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倉庫街をめざせ

「まず、君らと私の連絡手段だが、携帯の基地局の電源が既に失われている以上、トランシーバーに頼るしかあるまい。幸いなことに瀬神には電波を遮るような高いビルやマンションがほとんどない。十キロ四方はアナログ方式で難なく通話できるはずだ」

 導善は、机の上の本の山から見え隠れするハム無線機のパネルを顎でくい、と指し示した。

「私は、このような災害級のパンデミックが訪れることを早くから予見し、着々と無線機やソーラーパネルによる非常用電源を自宅に整備してきた。商業用電力が失われた今、これが世界の科学者とつながる唯一の窓なのだ」

 話し終えると、導善はゆっくりと立ち上がってデスクに近づき、引き出しから三つのハンディ無線機を取り出した。


「ちょうど三人に一機ずつだ。自由に使ってくれ」


 トランシーバーを手に取り、僕らはしげしげと眺め、感触を確かめる。

 かなり小ぶりだ。手に収まる。棒状のアンテナは伸縮式になっていて、腰にひっかけて持ち歩くにはちょうどいい。

「ああ、それに、これも持っていくといい。誰かに出くわしたとき、相手が感染しているかどうかが一目でわかる。もっとも、私の見立てでは、生存者がいる可能性は極めて低いがね」

 僕らが洗礼を受けた、あの検査薬発射銃だ。

 今度はカラが両手で、まるでコワレモノを扱うかのように丁寧に銃を受け取った。


「本来なら私も喜んで付いていくところだが、残念なことにもう膝がいうことを聞かん。ゆえに、知恵だけは貸すことにする」

 言い終えると、導善は、まるで値踏みするかのように、しげしげと僕らの顔を見た。

 なに考えてんだろ?この人は?


 固まったまま僕は次の言葉を待ったが、彼は、視線をふっと庭に外すと、今度はまるで独り言のようにつぶやいた。

「…半分、諦めておったんだがなぁ。 なにしろ、ここまで生き抜いてきた君らのことだ。今の絶望的な状況を変えるゲームチェンジャーになるやもしれん。…ともあれ、まずは倉庫に着くことだ」

 導善は振り返ってふたたび目に力を込めた。

「健闘を祈る」

 

 無線機の簡単な使い方のレクチャーを博士から受けると、僕らは日没までの時間が気になり、早々に発つことにした。結核菌について聞きたいことは山ほどあるが、こうしてはおれない。


 見送る導善を後にして、塀の上の最後尾でバランスを取りながらマツオがボヤいた。

「なんか、今さらだけど、とんでもない役を引き受けちゃったんじゃない?」

 カラが失笑した。

「あのなぁ、さっきまでの勢いはどこに行ったんだ?倉庫に着きさえすればあの博士も色々と手助けしてくれるって言ってただろ? …まずは心配するより、着いて何を食べるかでも考えてろっ」

 マツオは子ども扱いされたのが気に入らないのか、頬を膨らませている。


 さぁ、あと、ものの三分も行けば、港の倉庫街だ。


 鉄柵に囲われた家の屋根に、これが最後の難関、とばかりに三人が昇りつめると、もう目の前には、巨大な背の高い倉庫が、僕らの視界を遮るように建っていた。


「どの倉庫なのかな?」

 カラが目を細め、前を見ながら尋ねた。

「港では一番大きいって父さんが言ってた。壁に、富永倉庫って書いてあるはず」

 道路沿いに並んだ建物をぐるりと見渡すと、たしかに他の倉庫と並んで、頭ひとつ飛び出たひときわデカい倉庫がある!


