防御線を突破せよ
「で、どっちに行くんだ」
カラが聞いてきた。
「そりゃ、国道沿いだろ!」
施錠された校門を避けて、校庭の裏の破れた金網からなんとか自転車をくぐらせると、僕らはとにかく国道へと向かうことになった。
瀬神町は半島だ。ちょうど太平洋側にカメの頭がひょっこりと出た形になっている。市内から北の都心へと通じる道は、片側二車線の国道か、それに並行して走る片側一車線の市道しかない。
住宅街の狭い道を通り抜け、広い国道にたどり着くと、なんと、道路にはすでに数珠つなぎとなった車の列がいつ果てるともなく続いていた。
「ひゃあ~、こりゃひでぇ!」
歩道にもたくさんの避難者や自転車を走らせる人々の群れが血相を変えて北を目指している姿を見て、カラが声をあげた。
「国道はこんな状況だから、市道にでも行ってみるか?」
僕が尋ねると、カラは少し首をかしげてから答えた。
「いや、時間の無駄だろ。むしろもっとひどいんじゃないか?」
ふたり立ち止まっていると、背後からタケシ君たちぃ~、と呼ぶ声が聞こえてくる。
驚いて振り返ると、そこには、学年一の巨漢、マツオが息を切らして自転車をこいできているではないか?
「ば、馬鹿っ、よりによってなんでお前がついてくるんだよぉ!」
僕は驚いて問い詰めた。
自転車から足をもたつかせながら降りるマツオは、情けない顔で弁解し始めた。
「だってさぁ、僕、閉所恐怖症なんだもん。一か月も地下壕で住むなんて聞いただけで、もう、無理なんだ… だから、連れてってくれよぉ」
今度はカラが苦虫をつぶした顔で答えた。
「連れてってくれよぉ、じゃねえよ、ロックダウンまであと何分だと思ってんだ!」
時計を見ると、あと十分ほどしかない。
マツオに僕は言った。
「とにかく、お前の面倒なんて見てる暇はないんだ。付いてきてもいいけど、自己責任だぞ。いちいち遅れても後ろなんか確認しないからな!」
「分かったよぅ。けど、この後、どうするの?」
「封鎖されるのは、たぶん半島の付け根あたりだろ。普段ならここから十分もかからない。まずそこまで全力で行くしかない」
「ああ、瀬神口のとこだね?」
マツオの言葉にはもう答えず、僕はカラに目で合図すると、これまで経験したことがないほどの力でペダルを踏みこんだ。
歩道にいる人々を右に左に避けながら、ある時は車道沿いに渋滞の列を右目で見ながら先を急いだ。たまに車のドアミラーに学生服の袖がかするが、そんなことは構っていられない。
「うぉぉ~、爆走~っ!」
今までの人生で一番アドレナリンが出てる気がする。
不思議と体はエネルギーに満ちている。
カラは僕のあとを車輪一つ分も空けずにぴたりと追走する。
心には、なぜか無敵、という言葉さえ浮かぶ。
と、そんな僕らの前にいきなり、さらに上回るスピードで一台の自転車が割り込んできた。
「へっへっへ~」
「お、お前はっ!?」
相手の顔を見て僕は驚いた。
「マツオぉぉ?!」
怒った声でカラが怒鳴った。
「なんでお前が追い抜けんだよぉ?!」
マツオは得意げである。
「どうだい、これが幻のスペシャライズド・ターボさ。最高時速45キロまでアシストするんだ」
苦りきった表情で僕は言った。
「電動アシスト禁止だろがぁ、うちの学校はぁ!」
その言葉にお構いなく、自慢げな笑みを浮かべ、巨体でタイヤを沈ませながらもマツオは僕らの行き先をふさいでいる。
「あったま来たぁ! くんの野郎~!!」
二人でマツオを追走するも、なかなか追いつくことが出来ない。
追い抜き追い越せでがむしゃらに走っていると、瀬神口の交差点が遠くに見えてきた。
「? なんだ、ありゃ?!」
たどり着くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
交差点の真ん中には車両用のXバリアと有刺鉄線が引かれ、その後ろには驚くことに銀色の盾を手に、ガスマスクと防護服を身に着けた百名以上の隊員たちがひしめいている。
