実際にいるのだ。
僕は感心するしかなかった。
「とりあえず、彼を呼び出してみよう」
導善は咳払いして呼びかけ始めた。
「ワタル、ワタル、応答願います。至急相談したいことがある。聞こえてるなら返事してくれ、どうぞ」
ザーッと砂嵐が吹くような雑音がしばらくスピーカーから流れたが、3、4回目の呼び出しの時だった。
「僕だ。ワタル。いったいどうしたの?」
小さい声だがしっかりした返答があった。
ホッとした導善が問いかける。
「無事だったか?施設のスタッフや他の子どもたちは?」
ワタルは淡々としている。
「いないよ。皆、一緒に出てったきり戻ってこない。めっちゃ急かされたけど、僕は行かないと決めてたんだ。そんなことより、僕に相談したいことって、何?」
博士は待ってましたとばかりに答えた。
「厄介なことになってな。君しか当てにできんのだ。今、君と同い年くらいの少年たち3人が港の倉庫に約一年分、五百人の腹を優に満たせる食糧とともにいる。しかし、輸送手段がない。ただ、港の離島輸送用のドローンを使うことが出来れば、皆が救われる。私も、そして無論、君もだ。で、頼みたいのは、君の力で、Amzonのセキュリティロックを解錠し、ドローンの自由操縦システムにハッキングしてくれないかということだ」
ワタルは答えた。
「Amzonの倉庫は確かに瀬神にあるの?」
「それは間違いない」
博士が答えると、しばらく交信が途絶えた。
すると、ややあって、今度は憎らしいほどに冷たいワタルの声がトランシーバーに帰ってきた。
「いやだね」
いったい何様なんだ、コイツは?!
「僕がなぜそれを手伝わないといけないの?その理由は?」
「ワタル。考えてもみろ。君の近くにどれだけの食糧が残っている? それに、もしハッキングに成功すれば同世代の生徒たちが何百人も救われるんだぞ? 君が損するところは何もないはずだ」
博士の懇願を突き放すような冷めたワタルの声が届いた。
「こんな世界に生き残る価値なんてない。…滅べばいいんだよ。むしろ、せいせいする」
僕はいい加減ブチ切れ、会話に割り込んだ!
「おい、お前!ワタルってか?どんだけ勝手な奴なんだ?人を助けることに理由なんてないだろ?」
突然会話に僕が参加したことで驚いたのか、彼からの返事はしばらくなかった。
ワタルの気持ちを再度確かめるために導善は問いかけた。
「今の君に、我々の声はまだ届かんようだな…? いずれにしても、君の力が借りれなければ、この町は死滅する。すぐに答えを出せとは言わん。この後も無線機による交信はいつでもオープンにしておく。返事を、首を長くして待ってるぞ」
ワタルはそっけなかった。
「僕には関係ない。だから、無線機の電源は切っておく」
通信が終わると僕らは憤懣やる方ない、といった調子で、導善博士を巻き込んで口々にワタルを非難した。
「あんなろくでもないヤツの力なんて借りたくないですよ! こっちから願い下げだ! 博士、他の方法を考えましょう!どうぞ?」
「まあ、待て。あの少年が一筋縄ではいかないのは織り込み済みだ。すぐに結果は出ないかもしれないが、ここは辛抱強く待つことだ」
それからの時間は僕らにとって苦痛だった。
解決策はあるのに、ワタルはまったく動こうとしない。博士に尋ねても、待て、と言われるだけでらちが開かない。
そうこうするうちに、最初のワタルとの会話から丸二日がたった。
僕ら三人は、することもなく、防災用のアルミシートの上に大の字になって天井を見上げるしかなかった。
「あ〜ぁ、あ」
全身で伸びをすると自然とアクビが出てくる。
「ヒマだなぁ〜」
マツオがボヤいた。
カラも無言のまま天井を見つめている。
無音の世界がまた、今日も続くのか…
三人が絶望に打ちひしがれる中、突然、自転車がブレーキをかけるような音が僕らの耳に入った。
「あれ? 何の音? 自転車が止まるような音、今しなかった?」
マツオは、珍しくいち早く反応し、体を起こした。
荷物の管理のために設けられた中2階のロフトに走りより、手すりを伝ってステップを一気に登り詰めると、マツオは外からの光が差し込む港側の窓から外を覗いた。
すると、驚いた彼が大声を挙げた!
「ああっ! 何か、自転車に乗ったお母さんらしき人が二人いるよ?!」
僕とカラは同時に、信じられない思いで立ち上がった!
「何だとおっ?」
この度、ブログで「キャラクター紹介」を始めました!
https://ameblo.jp/jurichan5501/
ぜひともご一読いただければ嬉しいです(*^^*)
三野原明音