いざ!決戦!!(後篇)
「着いてこい」
ステゾーはそう言い放ち、セイジといっしょに振り向きもせずに教練場の奥へと進んだ。
僕らが後をついていくと、道場の隅には、一定の間隔で二十本ほどの目の高さくらいの藁の束が木製の台に巻きつけられている。そして、その前には、黒い鞘に納められた日本刀が鈍い光を放ちながら刀掛けにずらりと並んでいた。まるで主を待つように…
刀の前に来ると、ステゾーは僕らに座るよう命じた。
そして、いつにない緊張した面持ちで、眼光をギラリと光らせながら前を向いた。
「諸君。君らは、この瀬神町を救うために、仲間たちを救うために立ち上がった、いわば、勇者だ。それも、自らで志願したってんだから、大したもんだ。その決断に心から敬意を表したい」
一呼吸おき、ステゾーは続けた。
「今から、みなに刀を授ける前に、重大なことを伝えておきたい。 生死に関わることだ。耳の穴かっぽじってよく聞け。まずは、知っての通り、君らは全員が全員、剣の修行をしたことがない素人だ」
僕は、ふとシューマが気になり、チラ、と彼の顔を除くと、不満げな態度がありありだ…ヤベっ…
「だから、アンドロイドとの闘いにおいては、相手の弱点を突き、一発で仕留めることが重要だ。では、弱点はどこか? それを今から教える」
ステゾーは、後ろに置いていた風呂敷包を取り上げ、中からなにかをぐい、とつかんで取り出した!
「これがなにか分かるな?」
ひぃッ!
低いミコの悲鳴が響き渡った。
アンドロイドの切り離された頭部だ!
これはっ? おそらく、僕らがドローン攻撃をしかけて激突させ、破壊することに成功した、あのアンドロイドの頭部に違いない!? 日除け帽とサンバイザーが顔を隠しているが、首からは剥き出しになった配線が飛び出し、黒いオイルが血のように垂れ、不気味なことこの上ない…
「このアンドロイド。もともとは戦闘用ではなく、人の世に潜伏するためにあえて女性に仕立てたのだと我々は考えているが、君らも体験したように、成人男性の実に二倍以上の力を持っている。が、ところが、その姿を女性に模したことで、首がかなり細い。また、可動域を広げるためにこの部分だけ外皮が薄く、かつ、駆動ケーブルと集中コネクタが通っているため、頚部に攻撃を集中することで、一瞬にして無力化することが出来るのだ」
前列に座るカラとマツオは、恐る恐るアンドロイドの頭部を覗き込んでいる。
「そこで、君らに伝えたいのは、まず、この首を突く。あるいは首と肩の付け根をめがけ、切り込む動きを、あとわずかな時間だが、訓練してほしい…。それともうひとつ…」
ステゾーは、前列に座るカラをちらりと見た。
「彼らの武器は怪力だ。だから、一番怖いのは、集団で取り囲まれること。それを防ぐために妙案がある。それは…」
一言も聞き逃すまい、と、全員が息を呑んでいる。
「カラとネーサンだ」
あ!とマツオが声を挙げた。
「常世観?!」
ステゾーは力強く頷いた。
「そう、その通りだ。今の二人の常世観を見たところ、その力は、すでに、悔しいが俺らのレベルを超えている。相手の体に損傷を負わせられるわけではないが、個体を吹き飛ばすには十分だろう。
だから、カラとネーサンの二人を集団の真ん中に据え、常世観で相手を吹き飛ばし、彼らのバランスが崩れたところを刀部隊がとどめを刺す。俺らモノノベの三十人は、甲板でできるだけアンドロイドを引き付ける。が、船内のアンドロイドもゼロではあるまい。だが、この作戦ならば、必ず勝機は生まれるはずだ」
ここまで聞いて、僕のこころの中の不安がさぁっ、と引いていく気がした。
共同作業なら!
なんとかなるんじゃないか?
