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決戦前夜~オペレーション・ゼロ~(中篇)

 塀の上を並んで進む僕らの目に、瀬神高校の校舎の屋根がようやく見えてきたときだった。

 バランスをとりながら歩いている僕の後ろからミコが声をかけてきた。

「あのさあタケシ君」

「ん?」

「ステラブリーズ号に突入するってのは聞いたけど、具体的な作戦でもあるの?」

 僕はトボケた。

「作戦?それを決めるために集まってるんだろ?分かりきったこと聞くなよ」

 うしろからカリカリした声が返ってきた。

「分かりきったこと?!ねえねえ、そんな悠長なこと言ってる場合?生きるか死ぬかってときに、訓練もしないで一か八かで船に突入するなんて…気が狂ってるとしか思えない! 許していいの、こんなこと? あなた、リーダーとしてっ!」

 いや、リーダーじゃねーし。

「あんなぁ…。じゃあ、出発遅らせたとして、だ…。その間に瀬神高校にアンドロイドが来たらどうする?三百人全滅するんだぞ? 批判するのは簡単さ! そんなに心配なら、いい代案でも出してみろよ? 生徒会長!」

「なんですってえ?」

 怒りに満ちたミコの金切り声が僕の耳に響いた。

 が、次の瞬間!


「あぁぁっ?」

 なんだ、なんだ?

 僕が肩越しに振り向くと、話に気を取られていたミコがつまずき、バランスを崩してるじゃないか!

 下をみると、そこには家の庭で逃げ遅れた一体の遺体がっ!


 落ちたら、即、感染!

 僕の思考は一瞬にして固まり!


 もうダメだ、

 そう思ったとき。


ガシッ!


 真後ろにいたネーサンがミコの肩を鷲掴みにし、彼女の体を塀の上に引き戻した!

 

 ミコはなんとかバランスを取り戻したが、突然のことで青ざめた顔をしたまま、しゃがんで肩で息をしている。

 僕も前後の列に声をかけ、しばらく休むように促した。


 三十秒ほど立つと、まだ呼吸は荒いが、ミコの表情も落ち着いてきた。


 まったく。しょうがねー奴だ。

「ミコ、礼ぐらい言えよ、ネーサンに」

 彼女は一瞬ためらっていたが、バツが悪そうにわずかに振り返りつつ、

「あ、ありがとっ!」

と、声を上ずらせ、照れくさそうに言い放った。

ネーサンの反応は、というと、ただ黙ってうなずいている。


 やれやれ。

 世界が終わるかも、ってんだから、反りが悪いのもほどほどにしてもらいたいところだが。


 ま、考えてみれば、ミコの不安も分かる。

 ここにいる誰一人、怖くないやつなんていない。

 そうだ! ミコだって、怖いから突っかかってきてるんじゃないか、僕に。

 普段から、こいつ怒りっぽいけど、実は強そうにみえて、メッチャ弱いのかもしれない。

 

 あ、運動場だ! 仲間たちが隠れている掩体壕の丸い頭の部分がぽっこりと見えてきた。

 ちょうどそのとき、今度は、前を進むカラが僕に話しかけてきた。


「あんなぁ、タケシ」

 今度は何だ?

「言わなかったんだけど、なぜか、な? 港の方向に近づくほど、つまり、あの客船に近づけば近づくほど、俺の常世観の力が増えてる気がするんだ。ネーサンに聞いたら、自分も一緒だ、と言ってた」

 力が増している? 

「ま、お前には分からんと思うけど…な? 自分でも怖いくらいなんだよ。なぜか知んねーけど、血が沸き立つっていうか…。アドレナリンが自然ににじみ出るっつーか」

 

 このカラとネーサンの変化がいったい、何を意味しているのか?

 僕には正直分からなかった。


 けど、これまではアンドロイドの顔の向きをそらしたり、テントを吹き飛ばしたり、という力を見てきただけに、それ以上に強くなってきた常世観の力というのがどれほどのものなのか?

 最初は常世観を僕も馬鹿にしていたけれど、相手にさらにダメージを与えられるものになっているのなら、突入に当たっての大きな武器にもなり得る。

 果たして?


 瀬神高校の校門の下駄箱の前に着くと、そこにはくたびれた白衣のポケットに両手をつっこんだ髭面の導善博士が待ち構えていた。


「博士、来てたんですか?」

 少し照れくさそうに博士はあごひげを触った。

「ああ、私自身は突入に付き合うことは出来んが…。ここ数日、ワタルと、ステラブリーズ号の図面をもとに、どのような突入が現実的か綿密に打ち合わせをしてきたのだ。

 こんな局面では人生経験が物を言う。それに、私は、ワタルの保護司でもある。彼の晴れの場を見届けたい、という気持ちもあってね。それと…」

 白衣のポケットを博士はゴソゴソとまさぐった。

「これだ」

 取り出したものを見て僕は声を挙げた。

「あ、トランシーバー!」

 博士は笑った。

「忘れてただろ。これも渡したかったのさ。もちろん、電源を入れたら即座に敵に居場所を察知されちまう。が、とはいえ、船内はだだっ広い。いざと言うときに連絡用として使えるし、こちらから何かアドバイスが出来るかもしれんからな」