そして、彼らの背後には、放水車と、三台の装甲車が僕らに銃口を向けている。
「ひゃ~、これだけの装甲車は十条駐屯地で体験搭乗して以来だぜ」
カラが感心してうなった。
ぐるぐる巻きの有刺鉄線の前では千人は優に超える群衆が口々に叫んでいる。
「通せ、通せ! 」
「ふざけんな! 俺たちを見捨てるつもりか!」
「小さい子がいるんですっ、どうか、どうか通してください!」
防護服を着た隊員たちはガスマスクのため、その表情は分からない。しかし、これだけの物々しい装備を見れば、誰一人として通さない覚悟であることは明らかだ。拡声器で話しかける隊員がいてもよさそうなものを、それさえもしようとしないのだ。
「どうする?」
僕はカラに尋ねたが、彼にだって名案があるわけではない。
万事休すか…
二人して黙りこくっていると、しばらく自衛隊の装甲車に見とれていたマツオがはっ、と気が付いたように振り向いた。
「ここじゃなく、別のルート、あるかも…」
僕とカラは声を合わせた。
「なんだってぇ?」
「…知らないと思うけど。僕、鉄オタなんだ。国道に並行して電車の架橋が瀬神口のとこを通ってるだろ? そこにはね」
「そこには?」
またしてもカラと僕の声が合った。
「そこには、点検用の橋が架かってて、そこから電車の写真を撮ったことがあるんだよ。普段は鍵がかかってるんだけど、簡単に乗り越えられるんだ。鍵もそんな頑丈なものじゃない」
ピンと来た僕は即決した。
「よし、それだ!! それで行こう!」
僕はマツオに促した。
「先導してくれっ。ここは任せた!」
マツオは頼られたのがよほどうれしかったのか、喜び勇んで、サドルによいしょとまたがり、全体重をかけてペダルをこぎ始めた。彼の巨体で前後のタイヤが凹む。
「ひゃ~、自転車、大丈夫なのか?」
からかう僕の声を聞いたマツオはブスっとふくれっ面をしている。
「それが人にものを頼む態度かねぇ?」
瀬神口の谷を渡る陸橋までは数分もかからなかった。たしかに、マツオが言う通り、三百mほどの線路に並行するように、保守用の通路が向こう側の斜面へと伸びている。あたりに人の気配はない。
通路の床は格子状の金網で、二台の自転車が並行して走れるほどに十分な広さだ。
「おぉ~、いいよ、いいよ、さすがにここは誰も気づかなかったようだな」
僕の称賛に、マツオは鼻高々だ。
入口の鉄扉には真鍮製の南京錠がかかっていたが、三人が代わる代わる力任せに蹴り上げると、いとも簡単に壊れ、谷へと落ちていった。
「よぉおしっ、じゃあ、一台ずつだ!」
僕はまっさきに自転車の前輪を通路に載せた。
通路の床の網の目からは、数十メートルはあろうかと思われる谷底の草むらが透けて見える。目がくらむような高さだ。しかし、怖さよりむしろ高揚感の方が大きかった。ここを抜ければ都心に入れるのだ!
もう通路の半分は越えた。あと少し!
高まる期待に胸をときめかせていると、
突然!
あろうことか、前方からウィーン、という機械音とともにはしご車の先端のカゴ部分に載った防護服姿の二人の隊員の体がゆっくりとせり上がってくるではないか!
その手には放水銃が!
「君たちっ、町に戻りなさい! ここから都心に入ることは禁止されている!」
サーチライトの目が眩むような灯りとともに、拡声器からのノイズの入った緊張感に満ちた男の声が響き渡る。
ちくしょう! ここまで来てっ!
僕は諦めきれず、自転車を乗り捨て、残り半分を駆け抜けて向こう岸に飛び降りようとした、そのとき!
バシュッ!
放水銃から勢いよく放たれる水の柱が自分に向かったと思った次の瞬間、僕の体は宙に浮き、記憶が飛んだ。
ここでっ、
ここで、死ぬのか?
スローモーションのようにさかさまになった都心の町の景色を見ながら、僕の意識は遠のいていった。