「では、作戦が理解できたところで…」
ステゾーの顔が一層険しくなった。セイジも口を真一文字に閉じている。
「溶刀、能解口を授ける。まず、タケシ、前へ」
僕はゴクリと唾を飲み込んで、おそるおそるステゾーの前に進み出た。
ステゾーは刀掛けから一振りの刀を取り上げると、恭しく両手で捧げるように一度空に持ち上げた。
「いいか? 能解口は、通常、数十年も修練を積んだモノノベの一族にしか授けられん。これを与えられるということは、一人前の武士として認められた証だ。どんな一瞬でも、それを忘れるな」
僕が両手をそろえて前に出すと、ステゾーは、ゆっくりと刀を手のひらに預けた。
お、重いっ…!!
驚いた顔をみて、ステゾーはすかさず声をかけた。
「黒檀の木刀が約1キロ。いわゆる長刀、打刀は1.5キロ、とさらに重い。どうだ?短い脇差にするか?」
僕は一瞬、ムッとして、即座に首を振った。
笑いながらステゾーは頷いている。
「その意気だ!」
その後も次々と日本刀が決死隊のみんなに渡されていった。
マツオも、目を白黒させ、えらいこっちゃ、といった顔で受け取っている。
一番見ものだったのは、剣道部のシューマが刀を受け取ったときだ。
他のみんなは怖さ半分、といった様子だったが、シューマだけは違った。
溶刀を手に取ると、まるで憧れの女子が目の前に現れたかのように瞳を輝かせ、日頃はクールな印象の彼が、人生の絶頂といった感じで、幸せそうな表情をしているじゃないか?
手元の柄から鞘の先までをしばらくうっとりと見ていると、いきなり鞘をすらりと抜き、光る刃を空にかざし始め… なんか、シューマ、ヤバくない?!
「ミコ、君は、女性だから、これにしろ」
ステゾーはそう言い放つと、僕らが受け取った刀より少し小ぶりの脇差をミコの手に渡した。
ミコは、一瞬、怪訝そうな顔をすると、今度は不満げに口を尖らせた。
「私、テニス部で体鍛えてるんでっ。長い刀でも全然だいじょうぶですけど?」
予期せぬ反論にステゾーは面食らったようだったが、すぐに重々しく付け加えた。
「いや、やはり脇差がいい。いいか、間合いが遠い場合はもちろん長刀が有利だが、二十センチくらい短いこの刀は、至近距離だと抜群に小回りが利く。特に君のような男性に近い筋力がある女子なら、なおさらだ」
ミコはまだ言いたいことがあるようで、唇を歪めていたが、そのまま黙り込んでしまった。
刀を受け取ったニッキが、驚きとも喜びともつかない声をあげた。
「うぉぉぉぉぉぉっ! すげぇなぁ、これ? 真剣だぜ、みんな? 信じられるか?」
柔道部の仲間に声をかけながら、ニッキの興奮は止まらない。
「ステゾーさん? この刀で、ここにある巻きわら、試し切りしていいんですか?」
ステゾーが今日、はじめて笑った。
「もちろんだ。そのために準備してる。ただ、な? 刀の重心や刃筋の確認がメインだ。ストレス解消のために切る、ってわけじゃね~んだよ。そこんとこ、忘れてもらっちゃ困るぜ?」
「わっかりました~!おいおい!みんな、やってやろうぜ?」
雄叫びを挙げながら巻わらに突進していくニッキに、剣道部のシューマをはじめ、他の仲間たちは、苦笑しながら見つめている。
しばらくは刀を渡された全員、興奮さめやらぬ、といった感じだったが、すぐに現実に戻り、それぞれが巻きわらに向かって刀を振り上げ、切れ味を確かめ始めた。
僕は、取り残されたカラとネーサンが気になって、ステゾーに尋ねた。
「カラとネーサンは? どうしたら?」
ステゾーが頷いた。
「二人には、常世観の精度を挙げてもらおう。小さなものから大きなものまで。ピンポイントでその力を集中できるように、空き缶やら何やら、標的を並べて訓練するといい。この計画が成功するかどうかは、一に君らがどこまで相手の集団行動を防ぐかにかかっている。頼んだぞ」
カラとネーサンは、不安げに一度顔を見合わたが、ステゾーのことばに、最後は力強く頷いた。
さあ、これで武器は僕らの手に。
しかし、残された時間は、わずかなのだ…。