「あれだ! 間違いない!」

 僕は思わず指さした。


 しかし、倉庫が見つかったはいいが、問題は、住宅街と倉庫街を区切るように走っている五十m道路に人間の遺体があるかどうかだった。

 が、あちこち見まわしても、乗り捨てられた大型トレーラーが道路の真ん中に数台、扉が開いたまま放置されているのみで、ほかは何一つ見当たらない。

 良かった。これでなんとか倉庫には辿り着けそうだ。


  家の塀から飛び降りて広い道路に出た僕らは、道を横切って正面ゲートから敷地内に入った。建物の前の広場には、トレーラーがコンテナ型の荷台を建物の方向に向けておよそ十台くらいが並んでいる。ここで貨物を積み下ろししていたのだろう。


「あそこじゃないのか?」

 入口を探していた僕に、カラが指さした。

 確かに、倉庫の巨大な外壁の片隅にエントランスの屋根らしきものがある。

 急いで駆け寄ってみると、小さな明かり窓がついた頑丈な鉄の扉があり、その左側にプッシュボタンが配された銀色のエントリーパネルが付いている。

「あったぁ!」

 僕は大声で叫んだ。

 近づくマツオが少し不安げな顔をしている。

「番号、分かるの? 電子錠だろ? 停電してるのに開くのかなぁ?」

「ああ、ここだけは非常用電源に切り替わってるはずだ。まあ、見といてくれ」

 僕は、ポケットの中を探り、小さなメモを取り出した。

「よしっ! まず、#」

 カラもマツオも、ボタンを押す僕の手元に釘付けだ。

「#。そして、Kanrisha… Honbu… 5番、と…」

 全部入れ終わった! これで、どうだ!


ピー、ガシャン!


電子音とともに、扉が解錠される音が!

「開いた!」

 重い扉を引いて僕らは次々と中に入る。

 だが、中廊下は照明が落ちていて、足元の非常口の電灯だけが頼りだ。


 僕らは慎重にゆっくりと進んだが、通路の途中で避難経路が書かれた案内板を見つけた。

「今、ここだろ? さっきのトレーラーが並んでいたところが出荷エリアだから…たぶん、ここの保管エリア、って書いてあるところが倉庫なんじゃないか?」

 僕の問いかけにカラとマツオも頷いた。


 長い廊下のはるか遠く、突き当たりにあるドアの窓からは、外からの薄明かりが差し込んでいる。日没までに残された時間は少ない。

 ようやく、「保管エリア」と表札が掲げられたドアの前に立つと、一同は目を合わせた。

「じゃ、いくか?!」


 勢いをつけてドアを開け、室内に入ると?


「ひゃあ~!!」


 広いとは思っていたが…? 

 まるでドーム球場だ!天井の屋根の骨組みまでいったい何十メートルあるんだろう?

 目の前には搬送用のフォークリフトが十台ほど置かれ、すぐそばにあるベルトコンベアは壁を抜いて隣の部屋へと伸びている。

 そしてその奥には、身長の五倍は優にあろうかと思われるスチールラックの列、列、列!

 棚には巨大な段ボール箱が隙間なく高々と積まれ、それが数百メートル先まで延々と続いているではないか!


「こりゃ、タマゲたなぁ」

 カラは口をぽかんと開けている。

 

 マツオは、というと、いきなり積まれた段ボールの前に駆け寄り、もう、目の色を変えてこじ開け始めている。

「カップ麺っ!カップ麺っ!…」


 その行動を見ていると、僕は急に可笑しさが込み上げてきた。

「おいおい、荷物は逃げないんだぞ。落ち着け、落ち着けって…」

 次々と箱を破り、中を確認しながら声を挙げるマツオ。

「ああっ! 見て、見て!! ほらぁ。どん十郎だろう? バンバン麺だろう? 焼きそばGOだろう? ひゃあ〜、もうっ! 最高っ!!」

 感極まった表情で一個一個を箱から取り出し、ついに、彼の腕の中には山のようなカップ麺が積まれた。

 遅まきながら、僕とカラも、いくつかの段ボールを破っては覗き、適当なものを三つくらい選んだ。


「食べようよ!食べようよ!」

 急かすようにマツオが繰り返す。

 

 ただ、さあ、いよいよお湯を、という段になって、僕は、はっ、と気が付いた。


「停電…してるんだったよな?」


 カラも、シマッた、という顔をしている。

「電気ポット、もしかしたら使えないんじゃ?…」


 マツオは愕然としている。

「嘘だろ?」


「お湯沸かせないんだったら…廊下の洗面所の水くらいしかねえんじゃね?」

 カラが言った。

「水? 本気で言ってんの?」

 マツオは眉をひそめた。


 しばらく僕らは呆然としていたものの、とにかく試しに水でふやかそう、という話になった。そうだ!よく考えると、箸もない!


