諸悪の根源(後編)
「悪いことはいわん。やめておけ」
僕がまだ話したわけでもないのに…なぜ内容が分かるんだ?
直接断られるよりも何倍も落ち込む展開だろ?
なんだか、無性に腹が立ってきた。
「なぜ、ダメなんですか?」
ステゾーは、なぜ分からないのか、とでも言いたげに、呆れた顔で返した。
「なぜダメかって? お前は、自分たちだけならまだしも、今は俺らがいるから百人力、先制攻撃でも仕掛ければ十分勝機がある、とでも言いたいんだろう? だが、な。お前にはアイツらの実態が全く分かってない」
ステゾーは、ため息をついて続けた。
「仮に、仮にだ。俺らモノノベ一族全員がアンドロイドとの闘いに参戦したとしよう。オクが全部で千体。俺とセイジで百体ずつ。モノノベ三十一人衆で各二十五体ずつ。確かに、勘定は合う。
が、しかし…。『殲』が三体いる。
前にも言ったが、『殲』一体に俺とセイジ二人で立ち向かっても歯がたたねえんだ。…どう考えたって無理だろ? 全滅だよ…」
「何か、何か、ほかに方法はないんですか? 仲間を救う?」
僕はすがるように言った。
首を振ったままステゾーは答えない。セイジもうつ向いたままだ。
それからは、しばらく、全員が沈黙したまま、誰も語ろうとしなかった。
が…?
意外なことに、ネーサンが新たな口火を切った。
「あのさぁ、なんだかさっきから聞いてたら、暗い話しばっかなんだけど…」
お尻の枯れ草をはたきながら元気よくネーサンが立ち上がった。
「言ってなかったよね?…。見せたいものがあるんだ」
何を始めようとしてる?
「モクレンさんから常世環の訓練のコツを教えてもらって三日目に、私とカラ君は、それぞれ池に波紋をつくることに成功した…。ここまではみんなも知ってるよね。けど、その続きがあるの。見て」
ネーサンはカラを振り返り、問いかけた。
「いいでしょ?」
カラは、なんだか、恥ずかしそうにしてモジモジしている。
「あ? ああ…」
頭をかきながらしぶしぶカラが立ち上がった。
ネーサンは続けた。
「実はね、あの訓練に成功したあと、オモシロ半分に、カラ君の手、握っちゃったんだ」
キャっと照れてネーサンが顔を隠した。
何を言おうとしてんだ? こっちが恥ずかしくなるだろ!
深刻な話してるってのに、不謹慎にもほどがあるっ!
「すると、ねぇ? 何が起こったと思う?」
ネーサンはカラの目をのぞきこんだ。
「いい?」
「あ、ま、まぁ、な…」
カラは目を伏せたまま顔を真っ赤にしている。
「じゃ、いくわよ?」
ネーサンは奪うようにカラの手の平を握ると、もう一方の手を、僕らがテントを張っている向うへとおもむろに突き出し、ぐっ、と力を込めてにらみ付けた。
すると…!
驚くべきことに!
赤い一張りの個人用テントが、暴風に吹き飛ばされたかのように、打ち込んだペグごと地面から引き剥がされ…
バリバリッ、という音とともに谷の窪地へとあっという間に落ちていくではないか!!
そこにいるみんなは、呆然としたまま、ネーサンとカラの姿を見つめた。
まるで、異星人でも見るかのように・・・。
「これが、私が新たに発見した力。これって、アンドロイドの闘いのときに、役に立ちそうじゃない?」
自慢げにネーサンは微笑んでいる。
信じられない光景を受けて、僕とマツオは開いた口がふさがらなかった。
たったわずかの修行で、ネーサンとカラは、ステゾーやセイジを上回る常世環を身に着けたというのか?
ただ、ステゾーはしばらく唖然としていたが、やがて我に返ると、苦虫をつぶした顔をして、なおも頭を振りながら何かを語ろうとしていた。
だが、その時。
「これぞ、陰陽の力。
『陰、深ければ深いほどに陽は増し、陽増せば増すほど陰深し』。すべての伝書が大和王権によって焼き尽くされたあと、我ら一族に口伝として伝えられてきた秘中の秘。だが、まさか…数千年の時を経て、一族以外の部外者にそれを見せつけられるとは、のう…」
「お、親方っ?!」
ステゾーとセイジが驚いて振り向くと、古びたローブを着た親方がいつの間にか僕らの後ろに佇んでいた。
「陰がなければ陽はなく、陽がなければ陰もなし。しかし、その、本来一つにならない力が一体となったとき、かつてないほどの神通力が生み出される。いわば、本来の力が数倍にもブーストされるのだ。これを実際に目にするのは、わしも、始めて…」
目を細めて親方は頼もしげにネーサンとカラを見ていたが、やがてステゾーの納得していない顔に気づき、声をかけた。
「何を迷っておる」
ステゾーはまだ親方の顔を不安げに見つめている。
「お、親方っ。そうは言ってもですね…。どうやって今の状況から勝算を得ろと?」
親方は、落ち着いた口調で諭した。
「たしかに数字合わせだけみると無謀な賭けかもしれぬ。しかし、な? わしの直感が、なぜか急かしてくるのじゃ。モノノベの祖霊たちは、行け、と言うておる。お前も知っておろう? 過去、み親の示した未来が実現しなかったことはモノノベの歴史の中で一度もない。ステゾー、今が、命運を決する時ぞ」
親方から言われればもはや疑いの余地もない。
一族の長である彼の意見は絶対だ。その彼がここまで断言しているのだ。
迷っていたステゾーだったが、親方の言を聞きようやく納得できたようで、曇っていた顔がいつの間にか晴れやかになっている。
「はいっ。かしこまりました」
隣で聞いていたセイジも、深くうなずいた。
「タケシ君」
突然、親方が今度は僕を振り向いた。
「はい?」
細めた目を光らせて親方は僕をじっと見つめている。
「我々モノノベは、総力を挙げてあやつらと闘う。しかし、たとえ、アンドロイドたちを首尾よく倒せたとしても、同時に新型結核菌の発生装置を破壊しなければ君らの仲間は救われん。
どうだろう? 破壊工作を実行する部隊を地下壕の生徒たちから募れないか?」