 僕らの会話を遠巻きに見守っていたモノノベ衆だったが、やがてステゾーが一人、真剣な顔をして近づいてきた。

「ワタルはもう来てるんですか?」

 博士が答えた。

「ああ、もう、ステラブリーズ号の図面をひいた黒板の前で待機しているよ」

 深くステゾーは頷くと、振り返り、モノノベ衆たちに手短に号令をかけた。

「教室に移動するっ! 作戦会議だ!」

 三十名の戦士たちは一斉にぞろぞろと教室につながる廊下へと向かった。男の汗の臭いと、刀油の臭いが鼻を突く。

 カラとマツオが同時に尋ねた。

「僕らはどうすれば?」

 腰の長刀の柄に手を当てながらステゾーは落ち着いて振り返った。

「俺らの打ち合わせが終わるまで、ここで待っていてくれ」



 それからの待ち時間は異様に長く感じられた。

 もちろん、気分的なものもあるだろう。

 将来が分からない、もどかしく、居ても立ってもいられないような感覚。


 学校の玄関ロビーに隣接する図書室の吹き抜けホールに設置された変形テーブルに、僕ら二十名は、思い思いに腰掛け、呼び出しがかかるのを待った。


 三時間はたっただろうか?

 伝令役のモクレンが駆け込んできた。

「おい、お前ら、もう良いぞ!」

  僕は尋ねた。

「どの教室ですか?」

「1‐F組だ」

 僕のクラスじゃんか?


 教室に緊張した面持ちで入ると、すでに三十人のモノノベ衆たちは学習机の椅子にお行儀よく座っていた。

 僕は、筋骨隆々とした体に薄汚れた古着をまとい、浅黒い顔で神妙に座っている彼らの姿を見たとたん、いきなり吹き出しそうになった。


 決死隊二十名が空いた席に座ると、教室は満杯で、日頃の授業と変わらないような雰囲気だ。

 教壇の方を見ると、黒板には既に白いチョークで、デカデカとステラブリーズ号の断面図が克明に書き込まれている。おそらく、丸一日かけてワタルが書き込んだんだろう。


 しばらくはざわついていたが、教壇にステゾーが立つと、皆んなは一斉に彼に注目した。


 大きく深呼吸したステゾーは、全員をキッ、と見渡すと、突然、野太い声を挙げた。

「諸君! 諸君らは、この国を守る闘いに参加することを許された栄誉ある戦士たちだ。理解できないかもしれないが、君らがここに座っているのは偶然ではない。滅亡寸前のこの町を救うために時代そのものが君らを選んだのだ。この中には、力ない者、自信のない者もいるだろう。年若いものもいる。しかし、この使命を与えられたことをまず誇りに思いたまえ。人生の中で、自分の努力次第で、多くの人びとを救うことができる役割を持てることほど光栄なことはない。

 また、これから突入作戦について説明するが、明日は一年に数度訪れるかどうかの爆弾低気圧が瀬神湾にやってくる」

 ステゾーは喉仏を大きく動かして、一度息を飲み込んだ。

「船は大揺れだ。が、あえて荒天の中で突入することによって、敵の虚を突くのだ」

 ステゾーは続けた。

「そして、我々モノノベ衆三十名は、ドローンで確認しただけでも、千体のアンドロイドと闘うことになるが…? 正直、船内にどれだけの敵が潜んでいるのか、俺らには分からん。だから…」

 だから? 

「もしアンドロイドたちとかち合ったから…。まず、逃げられるなら、逃げろ! 付け焼き刃の剣術や常世観では、かなう相手ではない、と知れ、だ」


カラとネーサンは怪訝な顔をしている。

僕はマツオと目を合わせた。マツオも不満そうだ。

シューマやニッキたちは、明らかに何かを言いたげだった。

ミコも、だ。


 ステゾーが諭すように続けた。

「決死隊の最終目的が新型細菌発生装置の爆破なら、俺の言ってることが理解できるはずだ。目の前の闘いに気を取られ、目的を見失うんじゃねーぞ。勇ましい気持ちなんて捨てろ」


 確かにその通りだ。

 けど、僕らだって必死に気持ちを奮い立たせてるんだ。

 それは…、言ってほしくなかった。


「まあ、とは言え、船内はモヌケの空っていうのもあり得る。千体が全部であれば良いんだが…。にしても、アンドロイドは、オクだけじゃねー。殲も、いる」


 一度目をつぶって、ステゾーは改めて前を見据えた。

「と、ここまで語ってきたが、これからは、ワタルから、客船の構造を踏まえたうえで、決死隊の行動計画を説明してもらうことにする」


 ステゾーは最前列に座っていたワタルに声をかけた。

「じゃあ、ワタル、いいか?」

 







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