 マツオのボヤキが止まらない。

「水でカップ麺食べるなんて…ガチかよ。どうせ食べれないに決まってるって…」


 僕らはさみしく背中を丸め、ひたすら麺が柔らかくなるのを待った。

 三十分もたっただろうか。


「おっ? 見てみろよ? 柔らかくなってないか?」

 蓋を開けてつついてみると、思いの外、やわらかい。

 急いで蓋を剥がして作業台のペン立てに入っていた二本のボールペンを箸代わりにしてズルズルと掻き込むと?

 意外だ? なかなか美味いじゃないか?

「うまいよっ、マツオ!これっ?!」

 僕はマツオに促した。

 べそを掻いていた彼も、ようやく立ち直ったのか、僕に続いてペンを箸代わりにして麺をかき込んだ。

 すると? 

 目の色が変わった!

「ホントだ! 美味いよ、これっ。美味いよっ!」


 なぜか三人の目には自然と涙があふれてきた。


「涙々の涙メン、かぁ。人生初じゃね? こんなにカップ麺を美味しく感じるなんて…」

 涙メン…。カラの言葉がなぜか笑いのツボにハマる。しまいには、僕らは顔を見合わせて声をたてて笑っていた。

 が?


 突然、割って入るように、トランシーバーから甲高い導善の籠もった声が聞こえてきた!

「こちら導善だ。応答願います、オーバー?」

 僕はビックリして立ち上がり、トランシーバーを耳に当てた。

「はい、聞こえます!」

「そちらはどうなんだ?倉庫には入れたのか?」

「はい!何事もなく入れました。けど、食事をとろうにもお湯がなくて…今、水でカップ麺食べてるとこなんです」

 博士は苦笑いしているようだ。

「君たちも気が早いな。だが、企業には、たいてい非常用の持ち出し袋が常備されているはずだ。その中に簡易コンロだってあるかもしれん。それに、夜の寝具もすぐ必要になってくる。アルミのブランケットとか、寝袋とか。まずは事務室のロッカーの棚の上なんかを探してみるといい」

 僕らはワイのワイの言いながら廊下の案内図で事務所の部屋を確認すると、ほどなくして博士の助言どおり、防災リュックをロッカーの上から見つけることに成功した。

「よかった。これでひと安心だな。まずはゆっくり休むことだ。明日のことは明日になって考えよう。今日はこれにて終了する」


 彼がそう言い置くと、トランシーバーからその後、声が聞こえることはなかった。


それから小一時間くらいはリュックの中のグッズを取り出しては三人で一喜一憂していたが、やがて全員がうつらうつらし出した。

「そろそろ寝袋だそうか?」

 梱包用の段ボールを何枚も重ね、その上にアルミシートを敷けば、簡易ベッドの出来上がりだ。


「…あのロックダウン以来、なんだか始めてリラックスできたような気がするなぁ」

 寝袋に入り、高い天井を見ていると、そんな感想が自然と僕の口から漏れた。

 カラもマツオも緊張の連続だったに違いない。

 お、マツオはすでに寝息を立ててるじゃないか? 


 僕とカラは、それからしばらく言葉を交わしていたが、疲れゆえか、いつのまにか、すとんと眠りに落ちていた。


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 翌朝、十時を過ぎても連絡がないのに痺れを切らしたのか、トランシーバーから導善の声が聞こえてきた。


「みんな起きてるか?どうぞ?」




皆様からのご感想が私の支えです。気に入って下さった場合は、簡単なメッセージでも結構ですので、ぜひ読者の方々の声をお聞かせ下さい(*^^*)m(_ _)m

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